蛇二巻
慌ただしく診察を行ううちに夜は更けた。ようやく自室へ戻った
背後では、電灯の傘から青蛇がぶら下がる。左眼は潰れており、
「蛇……驚いたが、ヤマネよりはましだな。それに、よく見るととても綺麗な青緑だ」
「もしかすると、ぼくの部屋でヤマネを見ないのは、君が食べてくれたのかな」
蛇が首を左右に振った。
「
蛇が、今度は首を縦に振った。
「もしかして、メカクレか」
再び、蛇が首肯した。
「なんだ、それが本来の姿ということか。否、それより、たしかに南洋へ行くとは云ったが、まさか追って来るとは。心配してくれたのか」
蛇が電灯からべちゃり、と床へ落ちた。ベッドの方へ這い、頭をベッドの下へ突っ込んだかと思うと、また顔を出して
「何かあるのか。ヤマネならご勘弁願いたいものだが」
「服、ということは人間の姿に戻るのか」
蛇が小さく頷く。
「しかし困ったな、船内で大人一人匿うのは骨が折れる」
蛇が首を左右に振った。
「違うのか。ええと……もしや、
蛇が大きく頷いた。
「そういうことか……うわ」
ベッドの奥からもう一匹、一回り小さい蛇が這い出てきた。
「両眼がある。ミドリか」
小さい方の蛇が頷いた。腹が僅かに膨らんでいる。
「待て。何を喰った。先ほどメカクレはヤマネは喰っていないと云ったが……ミドリはヤマネを喰ったのか」
ミドリが首を振った。
「なら何だ」
隻眼の方の蛇が、身体を緩く丸めて床に楕円模様を作った。
「ええと……卵か。倉庫か調理場で見付けたのか……いいか、二人とも絶対ヤマネは喰うなよ。触ってもいけない。卵でよければ調達してくるから、大人しくしてくれ」
二匹の蛇が頷いた。
「服はぼくが預かっておく。そろそろ寝るが、君たちも好きな処で寝てくれ」
彼女は普段、物思いに耽る間もなく眠りに落ちる性質だった。しかし今宵は、この船へ乗る前、大雪山は層雲峡でのことを思い返した。
*****
「また逢える気がしていた」
「これを」
メカクレが氷瀑から滑るように降り、一歩幅の細流を挟んで
「きちんと礼を云っていなかったからな」
メカクレは目をぱちくりさせた。
「あの青罌粟を持ち帰り、母上の枕元に飾ったところ、母上は大層喜んで、その後しばらく持ち直した」
「
「完全に癒ったわけではない。本当に花が薬効を発揮したとも思わないが、ぼくが一人で遠くの山へ登り、花を摘んで帰ってきたのが嬉しかったのだろう。子の成長は親を元気付けるものだ。一昨年、身罷ったが、それでも元々思われていたより長かった」
「本当はもっと早く来たかったのだが、色々と忙しくてな。しかし、明後日、南洋に向けて発つのだ。今を逃すともう一生会えないかもしれないと思って来た」
「南洋へ、と」
「ああ。小樽から輸送船に乗り、遥か南の島へ
「南の島。物見遊山か」
「
メカクレが首を傾げた。
「女の兵士とは珍しい。何より、お主は医者になるのではなかったか」
「軍医になることにしたのだ。父上も先に軍医となって散った」
「親が死んで、なお戦争にと。それでは死にに行くようなものではなかろうか。人は、自ら命を絶つのが好きだのう」
「死にたいわけではないのだが。人間には色々と事情があるものだ」
*****
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