マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます

第9話 EP2-2 楓は風紀委員である

　この世界（せかい）の隣（となり）には、『狭間（はざま）』と呼（よ）ばれる世界（せかい）がある。

　狭間（はざま）には、『狭魔（きょうま）』と呼（よ）ばれるモンスターが出（で）る。

　狭魔（きょうま）を倒（たお）す、『魔狩（まかり）』と呼（よ）ばれる人間（にんげん）がいる。

　　　◇

　オレと桃花（ももか）と琴音（ことね）の三人（さんにん）で、放課後（ほうかご）の校舎（こうしゃ）裏（うら）に集合（しゅうごう）した。校舎（こうしゃ）の裏口（うらぐち）の階段（かいだん）に、三人（さんにん）並（なら）んで座（すわ）った。

　人目（ひとめ）を避（さ）けて『新種（しんしゅ）の能力（のうりょく）増強薬（ぞうきょうやく）』の話（はなし）をするためだ。

　オレは、遠見（とおみ）　勇斗（ゆうと）。十四歳（さい）の中学生（ちゅうがくせい）で、冴（さ）えないメガネ男子（だんし）である。一応（いちおう）、駆（か）け出（だ）しの魔狩（まかり）である。

　廊下（ろうか）くらいの幅（はば）の裏道（うらみち）に、ところどころ木（き）が植（う）えてある。背丈（せたけ）より高（たか）いブロック塀（べい）の向（む）こうは山（やま）がある。通（とお）りすがりが偶然（ぐうぜん）に話（はなし）を聞（き）く、みたいなことはないと思（おも）う。

「魔法（まほう）使（つか）い系（けい）の魔狩（まかり）には、薬品（やくひん）に詳（くわ）しい人（ひと）が多（おお）いんです。それで、わたしにも調査（ちょうさ）依頼（いらい）が来（き）たんです」

　琴音（ことね）が、ゴニョゴニョと口籠（くちご）もりながら説明（せつめい）する。

　琴音（ことね）は魔狩（まかり）である。攻撃（こうげき）魔法（まほう）を使（つか）える『ウィッチ』である。

「この中学校（ここ）での情報（じょうほう）収集（しゅうしゅう）を担当（たんとう）することになったんです。で、でも、他人（ひと）に話（はな）しかけるのって、ど、どうすればいいのか」

　本気（ほんき）で困（こま）っていた。絶望（ぜつぼう）の顔（かお）をしていた。

「分（わ）かった、情報（じょうほう）収集（しゅうしゅう）すればいいのね？　任（まーか）せて！　アタシが笑顔（えがお）で聞（き）けば、皆（みんな）喜（よろこ）んで教（おし）えてくれるから！」

　桃花（ももか）が自信（じしん）満々（まんまん）で請（う）け負（お）った。

　オレは、圧倒的（あっとうてき）な強者（きょうしゃ）が笑顔（えがお）で情報（じょうほう）の提供（ていきょう）を求（もと）めるのは脅迫（きょうはく）なのでは、と思（おも）った。

「オレも、知（し）り合（あ）いに聞（き）いてみるよ。桃花（ももか）は穏便（おんびん）にな」

「遠見（とおみ）君（くん）、絢染（あやそめ）さん。ありがとうございます」

　琴音（ことね）が、銀縁（ぎんぶち）の丸（まる）メガネの奥（おく）の瞳（ひとみ）をウルウルと潤（うる）ませて、オレと桃花（ももか）の手（て）を握（にぎ）った。

　　　◇

　ザリッ、と土（つち）を踏（ふ）む音（おと）がした。

　オレも桃花（ももか）も琴音（ことね）も、慌（あわ）てて音（おと）の方（ほう）を見（み）た。

「絢染（あやそめ）さん。こんなところにいたのですね」

　風紀（ふうき）委員（いいん）の風木（かぜき）　楓（かえで）だ。薄緑（うすみどり）色（いろ）の長（なが）い髪（かみ）をおさげにして、目（め）つきが鋭（するど）く、痩（や）せ型（がた）の女子だ。

「何（なに）？　まだ何（なに）か用（よう）でもあるの？」

　桃花（ももか）が喧嘩腰（けんかごし）で答（こた）えた。こいつはいつもこうだ。

「用（よう）？　用事（ようじ）ではないのですが」

　楓（かえで）が声（こえ）に、隠（かく）しきれない苛立（いらだ）ちを、嫌悪（けんお）を混（ま）ぜる。腰（こし）の細剣（レイピア）の、天使（てんし）の彫刻（ちょうこく）の柄（つか）を擦（さす）る。屈（かが）んで、足元（あしもと）の木（き）の枝（えだ）を拾（ひろ）う。

「絢染（あやそめ）さん。一手（いって）、手合（てあ）わせしてもらえませんか？」

　風木（かぜき）　楓（かえで）も魔狩（まかり）である。ランクＢ、平均的（へいきんてき）、強（つよ）くも弱（よわ）くもない、普通（ふつう）の力量（りきりょう）である。能力（のうりょく）は戦闘（せんとう）系（けい）の一（ひと）つ、素早（すばや）い動（うご）きで翻弄（ほんろう）する『クイッケン』だったと思（おも）う。

「喧嘩（けんか）なら、買（か）うわよ？」

　桃花（ももか）が眼（がん）を飛（と）ばしながら立（た）ちあがった。

　オレは嫌（いや）な予感（よかん）がする。

　琴音（ことね）がオロオロと狼狽（うろた）える。

　釣（つ）られて、オレもオロオロと狼狽（うろた）える。

「けっ、喧嘩（けんか）は良（よ）くないです、絢染（あやそめ）さん」

「喧嘩（けんか）はダメだぞ、桃花（ももか）」

「いいえ！　これは喧嘩（けんか）ではなく、手合（てあ）わせです！」

　楓（かえで）が言葉（ことば）と同時（どうじ）に、疾風（しっぷう）の速（はや）さで踏（ふ）み込（こ）んだ。

　楓（かえで）の動（うご）きは、ほとんど見（み）えなかった。敢（あ）えて表現（ひょうげん）するなら、形（かたち）が崩（くず）れて色（いろ）が流（なが）れた。

　桃花（ももか）の眉間（みけん）に、木（き）の枝（えだ）の先端（せんたん）が突（つ）き立（た）った。瞬間（しゅんかん）、枝はパァンッと派手（はで）な音（おと）で弾（はじ）けた。流（なが）れた色（いろ）が楓（かえで）の形（かたち）に戻（もど）って、呆然（ぼうぜん）と座（すわ）り込（こ）んでいた。

　桃花（ももか）は微動（びどう）だにしてない。反撃（はんげき）どころか、防御（ぼうぎょ）もしてない。

　ただ立（た）っていた桃花（ももか）に攻撃（こうげき）して、楓（かえで）は跳（は）ね返（かえ）された。尻餅（しりもち）をついて、ビックリして、呆然（ぼうぜん）と桃花（ももか）を見（み）あげた。

「アタシとアンタの力量（りきりょう）差（さ）で勝負（しょうぶ）になるわけないでしょ。勇斗（ゆうと）と琴音（ことね）に免（めん）じて、今回（こんかい）は見逃（みのが）してあげるわ」

　桃花（ももか）が棘（とげ）のある口調（くちょう）で、野良犬（のらいぬ）でも追（お）い払（はら）うように手（て）を振（ふ）った。こいつはいつもこうだ。

「くっ……」

　楓（かえで）が歯噛（はが）みして、桃花（ももか）を睨（にら）む。フラフラと立（た）ちあがって、ブロック塀（べい）に寄（よ）りかかりながら歩（あゆ）み去（さ）る。

　途中（とちゅう）にもう一度（いちど）、横目（よこめ）に桃花（ももか）を睨（にら）んでいた。何（なに）かを言（い）っていたのは、聞（き）こえなかったけれど、きっと悪態（あくたい）か悪口（わるぐち）だったのだろう。

マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます

第9話 EP2-2 楓（かえで）は風紀（ふうき）委員（いいん）である／ＥＮＤ