青ヶ原

青ヶ原 ――邂逅――

 人々曰く、大雪山の何処かに青い花の狂い咲く原あり。或る人曰く、見付け難きものなれば吉兆なりと。然し或る人曰く、否、凶兆なり。何故なら――――



*****



 涼しい風が吹く初夏の朝。詰襟の学生服に学帽姿の少女が、山中の獣道を歩く。道を彩る新緑の白樺を見れば、黄緑の若葉と白い樹皮の対比が目にも眩しい。手を庇にする少女の細めた目、みどりの瞳が若葉を映して溶け込むよう。

 白樺の枝から、ぼとり、ヒルが落ちた。真下を歩いていた少女の肩に取り付き、首筋へ這い進むと、血を吸い始めた。前下がりに肩で切り揃えた灰金の毛先が、蛭の背をくすぐるも、蛭は気にかけず食事を続ける。

 その間も少女は、血を奪われているとは露知らずに歩き続けていた。蛭の唾液には麻酔作用があるため、痛みは無いのであった。しかし、やがて違和感を覚えて立ち止まり、首筋をまさぐり出した。ぬるりとした感触に甲高い悲鳴を上げ、首から蛭を毟り取ると投げ捨てた。

「なんだこれは!まさか……蛭か。図鑑でしか見たことがない」

 首を傾げ、しばし、足下で蠢く破裂しそうなほど膨らんだ軟体動物を眺めていたが、やがて少女は再び歩き始めた。


 詰襟の背が見えなくなるころ、蛭の頭上で、がさごそと音が鳴り、どさり、着流しの男が落ちてきた。

 男は少女が捨て置いた蛭を拾い上げ、顔に近づけた。先が二股に分かれた長い舌を、膨れた血袋に向けて出し入れする。何度かそうしてあと、蛭を握りつぶした。指の間から血が吹き出し、地面へぼとぼと垂れ落ちる。男は掌を開き、膚に貼り付いた蛭を振り落とすと、長い舌で手に残る血を舐めはじめた。しゅる、ぴちゃ、しゅ、ぴちゃり。


 一方、先を急ぐ少女は細流の脇を歩いていたが、うわぁ、と再び悲鳴を上げた。二匹目の蛭が今度は足首に纏わっていた。すぐ剥ぎ取って蹴飛ばす。悪態をついたのち、すぐにずんずんと歩き始めた。荷物の詰まった帆布のザックを背負っているが足取りは軽く、くるぶし丈の編上げ靴で下草を搔き分けていく。

 そうして進むうち、あるトドマツの下で、頭上から降る物音に気づいた。

「また蛭か!」

 少女が叫び、足元の石を拾って樹上に投げつけると、ピィ、と鳴き声を上げて、青い小鳥が飛び出した――ルリビタキであった。頭から背は鮮やかな瑠璃色で、脇腹には山吹が差す。少女が目で追うと、哀れ濡れ衣の鳥は川を越え、対岸のトドマツへ逃げ込んだ。

 そのトドマツの上部に、怪しく光るものがあった。枝の先では明るい若葉が縁取るが、奥は幾冬を越えた葉が黒々と繁る闇。さらに、トドマツの枝は斜上するため、下から見ると枝が邪魔して上部が見え難い。少女が息を呑んで目を凝らす――――ぎらり。目が合った。光るものの正体は、はしばみ色の瞳だった。少女は、あっと声を上げ、その場にへたり込んだ。

「驚かしてすまぬ」

 瞳の主はそう言い、枝を伝って地面へ降り立った。青磁の髪が左眼を隠す、痩躯の男。裸足で細流に入ると、擦り切れた浅葱の着物の裾が濡れた。翻った薄藍の襦袢も色を濃くする。渉り終えると少女の前まで歩み寄った。濡れた足で土を踏んでも、生白い足は不思議と泥を纏わない。

 少女がふうぅと長く息を吐いた。

「人間か。騒いで申し訳ない。先ほどから蛭がしつこくてな。しかし、君は何故、樹の上にいたのだ。それに、こんな山中で裸足とは」

「木の実を集めておった。履物が無い方が樹へ登るに都合よい。お主、蛭、と云ったのう。たしかに先ほど、ここから少し戻った場所に落ちておった」

 男は抑揚をつけずに喋った。掠れた高い笛と通奏低音が同時に鳴るような、奇妙な響き。

「おそらく先程ぼくに取り付いたものだ。やはりあれは蛭なのか。実ははじめて見たのだ。北海道にはいないはずだが、何故だろう」少女が首を傾げた。

「蛭は鳥の血も吸うからの。時折、渡り鳥に張り付いて海を渡るものがおる」

 少女はほう、と息をついた。

「それは知らなかった。珍しいこともあるものだ」

「お主は何故ここへ。子供が一人とは珍しい」

「実は、このあたりに青い花の咲く原があると聞いて、探しに来たのだ」

「青い花、と」

「ああ。そこは一面大輪の青い花で覆われていると云う。君はこのあたりの人のようだが、その場所に心当たりはないか」

「そうだのう……青い花、もしかすると」

 男は腕を組んで目線を下に泳がせた。

「思い当たるところがあるんだな。どうだろう、ここは案内をお願いできないだろうか」

「構わぬが」

「ありがとう。助かるよ。ああ、自己紹介がまだだったな。ぼくは荊凍ケイテだ」

「ケエテ」

「君の名前も教えてくれるかな」

「名前というほどのものはないが、目隠れだのなんだのと呼ぶ者もおる」

「メカクレ。変わった呼び名だな……まあ、よろしく頼むよ」


 メカクレの先導で二人は歩く。獣道を外れ、森の奥へ。向かう先では、トドマツの樹冠より遥か高く柱状節理が聳え立つ。荊凍ケイテが見上げれば、上方に懸かる雲が幽玄と天辺を隠している。岩壁に近付いたところで曲がり、鎮座する奇岩の群れを右手に眺めながら進む。

「して、青い花を見つけてどうする。お主は花売りか」

「花売りではなく……強いて云うなら医者の卵だ。その花は、薬効あらたかで、万病に効くとも伝え聞くのだ。母上の体調がここのところ芳しくなく、なにか手立てはないかと考えた次第だ」

「はて。青い花の見当はつく。しかし、薬効云々は知らぬな」

「構わないさ。実のところ薬効は噂ばかりで具体的にどんな薬になるのかわからないので、ここは実物を研究してみよう、というわけなんだ。実は色々と込み入った事情があってな……」

 そう前置きして、荊凍ケイテは堂々たるハスキー・ボイスで語りはじめた。



*****



「ぼくがまだ物心付く前の話だ。ぼくは自動車の事故で生死の境を彷徨う大怪我を負って、なんとか一命を取りとめたものの、中々床を離れ難い日々が続き、父上はかねてより噂を聞いていた大雪山の青い花を探しに行くと決めた。

 お祖父様はたかが噂と一蹴したが、お祖母様は、父上自身がノイローゼ気味なのを見て、これは一種の転地療法になる、山の澄んだ空気を吸い、まずは自分が元気になっておのが子を癒して見せよ、と送り出した。

 父上は一人で山へ彷徨い入り、青い花を探したが中々見付からなかった。そうする内に日は暮れ、諦めようかとも考えたそのとき、青い蝶が目の前に現れた。ひらひらと舞う蝶に誘われ息も絶え絶えに急峻な斜面を登ると、ちょうど窪地のようになっている原に出た。そこで目にしたものは、青い蝶と一緒に揺れる青い花、ではなく青い炎――――人魂だった。それも一つや二つではなく、原を埋め尽くすほど。

 人魂の群れを見て、父上は生きた心地もしないまま、ほうぼうの体で逃げ帰った。当然、花も薬草も取らずに。ところ不思議なことに、家に帰ると、みるみるぼくの体調が回復していった。

 父上は訝しみつつも、有難き偶然と喜んだ。お祖母様は、転地療法ではなくショック療法にでもなったようだと言った。しかし、それを見た母上は、いいえ、偶然ではありません。あの姫が救けてくださったのです、と。

 曰く、母上のおばだか大おばだったか、それは気高く麗しい姫がいたのだという。

 維新後の動乱の中で屋敷には火が放たれ、父母は命を散らしたものの、姫とその弟は家臣の手引きで逃れ、遠縁の者に引き取られた。

 ところがその家のあるじがとんでもない強欲者で、姫を人買いに売り渡してしまった。姫は人買いに連れられ歩くうち、隙を見て大雪山の麓に逃げ込み、それきり行方知れずになってしまった。

 そして怒った人買いのやくざ者は、売主――――姫を引き取った家のあるじ――――の首を刈り、屋敷の門に晒した。

 それからさらに数年、長じた姫の弟は大雪山の方々を探したが、恋しき姉は見つからず、しかし沢で血錆のついた簪を見付けた。あな懐かし、これはかつてあの優しき人の髪を飾りしもの。誇り高き姉はきっと、生きて辱めを受けるよりはと自ずから簪で首を突いたに違いないと確信した、とかなんとか」



*****



 荊凍ケイテがそこまで語ったところで、周囲が濃いもやに包まれた。それまで右手に見えていた奇岩も消えた。


 一寸先も見えぬような白い視界の中、山吹の着流しが浮かび上がった。それは段々と近付き、姿があきらかになっていく。笠を目深に被る、仔狐を連れた若い男だった。笠を上げると、細く吊り上がった目で二人を見た。メカクレも視線を返し、先が二股に分かれた舌をしゅるしゅると出し入れする。それを見た荊凍ケイテがあっと息を呑んだ。男がくっくっと笑った。

「なんだ、蛇。今はその女を飼っているのか」

「何時の話をしておる」

 男が手に持つ白い布包みを解いた。中から手鎌が現れた。男は鎌を振りかざし、荊凍ケイテ目掛けて飛び掛かった。

 メカクレが荊凍ケイテの前に飛び出すと手鎌を蹴り飛ばし、そのまま男の頭を狙って脚を振ったが、男はどこからともなく二本目の鎌を取り出し、メカクレの足を斬り付けた。足首がぱっくり割れ、血が噴き出す。メカクレは男の頭を両手で掴み、膝を顔面に打ち込んだ。肉が潰れ骨の折れる音が鳴る。衝撃で足首の裂け目は拡がり、今にも本体から離れそうに揺れる。幾度となく膝を打ち続けると、男の頭はとてもなった。

 メカクレが男の身体を投げ棄てると、その回りの靄が濃くなって身体を隠した。そしてその中から狐が飛び出してきたかと思うと、仔狐を伴い靄の中へ逃げていった。

 狐の姿が見えなくなるころ、靄は、すうっと晴れた。

 縦に真っ二つ割れた丸太が、メカクレの足下に転がっていた。


 メカクレは蒲鉾型になった丸太に腰を下ろした。片足の先は千切れかけ、ぶらぶらと揺れている。

「お主、医者の卵と云ったな。どうもぶらぶらして鬱陶しい、縫うてはくれんかの」

 荊凍ケイテは首を振った。

「無理だ。道具も消毒液もないし――――」

「道具なら、ここに」

 メカクレが懐から縮緬の小袋を取り出した。荊凍ケイテが受取り中を改めると、布でくるまれた縫い針と、薄い木に巻き付けた縫い糸が収まっていた。

「普通の裁縫道具ではないか。いや、仮に外科用の針と糸があったとして、無理やり縫っても骨や血管、神経など内部組織が繋がらず腐るだけだ」

「問題ない。ずうっと手で押さえておけばそのうち元に戻るが、表面だけでも繋げれば押さえておく手間が省けるというだけの話」

 荊凍ケイテは先程見た光景を反芻した。二股の舌、靄に紛れて狐になった男――――ごくりと唾を呑む。

「わかった。やってはみるが仕上がりは期待しないでくれ。縫合は、解剖した兎の腹で練習したことしかない」

「構わぬ」

 荊凍ケイテがメカクレの足首を手に取り、傷口を観察する。

「しかし、鎌で切られたと見えたがそれにしては断面が潰れている。まるで獣の噛み傷のような――――」


 荊凍ケイテも丸太の上、メカクレの横へ腰を降ろした。膝へ広げた手拭いにメカクレの足を置き、針で縫う。無言で仕事を進めるうち、メカクレの胸元から、アオダイショウがぬっと顔を出した。舌を出し入れしながらメカクレの傷を見る。荊凍ケイテは喉からしゃっくりのような音を出した。

「噛むなよ、おい、今、手が離せないんだ」

「その心配ない。ほれ、あまり驚かすでない」

 メカクレがそう言うとアオダイショウは懐へ引っ込んだ。

「もしかして、ずっと服の下にいたのか」

「うむ」

「今日は本当に肝が冷えることばかりだ……ペットか。この子も名前はないのか」

「ミドリと云う」

「自分は名前がないのに、ペットには名前があるんだな」

「昔、名を付けた者がおってな」

 荊凍ケイテは首を傾げながらも、手を動かし続けた。足首を一周すると、一息ついて手を離し、学生服の袖で額の汗を拭った。

「終わった。本当に表面を縫っただけだぞ」

「うむ。このままそうっとしておけば、直に元に戻る」

「わかった。なら少し休んでいくか」荊凍ケイテは袖で額の汗を拭い、水筒の水を飲んだ。

「しかし、実はもっと早く治す方法があってのう」

「なんだ。青い花を見つけたら煎じて呑んでみるか」

 メカクレの目は荊凍ケイテの首元を見詰め、長い舌を出し入れした。口を開くと、細く鋭い牙が覗く。

「お主の血を、少しばかり呑めばすぐ治る」

 荊凍ケイテは、ひゅっと息を呑み丸太から飛び上がった。

「ぼくを喰う気か」

「血は呑んでも、肉は喰わぬ。お主、花の蜜は呑んでも花は喰わぬであろう」

 しゅる、とメカクレの舌がしなった。荊凍ケイテは息を潜め、臙脂の舌と、血の滲む足首を交互に見る。

「先ほどの話の続きだ」ややあって、荊凍ケイテが話し始めた。

「とにかく母上が言うには、その姫が、自分の血に連なる幼子が苦しんでいることを察し、力を授けてくださったのだ。また、父上が見た人魂は、その姫と、家臣たちのものに違いない、と」

 二人の間を、小さな暗青色の蜆蝶シジミチョウが横切った。ぱたぱたと上下する小さなはねの残像は、まあるい人魂のよう――荊凍ケイテはごくりと唾を呑み、再び口を開いた。

「もちろんぼくは信じちゃいない。母上は武家の出で、家やら血やらを重んじていたが、ぼくは個人主義だし、科学者の卵だ。医者からすれば、血は体液のうちの一つでしかない」

 荊凍ケイテは手を首筋に宛てた。とく、とく、と振動が指先に伝わる。メカクレの視線がに注がれる。

「しかし、少しは考え方が変わったな。認めよう。世の中には西洋科学の観測埒外の事象がある。かと云って母上の云うことをすべてがへんずるわけでもないが、一層、青い花の謎を解き明かしたくなったというのも正直なところだ」

 荊凍ケイテは制服の襟に手を掛け、掛け金を外した。白い頸が顕になる。

「もしかすると、血液にはまだ解明されていない特別な働きがあるのかもしれないな」

 メカクレが荊凍ケイテの首元に顔を埋め、なめらかな膚に牙を突き立てた――――


 荊凍ケイテがしげしげとメカクレの足首を眺める。傷口の表面は薄っすら繋がりはじめていた。

「君の身体は不可思議極まりない」

 メカクレの膚を撫で、硝子質の光沢を持った髪に手櫛を通す。指はするりと通るが、毛流れに逆らうと、ちくり引っかかる。口を覗き込み改めて二又の舌を見る。着物の裾を捲って中を見ると、と予想したものが無く、荊凍ケイテは目をぱちくりさせて着物を元に戻した。

 二人は再び立ち上がって進みはじめた。エゾマツの喬木が作る樹陰を歩み、柱状節理を割るように落ちる滝の飛沫を浴び、垂直に立つ奇岩に挟まれた細流を徒渉した。

 標高が上がるにつれ樹高のあるエゾマツやトドマツは姿を消し、太陽が南中する頃、二人は這松ハイマツが這う峻険な斜面を登っていた。ときに強風吹き荒ぶ高山で、高い樹は育たないのであった。

 荊凍ケイテが喘ぎながら言う。

「もう少し、待ってくれないか」

「うむ」

 ちらり振り向いたその顔に疲労の色は無かった。

 速度を落とした荊凍ケイテは、砂と砂礫の道――這松の生えてない場所が即ち道だった――の脇に目を遣り、処々に群生する桃色の駒草コマクサを眺めた。釣鐘型の可憐な花が、斜面を撫でる風に揺れている。

 目指す花もこのよう見付かるのでは、という期待に胸が高鳴った。しかし高山植物は概して小さい花を着ける――こんな高山に果たして大輪の花が咲くものだろうか――一抹の疑念もよぎった。

 登り切って尾根に出ると谷底には残雪が見えた。谷に降り、雪を避けて歩き、また次の尾根に出るころ。

「ほれ、たしかこの辺り」

 荊凍ケイテが尾根に立って見下ろすと、窪地のような原になっていた。

 そこには、大輪の青い花が幾つも咲いていた。荊凍ケイテが目を見開いた。

「これはたしかに、見事な青い花。しかし」

 荊凍ケイテは原へ降り、花をそっと撫でた。罌粟にも似た形の、透明感がある青色の薄い花弁。細く直立する茎と花に比して小振りな葉には、毛が生えている。

「メコノプシスだ。ヒマラヤの高山などに咲く。蛭と同じで、渡り鳥か何かが種を運んできたのかもしれないな。ここは標高が高いから、気候が合ったと見える。しかし特筆すべき薬効はない。見た目で、罌粟と同じ効能があると勘違いされたのだろう」

 荊凍ケイテが花の中心を指した。黄色い小さな雄蕊おしべに囲まれて、高い花柱が飛び出している。

「たしかに罌粟の近縁種で、見た目も似るが、罌粟とは異なり花柱が明確なため区別は容易だ」

 花々の中には、すでに散ったものもあった。そのうち一つの、ぷっくり膨らんだ芥子坊主を荊凍ケイテが爪で引っ掻いた。乳白色の汁が滲む。

「罌粟ならこの乳液に、強力な鎮痛作用を持っ阿片アルカロイドを含む。病気を根本的に治すものではないが、あらゆる痛みを取り除くため、万病に効くと錯覚することもあるだろう」

 メカクレも花を覗き込んだが、首を傾げた。乳液がたらりと丸い実を伝う。

「しかしメコノプシスからは阿片アルカロイドは採れない。おそらくこの花を実際に使った者はなく、単に見た目から想像を膨らませた結果の噂だろう」

 荊凍ケイテが立ち上がり、青花の揺れる原を見回した。原の中心には、天辺の平らな、腰掛けるのにちょうど良さそうな小岩があった。岩に近付いて表面を撫でる。

「この石を中心に生えているようだ。なあ、メカクレ、これはなんだろう」

 そう言って荊凍ケイテが振り返ると、ざあ、と風が吹いた。

 無人の原で、青罌粟たちが風に吹かれ、重たそうに頭を揺らしていた。

 まあるい青が、ゆら、ゆらり。あれは鬼火か人魂か。ざあざあ、ゆらゆら。ざわ、ゆうらり。



*****



 人々曰く、大雪山の何処かに青い花の狂い咲く原あり。或る人曰く、見付け難きものなれば吉兆なりと。然し或る人曰く、否、凶兆なり。何故なら、あれは墓である。我、青い花の上、青く揺らめく鬼火を見たり、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る