殺鼠剤
食堂では輸送指揮官の少佐以下、陸軍将校たちが長テーブルに向かって食事を摂っている。テーブルの間を司厨員の少年が歩き回り茶を酒を注ぐ。長い髪をお団子に丸めた若い女性の通信下士官が少佐に近付き、何やら紙を手渡した。紙を一瞥した少佐が咳払いをし、将校たちの視線を集めた。
「作戦は変更なし。予定地までこのまま進み、補充の人員と物資を陸揚げする。たただし防諜のため兵には三日前まで行先を明かさぬこと」
「はっ」将校たちが勇ましい声を返した。
食事を終えた
「先程頼まれたものです」
「ありがとう。今晩も夜通し診察しないといけなさそうでね。夜食に頂くよ」
「本当に生で
「ああ、卵は生の方が鮮度を保てるからね。こう暑いと、茹で卵はすぐ傷んでしまう」
そう言い残して
「あの、先生。一人、今にも死にそうな者が」
「わかった。着替えたらすぐ行くから、先に行ってくれ」
「何度替えても、すぐ血浸しになってしまいます。怪我をしているわけでもないのに、指から血が止まりません」
「ロブラは全身の粘膜から出血するが、症状が進むと指と爪の隙間から出血することも多い」
患者の目は昨日にも増して虚ろ。首は、耳から流れた血があちこちに付いていた。その隙間、血のついていない箇所を選んで
「この後は……」
「ああ、これまで同様に。ぼくは
*****
「このところ毎日です。今日は一人だけなのでまだましかもしれません」
ベッドから身体を起こしながら、眼鏡の女性軍医が
「邪魔して申し訳ないのですが」
「構わんよ。そろそろ起きるつもりだった」
彼女の名は
「これだけ熱病でバタバタ人が死んで、医者が予備役の眼科医と軍医学校の学生、二人ぽっちといはな。しかも患者は子供ばかり。もう十年医者をやっているがこんなに子供の死体ばかり見るのは初めてだ」
「死亡診断書」と題された手書きの書類に眼を走らせる。薄暗い――船内どこでもそうだったが――医務室にあって、内側から発光するかのように輝く檸檬色の瞳が動く。
「それに、子供の兵隊と同じ船とは聞いていたが、船員にもこれだけ子供がいるとは思わなかったな。子供に石炭での
「問題ない――――
「島に到着しても、人員損耗の責で詰め腹を切らされるのは御免だな」
「それならロブラに罹っておくのが得策でしょう。返り血で上官たちを道連れにできます」
部屋の隅で、ばり、ざりり、と音がした。二人が目を向けると、壁を這っていたヤマネがずり落ちるところだった。壁板に立てる爪は弱々しく、爪研ぎのような音を立てながら地面へ落下し、痙攣をはじめた。
「倉庫か厨房あたりで猫いらずを喰らったな」
「誰か片付けにこさせますから触らないでおいてください。
ヤマネはすぐ動かなくなった。
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