伍 赤い夢
創成川は札幌の中心部を流れる人口河川で、薄野周辺を含む市街地では碁盤の目に整備された区画に沿い、真っ直ぐ南北に走る。薄野の人形館からは東に四区画ほどで、
車のドアが開き、中から二人が姿を現す。一歩素足を雪に踏み入れたメカクレが、ぶるりと身体を震わせた。川の周囲には厚く雪が積もっており、ところどころに枯れたススキが見え隠れしている。のろりのろりと足を進めるメカクレを尻目に、
「なにゆえ人間はこうも急いでばかりなのやら」
メカクレが土手を下る間も
「薄野はもともとススキが茂る荒野だったため、あの名前になったらしい。今はその影もない歓楽街だが、創成川のあたりには名残があるかもしれないな」
河岸まで辿り着いたたメカクレは、ゆるりと辺りを見回し、
「すすきの、とやら。あの街も悪くはないが、わしにはちぃとばかし湿気が足らぬ」と。
既に日は落ち、東の空には夕日の残り火があったが、柳の枝が落とす影で創成川の河畔は昏かった。ぽつり点きはじめた
メカクレは南に進路を取った。創成川を左手に河岸を歩き、
「いい月だ」
次第に柳の樹は密になり、二人の頭上には、葉を落とし雪を薄く載せた柳の枝が垂れ掛かる。枝の隙間から満月が照らす。しかし次第に、まるで見えない葉が茂っているかの如く、枝間の景色は曖昧になっていった。いまや月の輪郭は霞がかったように
そうして昏い木陰を歩くうち、行く先が段々明るくなってきた。例えるなら森の先の街灯へ近付いているような――――枝は段々と疎らになり、それにつれ前方の灯りは強く照らし、いつの間にか視界を遮る柳はなくなっていた。
「ほれ、着いた」
二人はちょっとした通りのようなところに出ていた。
*****
通りの左手には先程までと同じく川が流れ、右手にぽつりぽつりと屋台が並ぶ。遮るものはなくなったが、明かりは月と屋台の赤提灯のみで、辺りは仄暗い。疎らに行き交う人影は、輪郭が辛うじて分かる程度。
メカクレは猶も歩みを止めず、
前方を歩く、羽織袴のずんぐりとした人影に
向かいから別の人影が近付いてきた。近付くにつれ明らかになる姿――黒い三つ揃えにこれまた黒の山高帽。背広から飛び出す身体は木製で、顔はマヌカンの様に凹凸がない。ステッキを小粋に振りながらの紳士然とした歩みだが、手足の動きはどこか固く、背広の下で軋む人工関節の存在を想像させた。
マヌカン紳士は擦れ違い様に顔を二人の方へ向けた。
さらに進むと屋台の狭間に小さな広場のようなものがあった。薄暗闇の中、人型のものやそうでないもの、様々の影が蠢いている。
広場の中心には一畳程の演台があり、顔まで頭巾で隠した全身黒
黒衣が棒を動かすと、操り人形の要領で蛙の身体も動く。切っ先が幾度も蛙の鼻先を掠め、そのたび周囲から、わっと歓声が上がる。
メカクレは狭い広場の中を縫うように進み、ある影の横へ収まった。半着に脚絆の農夫風、笠を目深に被っており、顔は見えない。歓声の合間を塗ってメカクレが隣へ声を掛ける。
「最近、狼がこの辺りを荒らしておらんかのう」
笠が上を向き、口元だけが陰から現れた。
「おう、蛇。久しいな。狼か。特段聞かんな」
言葉を返す唇は紫で、
「何か噂を探ろうってんなら、ほら、〝川〟向こうの座敷なんか」
「やはりそう来るか」
蛙が息を吸い、腹が大きく膨らんだ。その瞬間、
広場がわっと湧き、ぴぃぎゃあ、ばったん、大騒ぎ。演台に向けて、木の実や仔犬の生首、白い紙に包まれた何か――――〝おひねり〟のような形だが、紙の表面には血が滲み、〝中身〟が時折ぴくりとうごく――――などが投げ入れられる。
演台の背後には、物見櫓のような脚の上、切妻屋根に両開きの扉が付いた、犬小屋のようなものが据わる。
蛙遣いが扉を開くと、雨蛙の死骸が積み上がっていた。蛙遣いが先程〝破裂〟した二体を一番上に重ねると、周囲から再び大きな歓声が上がった。油の缶を片手に火を噴き上げる者もあった。
蛙からは新鮮な血が垂れ、先客たちの表面を伝っていく。赤と緑の山の背後、最奥には彫像があった。荒々しくノミの跡を残して削り出された裸体は
「では」と言い残し、メカクレはその場を離れた。
「あの彫像、
*********
暫し歩いた
「あそこへ行くなら、其の前に腹拵えを」
赤い暖簾をくぐると、カウンターの奥で暖簾と同じ赤い前掛けの男が、寸胴鍋を掻き回していた。水面からは猫の手が飛び出している。
「へいらっしゃい」
男が
「注文は」
「そうだのう、なにか」
メカクレがそこまで言ったところで、
豚は慣れた様子ではカウンターへ凭れた。店主に向かって口を開きかけたが、鼻をひくひくさせると
メカクレが片手で
「なんだ、おまえの
「わしの連れでの。売り物ではないぞ」
豚は猶もメカクレの肩越しに
歪な球体となった〝元〟一斗缶を見て、豚は「わかったよ」呟くと、カウンターの中へ向き直った。
「いつもの」
「あいよ」
一ツ目がカウンターの硝子瓶を開け、中身――――藤色のどろりとしたゼラチン質の粘液――――を匙で掬い取り、コップに入れた。次いで背後から一升瓶を取り出すと中身を注ぎ、匙で掻き混ぜた。底に溜まった紫が、コップ全体に広がる。それと同時に、腐りかけの果実のような甘い香りも漂った。
コップを受け取った豚が藤袴色の液体を飲み始めた。その様子を
「うちの名物、脳味噌の
「こつこつ、つづけるのがだいじだ。これがなければ、おれはいまごろぺちゃんこだったかもしれん」
「前は人間の胎児や間引いた赤子の脳を使っていたんだが、今は犬だ。効き目が数段劣るとはいえ、このご時世だ仕方ない」
「昔は遊郭に行けばいくらでも水子が手に入ったし、ヤミ堕胎を請負う医者は、胎児の死体を横流しする奴が多かった。なんなら俺自身で産婆の真似事をしたこともあった。知ってるか、
「ああ。昔のやり方だ。鬼燈には子宮収縮作用のあるアルカロイドが含まれている。根や茎をそのまま挿入することもあったようだが、敗血症での死亡例もあるし、飲用のほうがまだ幾分マシだろう。いずれにせよ最近では、陣痛誘発剤とラミナリアがその代わりといったところか」
「嬢ちゃん、詳しいな」
「ぼくは医者だ」
「なるほどな。それならわかるだろう。この頃、堕胎はお上がロハでやってくれるそうじゃないか。医者たちは書類を作るのに死体がなければ困ると言って、誰も俺たちに売らなくなった。救児院が増えてからは、間引きも減った」
一ツ目は項垂れ大きく溜息をつき「全く商売上がったりだ」と言い、かと思うと顔を上げ、「商売、そうだ商売だ。人間の嬢ちゃん、注文は」と。
「なにか、人間の
暫く無言だったメカクレが割って入った。
「
「うむ。ではそれを二匹。ひとつは生で、もう片方は焼いたのを」
「あいよ」
一ツ目は足元の檻を開け、一匹の蝮を取り出した。
暴れる蝮の首根っこを押さえて俎板に載せると出刃包丁で首を落とす。司令塔を失ったのちも激しくのたうち回る胴体を掴んで逆さにし、切断面を猪口に向けた。白い底にぽたりぽたりと赤が広がる。一ツ目が手で胴を絞ると血は勢いを増し、猪口の半分ほどまでを満たしたところで止まった。
「先ずはこいつ」
カウンターの上、
「メカクレ、飲むか」
「なんだ、飲まぬのか。人は蝮の生き血を薬にすると聞いたが」
「たしかにそういう時代もあったが、今は衛生科学の時代だ。医者が寄生虫に当たっては体裁が悪いからな。ぼくは生で飲むわけにいかない」
「難儀なものだのう」
メカクレが猪口の中身を一気に呷った。
カウンターの中では、一ツ目が切断面の皮をつまんで引っ張っていた。靴下を裏返すように、綺麗に皮が身から剥がれていく。蝮の皮を尻尾まで剥がし終え、次は切れ目から内蔵を抜き取る。半透明の腹膜に包まれた内臓が、丸ごと綺麗に身から外された。
「人間の嬢ちゃん、当たりだ」
腹膜の内側では、暗褐色の太い紐のようなものが、うねうねと動いている。
「仔持ちか。蝮は卵胎生だったな」
一ツ目が腹膜を割き、〝仔〟袋を取り出した。楕円の袋が四ツ連なっており、半透明の膜を透かしてうねる幼蛇が見える。そのうち二ツを小皿に選り分け、心臓と一緒に皿へ盛った。心臓はどくり、びくん、と時折脈打っている。
「蝮の仔は母蛇の腹を喰い破って出てくるという話があるが、なんてことはない。総排泄孔から産まれてくる
カウンターの奥では一ツ目が暴れる〝身〟――――半透明の桜色で、頭と皮、臓物を失ってもなお、びくり、ばたり、と動き回っている――――を押さえつ折り畳みつして串に打っている。串に絡みつくような形の倶利伽羅に仕上げると、炭火が煙を上げる網の上に乗せた。尻尾がびくびくと跳ねる。半透明だった身があっという間に白くなり、縮み上がっていく。
「焼けるまでの間、これでもつまんでいてくれ」
一ツ目が、臓物の盛られた先程の小皿を寄越した。
「それは共喰いではないのか」
「お主も南洋では猿を喰ったであろう」
一ツ目が残された二つの〝仔〟袋を包丁で開いた。ぼたりと粘液が零れ、次いでぬらりと光る幼蛇がまろび出た。
小さいながらも表面には蝮特有の鎖模様が見えるが、成蛇とは違い鱗は未発達で、滑らかな膚にぬらぬらと粘液を纏って光っている。その姿はさしずめ、模様付きで少し細長い
泥鰌との違いはもう一つ、腹には小豆大ほどの黄色い粒がついている。それに目を留めた
「まだ
一ツ目が幼蛇を生きたまま串に打つ。先程の成蛇同様に激しく身を捩るが、抵抗虚しく。最後、小さいながらも毒牙を覗かせて反抗する首が顎の真下から串で貫かれ、少なくとも口は開かなくなった。自慢の毒牙を封じられた格好だ。一ツ目が二匹目も同様の倶利伽羅に仕上げた。網の上に乗せると、尻尾――――数少ないまだ自由が効く場所――――を激しく振り回した。しかし火は無慈悲に幼蛇を炙り、幼蛇もそのうち動かなくなった。
「待つ間、これもあったな」
一ツ目が、俎板の隅に転がっていた蝮の首を小皿に乗せ、カウンターに置いた。すぐ厨房での作業に戻る。網の上に塩を振り、
小皿の上では蝮の頭がびくり痙攣し、半ば閉じていた口が大きく開いた。
「これがピット器官というやつか。蝮はここで赤外線を感知し、獲物の小型哺乳や鳥類が発する熱を頼りに見付け出すと聞く」
「君たちにはないのか」
「へいお待ち」
一ツ目が串をメカクレに差し出した。生の蝮が、〝焼き〟の方と同様、倶利伽羅に刺さっている。大きく開かれた口からはだらしなく舌が垂れているが、尻尾はびちびちと激しく振り回されている。
メカクレは蝮の頭にかぶりついて上を向いた。サーカスの剣呑み芸のような格好だが、串は呑まずに蝮だけをずるりずるりと抜き取り口内に収めていく。
「嬢ちゃんも、お待ち」
焼かれた蝮の串が
「思ったより普通の……肉だな。鳥に近い。食感なんかは特に。味は鶏というより雉のような濃さと……どこか白身魚のような風味もあるかもしれない」
そのまま食べ進め、中頃まで達したあたりで幼蛇の串が手渡された。
「ほれこっちも」
成蛇と違い皮も頭もついたまま。
「邪魔したのう」
メカクレが暖簾に手をかけると、一ツ目が「待て、支払いは」と声を掛けた。
「そうであった。ケエテ、あれを」
「ああ」
「これは人間が殖やしておる
店主は、ほぅ、と息を漏らし、
「人間の嬢ちゃん、珍しいもの持ってんな。いいぜ、そいつを置いていきな」
*****
屋台を離れた二人は通りに戻り再び歩き始めた。暫し歩くと、二人の左手、川に橋が架かっている。しかしメカクレは橋に目もくれず歩き続ける。
「川向こう、と言ったな。渡らなくていいのか」
「いや、こちらで可い」
さらに歩き続けると、二人の右手、つまり河岸と逆方向に小さな太鼓橋が現れた。
近付くと橋の左右には石灯籠が立ち、仄かな灯りの中、朱赤に塗られた欄干が浮かび上がっている。橋の真下では、雪と草の隙間で細く水が流れており、微かな水音がする。石灯籠は橋の周囲を狭く照らすのみで、水は上流下流も判然とせず、左右の先は暗闇に消えていた。創成川の支流なのか、はたまた全く処を異にするものか――――
先にメカクレ、後ろに
橋を渡り切ると、筵で冬囲いをした灌木の点在する前庭に出た。左右に石灯籠が並ぶ
戸を開くと帯を前で結んだ振袖の女が出迎えた。
「あら、目隠れの旦那さん、お久しゅう」
女の案内で二人は奥の座敷に通された。
金屏風に紗の窓掛け、真新しい畳からは爽やかな葦草の香りが昇る。金地に赤い椿が咲き乱れる屏風を背に、赤い金襴の座布団が二つ並び、その前には朱塗りの膳が置いてある。二人が腰を下ろすと、案内の女と入れ替わりで、同じような前結びの振袖を来た女が二人現れた。それぞれの傍らに座り、左手は
部屋には高い炎を上げる百目蝋燭が並び、朱赤の調度と着物の金刺繍を照らす。
「こんな真冬に、珍しいですわね」
メカクレに付いた女が切り出した。
「わしも本当なら睡っておりたかったが、こやつが無理に起こすので」
女は
「ぼくは
もう一方の女が
「さあ、お召し上がりになって」と女が
隣の膳には塗り箱が置かれ、升目区切りの中で齧歯類や爬虫類なぞが蠢いている。メカクレが串を一本選んでつまみ上げた。活きたカナヘビが刺さっており、金属光沢のある青い尾をばたつかせている。別の小部屋では、
カナヘビを呑み下したメカクレが、傍らの女に向けて舌を出し入れする。臙脂の舌先が生白い首元を掠めた。
「やはり
「噛み付くなよ」
「案ずるでない。お主に云う〝
「違う匂いなのか」
「其れはさて置き。お主、訊ねたいことがあった筈」
「
「狼……そうですねえ」
「このあたりでも一時は見なくなりましたが、少し前から
「じょうざんけい。温泉の湧く処だったかの」
「ああ。風光明媚な保養地として名が高い。案外、瑠璃雛菊の推理が当たらずとも遠からずといいうところか……彼女が怪しいと踏んだ藻岩山から更に奥へ入った山地で、たしかにあそこなら虎でも狼でも隠れていて
「私の方ではそういえば、定山渓の奥深くの河岸に人間の骨が棄てられていて、これ幸いと召し上がった、というお客様もいらっしゃいましたわよ」
メカクレの側の女も語り、
「そもそもの話だが、狼がまだ生き残っているというのは、君たちの間では知られたことなのか」
「ええ。彼らはまだ山の奥におりましてよ」
「しかし広すぎるな……どう探したものか。定山渓の、具体的にどこかは判らないだろうか」
「そこまでは……」
「もしくは、その客を紹介してくれたりは―――」
―――人間の骨をこれ幸いと―――
「
追加の皿が運ばれてきた。
「最高の焼き加減だ。やはり牛肉はこれが一番だ」
活き雀がメカクレの前へ。雀は串に貫かれながらも、ちゅ、と弱々しく鳴いた。
「これは豪勢だ、しかし」
「支払いはどうするんだ。まさかまた鼠というわけにもいくまい」
すると耳打ちを聞きつけた女が「あら、そんな心配はいらなくってよ」と。
「お客様をおもてなしするのがわたくしたちの歓び。それに、皆様とっても愉ませてくださいますのよ」
ぽんっ。小気味の良い鼓の音が鳴った。
気付けば前には楽器を抱えた女たちが並んでおり、鼓や三味線を奏ではじめた。唄も始まり、次いで現れた女は、扇子を手に舞う。女が翻ると朱地に金刺繍の振袖が躍り、絹糸のような黒髪が纏わる。足を滑らせれば緋縮緬の襦袢が見え隠れし、裾からは白い足首が覗く。
目と耳を悦ばせながら、
ふと
――――たらり。
汗が一筋、
今度は目だけを動かして窓を見ると、外で見たのと同じ満月。
ひゅう。どこからともなく吹いた風が、汗で濡れた首筋を冷やす。楽の音が、くぐもったように遠く聞こえる。蝋燭の炎が揺らぎ、ぐにゃり、と視界が歪む。
たんっ。一段高く鼓が鳴った。
「さあ、もっとお召し上がりになって」
注がれた酒を煽ると、冷えた身体が一気に熱くなった。女が身体を寄せ、
メカクレを見ると、そちらの女も彼の肩へ凭れていた。
「まあ、ひどいわ。余所見なんかして」
蝋燭の火が消えた。残るは薄絹越しの月灯り。
もう一度メカクレの方を盗み見ると、帳のように降りた靄が二人の姿を霞ませていた。朧気な二つの輪郭が重なり合う。
いつしか傍らには朱の緞子蒲団が敷かれていた。闇に輝く滑らかな織模様は、内側から発光するかのよう。
先に聞いた台詞が
*****
再び蝋燭が灯された室内で、二人が〝水菓子〟に舌鼓を打つ。
「定山渓だと広すぎると思ったが、心当たりを思い出した」
少し崩れた麻着物のメカクレが、今まさに生け簀から揚げたばかりといった風情のオタマジャクシを口へ放った。
女たちも足を崩し、柔和に笑んでいる。
二人は部屋を辞し、最初の女の案内で玄関を出た。
「また、いらしてくださいませ」
小路を抜け、再び朱の太鼓橋を渡った。通りを歩き出したメカクレが呟く。
「うう、寒い寒い」
「そうだな、早く車まで戻ろう。呑んだあとは身体が冷え――――」
「どうした」
「いや、もうすっかり酔いが醒めてしまったというか、しかし酒が抜けたというより、最初から呑んでなどいなかったような……それになんだか妙に腹も減っているし、どっと疲れたようだ」
*****
仄暗い室内。
窓からは月灯りが射し、一枚板の物書き机の上、緑の傘を下へ向けたバンカーズランプが灯る。藍染めの浴衣に角帯を腰で穿いた
背後のベッド、天蓋の上からするりとメカクレが降りてきた。
「なんだ、脅かすな」
「有用な情報が得られたであろう」
「少しだけだぞ」
メカクレは頭を少し前側に回すと、首筋に噛み付いた。じゅるり、じゅるり、水音が静まり返った室内に響く。
ザフィアを机の上へ戻すと、
「明日こそ刑事に会う。午前は寝てていいぞ」
メカクレは言葉を返さず、その口は別の仕事にかかりきりだった。ザフィアが皿の隅に残る米粒を食べ始めた。むちゅ、みち、と小さく控えめな音。それをかき消す、じゅるり、ごくん、遠慮のない音。
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