北辰
「よし、これは焼いておいてくれ」
少し遅れて
「お別れは済んだか」
幾人かの少年が頷いた。
甲板では、温い雨が甲板を打っている。蒸し風呂のような湿度と熱気の中、所狭しと並ぶ上陸艇やドラム缶の間を進む。船縁に着くと、少年たちが遺体袋に鉄の錘を詰めた。船の周囲は昏い夜の海。泣き腫らした眼の少年が
「こんな暗い中。まるで地の底まで落ちていくようです。せめて朝まで待てませんでしょうか」
「ロブラ重症者の体内は、生きている内から壊死が進んでいる。この熱帯夜で一晩置いては、文字通り中身が溶けて漏れ出してしまう。そうなればより多くの者に感染させる危険性が高まる。君たち自身を守るためだ」
その少年も周囲に促され、一緒に遺体袋を担いで船縁に立った。いち、にい、さん、という掛け声と共に、遺体袋が海へ投げ入れられた。どぼん、と水面へ落ち、そのまま沈んでいった。雨が甲板を打つ音に混じって啜り泣きが響く。一人の少年は
白衣を脱いで丸めて脇に抱え、マストに凭れた。満天の星空で北極星を探す。はたしてそれは船の斜め後方の低い空に輝いていた。
気付くと一人の少年が
「先生、何を見ていらっしゃるのです」
「北極星だ。わかるか」
少年が首を傾げた。
「あれが北斗七星。柄杓のような形が見えるか。その先の大きな星、そう、あれだ」
周囲には、他にも数名の少年が集まっていた。
「北極星は、夜空でずうっと変わらず北の空にいるんだ。だから、昔の船乗りはこれを目印に航海した」
「あちらが北、ということですか。では、あのずっと先に、藍空が、北海道があるのですね」
「ああ、そうだ。札幌時計台なんかの赤い星印も北極星を表しているんだ。北極星は北辰とも呼ぶが、北辰旗といってな、昔は道庁の屋根に赤い星印の旗を掲げたりしていた。その名残だ」
*****
濡れた服を脱いで椅子の背に掛ける。ショーツ一枚になると、雫の垂れる身体を手拭いで拭き、替えの服を着た。机の籠から卵を掴み、電灯の傘の上でとぐろを巻く隻眼の蛇へ差し出した。部屋の隅でかさり、と音がなり、
蛇が卵に喰らいつき、
廊下で足音がし、
「今晩はぼくが見ておきますから、もうお休みになってください」
「ああ、頼んだよ」
薄暗い傘の上の薄暗がりで、蛇の右眼が電灯を帯びて榛色に輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます