桜
頸にナイフが突き刺され、馬が高く嘶いた。樹の前に横たわり、四肢に括られたロープは太い幹に繋がり、自由には動かせない 。鋸浦が馬の顔に縋って泣く。丸眼鏡には幾筋も涙の跡がついていた。
傍らに立つ
頬の痩けた若い男が刃を進める。防暑略衣の襟には階級章がない。彼は軍が雇い入れた用務員だった。馬がもう一度高く嘶いた。頸から止めどなく血が溢れる。よたよたと後ろに下がった鋸浦がしゃがみこんだ。
「気持ちは分かるが、こいつは先が長くなかったのは君も知っているだろう」
用務員が鋸浦へ言った。大掛かりな輸送は輜重隊が行うが、日常の荷物運搬用に、兵站病院でも数頭の馬匹を有しているのだった。
ゴム風船から空気が抜けるような音が馬の頸から鳴った。鋸浦が耳を塞いだ。
「気管を切りましたかね。馬の解体を見るのは初めてです」と
「もう肉を切っていいですか」
「まだだ。血抜きをするのに頭を下げるから手伝ってくれ」
一歩離れて見ていた
しゃがみ込んで啜り泣く鋸浦に
「健康診断の結果を見たが、年齢の割に身長が低く、また身長に対して体重が軽すぎる者が多い。入院患者も君たちも、栄養不良が喫緊の課題だ。変な茸なんかよりずっと身体にいいぞ」
「なんだ、君たちまた茸を食べたのか。いい加減にしないとまた涼康班長に言いつけるぞ」と用務員。
「それなら、ぼくたちだって……」馬の背を押す
用務員が、顔を背けてごほんと咳払いをした。
「とにかく、俺と違って君たちは成長期だから、ちゃんとしたものを喰わないといけないんだ」
「たかだか幻覚と油断するな。錯乱して事故死する例もある。それに毒茸と間違える危険性もある。この島で育つ植物は色々と藍空と違うようで、よく注意して食べるものは選ばねば」
「なぜ人間は動物にこんなに酷いことをできるのですか。ぼくたちのために働いてくれたのに、少し具合が悪くなったからといって。この子は荷物の運搬中にぼくが転んだとき、鼻で優しく撫でてくれたのです」
鋸浦が馬の顔を撫でた。頸から流れて半ば乾いた血が、彼の手にべったりと付いた。
「この焼印も信じられません、こんな残酷な」
視線の先、馬の尻には管理用の焼印があった。背後から
「へえ、馬にも焼印ってあるんだ。これ、痛いんだよね」
大人二人の懸念を他所に、鋸浦が
「ちょっと背が低かったり、体重が軽かったりするくらいどうだというのです」
「大問題なんだ。栄養状態はそのまま感染症への抵抗力に直結する。輸送船では毎日ロブラで死人が出たが、乗艦前にどれだけ肥えていたかで予後が違ったぞ」
背後では
「
鋸浦が病院の方へ走り去った。
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