南洋熱病地獄 篇

序章 蛇と鼠

青大将

 隻眼の青蛇が、天井板の隙間から頭を垂らしている。蛇は長い舌を出し入れしながら、窓際に立つ女の背を見る。

 鉄鋲で縁取られた小さな丸窓の向こうには晴れた海原が広がっているが、室内は昼だというのに薄暗い。小窓の他には、小さな傘の電灯が天井から弱々しい光を落としていた。

 蛇は身体を徐々に伸ばし、女の首元へ顔を近付ける。髪は前下がりに切り揃えてあり、生白い項がうなじ露わだった。あわや蛇の舌が女の膚に触れようという時、扉から騒々しいノックの音がした。蛇はしゅるりと天井へ戻り、一瞬遅れて女が振り返った。灰の金髪がひるがえる。みどりの瞳が見つめる扉の向こうから、声変わりもしない少年の声がした。

荊凍ケイテ先生、患者が大出血して、きっと、今にも〝溶解〟してしまいます」

「わかった、すぐ行く」

 荊凍ケイテは椅子の背から白衣を取り、半袖の防暑略衣の上から羽織ると、大股で歩いて廊下へ出た。


 ばたん。扉が閉まり、天井板の隙間から再び蛇の頭が覗いた。

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