花の夢
密林の先に少し開けた場所があり、衛生兵の腕章を着けた四人の少年が火を囲んで車座になっていた。地面には所々刈り取ったあとの
「少なくとも敵や、食虫植物ではなさそうだ。少し隠れていてくれ」
メカクレがするりと樹に登った。
「なんだ。もう夕飯は済ませただろう」
「あの、すみません!」
「全然足りなくて、密林で集めた食べ物を」
「まあ、成長期は喰っても喰っても腹は減るものだ」
「あの、先生もご一緒に如何でしょうか」
鈍色の髪に丸眼鏡の小柄な少年が、飯盒の蓋に汁をよそって差し出した。
蓋を受け取り中を見ると、芋や茸、草などが煮られたものだった。汁を一口啜るとスパイシーな香りが
「これがタロイモというやつか」
「はい。まだ食べたことありませんでしたか。校庭の庭でも育てていてよく食事に出ます。これは密林で採ったものですが」眼鏡の少年が言った。
「これがはじめてだ。ええと、君、たしか名前は……」
「
火に掛けた飯盒に葉を千切り入れながら答えた。卵型で浅い鋸歯の葉が裂かれるたび、スパイシーな香りが広がる。
「それはなんだ。見た目はシソに似ていなくもないが」
「ホーリーバジルです。いい香りでしょう」
鋸浦が飯盒を覗き込み、深く息を吸った。眼鏡が湯気で曇る。
ふと気付くと
「まだ慣れないもので前任の先生に比べると頼りないかもしれないが、まあ今後とも宜しく頼むよ」
暗い顔で鋸浦が汁を配る。
「そうだな、ご不幸なことだった」
「ご不幸、と云うのは」
「霞早太先生は事故で亡くなったと聞いたが」
「そうだったのですが。ぼくがロブラで寝込んでいる間にいらっしゃらなくなったので、配置転換になったものとばかり」
「この蛇、脚が生えている」と
「新種の蛇か、いや蜥蜴か。先生、ぼくたち大発見をしたかもしれません」
「水を差すようで悪いが、それは蛇の生殖器だ」と
鋸浦も近づき、蛇の腹を指差して言う。
「交尾のときだけ外に出して終わればしまうものだけど、時々なにかの拍子で飛び出して、戻らず出しっぱなしになってしまうこともあるんだ」
「鋸浦、詳しいな」と
「ぼくは動物が好きで、内地に戻ったらお金を貯めて大学に行って、動物学者になりたいと思っているのです」
優しく微笑みながら鋸浦が言った。眼鏡の下で、小動物のようなくりくりとした黒眼が輝いている。
「先生も
「医者は生物学全般の基礎を広く修めるものだ」
「そうなのですね。しかしこのままだと傷付いたりしてしまいそうです」
鋸浦は、水筒から蛇の
「普段はこの隙間の奥、総排泄腔の中にしまってあるんだ。雌にも同じような孔があって、交尾するときにはそこへこれを差し入れる。蛇は尿酸や便の排泄、交尾もすべて同じ孔でする」
幾度か指で押し込むうち、ゆっくりと突起が体内に吸い込まれていった。ついにすべてが中へ戻った。
「これでよし」
「新種を発見したと思ったのに」と
「駄目だよ。せっかく助けたのに」
鋸浦が蛇を野に放った。
蛇は蛇行してしばらく進んだ後、砂糖黍の切り株に登った。しかしすぐ、鷲が上空から風を切って下降し、素早く蛇を咥えると、また急上昇していった。鋸浦が、ああ……と溜息をついた。
「
離れた場所で見ていた
「蛇は嫌いだ」
「怖いのか」
「蛇を恐れて何が悪い。毒蛇に噛まれてから後悔しても遅いだろう」
「あれは牙がなかったし、たぶん毒蛇ではないよ」鋸浦が挟んだ。
「それに、蛇は
「まあ、君にそんなこと言っても仕方ないか」
「なんだか、頭痛がしてきた。それに目眩も」
「おい、まさか先生にあの茸の方をよそったんじゃないだろうな……先生がお帰りになったあと食べるつもりで……」
「先生というか、全員分……」
鋸浦が、おかわりをよそう手を止めて言った。
*****
夜の筈だが、どの花もフラッシュを真正面から浴びせたように色鮮やかで、空はペンキで塗りつぶしたようなコバルト・ブルー。背の高い草の隙間でマゼンタ・ピンクのハイビスカスが開いては閉じてを繰り返す。密林に向かって歩きだす。熱くてたまらなかった。防暑略衣の前を開け、編上げの短靴と靴下も脱ぎ捨てた。足元の草は夜露を帯びてひやり心地よく、一歩踏み込むたび、散らばるプルメリアの花弁が潰れた。
プルメリアを踏みしだきながら歩いた先に、巨大なイランイランの蕾があった。
*****
頭上にあるのは、瞬く星空。頬をつつくひやりとした感触に、
原の中心では
「みえる、
虚ろな目の
プルメリアの花弁は通常五枚で、一目で判る五芒星のような形をしているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます