石の章
黒耀石
濡れたように輝く黒い羽根の鶏が、露天に作られた柵の中で草を
「素晴らしい色艶でしょう。これはお御石様の
小刀は黒く、猛る炎の先を思わせる赤い模様が入っていた。北海道では黒耀石を
「明るいところで見ても真っ黒だ。不思議だなあ」
「お御石様、
厩舎の脇で用務員と話していた
「珍しいですね。烏骨鶏も黒いですがふわふわの綿毛ですし、
「密林で捕まえたそうで。昨日の日暮れ近くに持ってきてここへ置かせてくれと言うので一旦預かっておりましてね」
「そうでしたか。しかしここへ来て
「年端もいかない子供が親元を離れた異邦で毎日仲間の死体を埋めて、自分もいつ埋められる側になるかわからんと来た。何か縋るものが要るんでしょうよ。そのうえ、彼らは酒を呑めない」
用務員が水筒を煽った。赤い顔で酒気を帯びた息を吐く。
「やっぱり返しにいこう。昨日も言ったけど、この黒い鶏は現地民が大切に飼っていて、儀式のときにだけ〆るんだ。たぶん逃げ出しただけで、そのうち探しに来る」
「うるさいな。野生化したものかもしれないだろう」
そうぶっきらぼうに返すと、
鋸浦が
「何をするんだ!」
「〆るに決まっているだろう」
「可哀想だ!」
「何を言うんだ。君が可愛がっていた馬ならともかく、昨日ぼくが捕まえたばかりの鶏だぞ」
「食べるにしても、無駄に苦しめる必要はないはずだ……なぜ顔を傷付ける必要がある!」
「止めろったら!まだ息があるじゃないか!」
「お御石様に捧げる
「これは鶏だ!」
「これがぼくなりのやり方だ!この鶏がぼくに新しい実践を授けてくれたんだ」
「動物を虐めるな!」
「動物だけじゃない!そんなに言うなら今やってやる!本当は成人式の日にやるんだ……」
「お御石様の指で額を撫でていただくと、第三の眼が開き、様々のことを見通せるようになるという」
左手で前髪を持ち上げ、右手で持った小刀を額に宛てた。
それまで横目で見ていた
「他人の祈り方にあまり口を出したくはないが、まさか動物の血が付いたナイフを使うよう教わったわけではないだろう。どんな感染症に罹るかわかったものではないぞ」
「そのまま病院へ連れて、消毒してやってくれ」
鋸浦が落ちていた眼鏡を拾い、裾で拭って掛けた。ぱたぱたと
「先生、ありがとうございました」
「や、なんというか……」
「今、楽にしてやるからな」
鶏の首から血が噴き出す。それを眺める鋸浦の眼は黒く潤んでいる。
いつの間にか
「あいつは人形に入れ込んでいますからね。人形相手に花を贈ったり、莫迦らしい。セルロイドだって石みたいなものだから、石好き同士気が合うのでしょう」
「現地民が大切にするものを無視して、あいつらのやり方は理解しがたいです。それに、ああも簡単に祈り方を変えては、祈られる方も混乱してしまうとは思いませんか。通じる祈りも通じないでしょう」
「ぼくのところは祖母の代から医者でね。あまり熱心に祈る方ではないし、地元では十勝石が採れないからあの祈り方には詳しくないんだ」
「それ、ずっと持っていては危ないでしょう。俺が洗っておきます」
「助かるな。君も自分の手を切らないように気を付けてくれ」
厩舎の側にある水桶に向かって歩く
「話が途中になりましたね。それで、院長からの言付けというのは」
「はい。どぶろく造りを見逃す代わりに、消毒用酒精への転用を検討いただきたい、と」
用務員が頭を搔いた。
「原料の砂糖黍も在庫が乏しいし、蒸留するには燃料も足らん気はしますがね……考えておきますよ」
お願いします、と返すと、
「それより、若葉兵にも人形を使わせているのですか」
「俺も正直どうかと思いますがね。前任の先生が決めたそうで」
「曰く、ストレスを発散させるべきだ、悪いことだという意識を植え付けることのほうがよくない、と」
「意味がわかりません。児童精神学上、悪影響があることは明白です」
「
「養父が精神科医でして」
「俺は使いませんよ」
「ありがとう。暫くぼくが預かっておく」
「どんな病気に罹るかわかったもんじゃない。俺は、絶対に生きて北海道へ帰ります」
そう言い残して、
がたり。
天井裏からなにやら音がした。
「馬の餌を狙った鼠が住み着きますから、蛇も出るんですよ。いや、蛇にしては大きいかな……山猫か何かかもしれませんな」
「いずれにせよ、鼠を取ってくれるなら無理に駆除する必要はないでしょうね。では、ぼくはそろそろ戻らねば。
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