石灰
穴の底に並んだ死体へ、クロール石灰が撒かれていく。ガーゼのマスクを着けた
「発生源を探せ、と。まさかロブラヤマネを飼っているわけでもありませんし」
「ロブラ流行初期に戻ったような話だな。流石に今そんなことはないと信じたい」
「同じ部屋で寝起きしていますから、一人出れば同じ部屋で広まるのは自然と思いますが」
「発症者を隔離したあとも同室の者から患者が連続した。これまでロブラは潜伏期間中は他者への感染能力を持たないとされてきたが、そうではないか、もしくは別の発生源があるかのように思われて仕方がない」
「そうであれば、ロブラヤマネがどこかに潜んでいるのでは」
「実際、その可能性は高い。しかしあの宿舎は最近建てたばかりで、ヤマネの目撃情報がこれまで一切ない。もし見つけられたら手柄だ」
少年たちがクロール石灰の上から土を被せていく。湖弓が声を低め、シャベルの音の陰で
「実は前に大人の兵士が、こっそり人形の交換パーツを持ち帰り、同室の者と使い回していたことがあった。同室の全員が罹患し、うち半分が死亡した」
どさり、隣の穴に死体が落とされ、衝撃で眼球が飛び出した。
「
「死体より今の話のほうがよっぽど厳しいですね。回復後
「実は既に一度行ったのだ。少なくとも交換部品は見付からなかったが、どうも何かを隠している雰囲気があった。君は病院附きの若葉兵たちに懐かれているようだし、歳の近い者の方が心を許しやすいだろう。少し見てきてくれないか」
真っ白になった骸を見下ろして、少年が泣く。
*****
「あの、先日も湖弓大尉がいらしたのですが……」
「おかしいな。湖弓大尉は別の棟を視察されたと聞いたのだが。割り振りが重複してしまったかもしれない」
「まあ、せっかく来たのだし少しお邪魔させてもらうよ」
「掃除は日頃から丁寧にしていまして。感染者が出たあとは消毒も徹底しております」
「よい心掛けだ。これからも継続してくれ。そうだな、居室はこれくらいにしてあとは調理場と」――――
ドンドンドン、天井が三回鳴った。
「うわ」「いきなりなんだ」
「山猫でも潜んでいるのかもしれないな。鼠を取ってくれる
「えっ鼠を……」
黒髪の少年が、掃除用具入れの方を振り返った。
「す、すみません、あの、実は……しろねずみを……」
少年が石灰袋をどかすと、竹で組んだ手製の虫籠があった。底のおがくずに半ば埋まって、白い背中が見えていた。
「ペットは禁止されているだろう」
「はい、でも……密林で道に迷い、喉が渇いて死にそうなときにこの子を見つけて、あまりに綺麗だったものでふらふら追いますと、清流に辿り着いたのです。それで、これは
「
「ぼくの地元では、川に水が絶えないのは、
黒髪の少年が籠に手を入れ、丸まって眠る白い小動物を取り出した。透き通るような毛並みに短い尾。
「それに、ほら、こんなに可愛いでしょう」
少年は童顔を綻ばせながら白い毛玉を
周囲で見守る少年たちが「逃げた!」と囃し、腕に鼠を走らせる少年は、
「先生は動物に好かれないのですね。お医者様なのに」と。
「獣医ではないんだ。医者は関係ないだろう。しかしおかしいな。特段動物から嫌われる
今回の旅にだって蛇を――――と言いかけたが思い留まった「いや、なんでもない」
「あの、今の鼠、目が赤くありませんでしたか……」
鋸浦が震える声で言い、
鼠は黒髪の少年の肩へ納まっており、血雫のような潤んだ瞳で主人を見上げる。同室の少年たちも笑顔で取り囲んでいる。飼い主は肩で毛繕いする鼠を指で撫でる。
「はい。赤い眼をしております。兎みたいで可愛いでしょう」
「暢気なことを!ロブラヤマネだ!」
肩に鼠を載せたままの少年は、指を彼のペットに舐めさせながら答える。
「何を仰るんです。全身真っ白でヤマネの一本模様もありませんし、尾だって短い」
「突然変異の
鋸浦の言葉に、少年たちの顔も青褪めた。赤い眼をぱちくりさせるヤマネを指し、
「白兎の眼が赤いのと同じだ。あれは突然変異の個体を交配して固定化した品種だが、
*****
クロール石灰が撒かれる部屋を見ながら、
「しかし石灰袋の陰にロブラヤマネとは、奇妙な巡り合わせだな」
「どういうことでしょう」
「ロブラの語源は知っているか」
「当時リスブラン領だった小天竺の、ロブランシュ島で発見されたからだと」
「そうだ。もう少し詳しく言うと、ロブランシュとはリスブラン語で白い水を意味するが、島に流れる石灰を含んで白く濁った川に因んで名付けられた」
「そうだったのですね」
マスクを着けた
「あの、今日はぼくを選んでいただきありがとうございました」
「君は動物に詳しいからな。
「お褒めいただき恐縮です」
鋸浦は上擦った声で答えて俯いた。鈍色の髪の陰で、頬に赤みがさした。
*****
部屋の主は、
仕事を終えた
「今日は助かった。遠くまでご苦労だった」
細い牙が
ぴちゃ、洗面器から控えめな水音。こちらはミドリが尾を揺らした音だった。
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