第6話

 放課後、僕と姫宮さんはクラス委員の仕事で教室に残っていた。

 ホームルームで決めたクラスのみんなの役割を名簿に記入する仕事だ。僕と姫宮さんはそれぞれ手分けして仕事に取り掛かる。


「影野くん、字綺麗ね」


 姫宮さんが僕の記入した文字を見てそう言う。


「姫宮さんは可愛らしい字だね」

「よく言われる」


 くすくすと笑うと、姫宮さんは僕の隣に椅子を寄せてくる。


「せっかくだから隣で字の書き方見させてもらおうかな」


 姫宮さんが隣に来たことで、フローラルな香りが鼻をくすぐった。

 横目で姫宮さんを見ると、姫宮さんは真剣な表情で僕のシャーペンの先を見つめている。


「あはは、あんまり見られると書きにくいな」

「ごめんね」


 姫宮さんはまたくすくすと笑うと、自分の分に取り掛かった。やっぱり女の子の隣ってすごく緊張するな。僕が女の子に慣れてないだけかもしれないけど、いい匂いがするし変な気分になってしまう。


「そうだ。今朝は怪人に襲われなかったわ」

「それは良かったね」

「でもゼロ様に会えないのは残念だったわ」

「姫宮さんの安全が一番だよ」


 今朝は姫宮さんに襲い掛かりそうな怪人を事前に倒しておいた。だから姫宮さんは怪人に遭遇することなく、学校に辿り着けたのだと思う。少しでも姫宮さんが怖がらなくて済むように、僕は戦う。


「そういえば男子たちから詰め寄られたよ」

「どうして」

「女子といつの間に仲良くなったんだって」


 休憩時間の合間に、男子たちが僕の机に集まってきて、僕を問い詰めたのだ。僕はクラス委員になっただけだと答えると、「クラス委員に立候補すれば良かった」と残念がる声がちらほらと聞こえてきた。それで男子たちに女子を紹介してくれと頼まれているのだけど、果たして姫宮さんがなんというか。

 僕は事情を姫宮さんに説明すると、返事を待つ。すると、姫宮さんは溜め息を吐くと苦笑した。


「別に仲良くするのはいいんだけど、自分で言ってきてほしいなって思うわ」

「まあ勇気がいるよ。女子に話し掛けるのは」

「その勇気を出してほしいんじゃない。男らしくなくてなんか嫌だわ」


 どうやら交渉は失敗のようだ。ごめん男子たち。僕では力が及ばなかったよ。

 僕もコミュ力があるほうじゃないし、姫宮さんを頷かせる手段が僕にはない。


「でもやっぱりうちの男子は頼りないかも。私が怪人に襲われていても誰も助けにきてくれないし」

「それはやっぱり怪人相手だと無理だよ」

「影野くんは一緒に逃げてくれたじゃない。あれ、嬉しかったんだから」

「姫宮さんが危険だと思うといてもたってもいられなくて、体が勝手に動いてたよ」

「それよ。前に男子の前で襲われたことあったんだけど、私を見捨てて逃げたのよね」


 それも仕方ないと思う。やっぱり普通の人間にとって怪人は怖いし、自分の身の安全を優先するのは仕方ないんじゃないかなと思う。それにしてもいつも思うけど、姫宮さんは襲われ慣れているからかいつも落ち着いている。その辺の男子よりも何倍も落ち着いているのだ。


「姫宮さんは凄いね。怪人が出ても冷静だし」

「信じてるからよ。ゼロ様が助けにきてくれるって」


 重い信頼だ。この信頼を裏切るわけにはいかない。僕はより一層気を引き締める。


「それにしてもゼロ様の素顔が気になるわ。どんな顔をしているのかしら」


 目を輝かせて宙を見る姫宮さん。姫宮さんがその表情をするたびに、僕は胃が痛くなる。


「ゼロ様と一度ゆっくり過ごしてみたいわ。それが今の私の夢」


 うっとりとした目で宙を見る姫宮さんに僕は思わず見惚れてしまう。

 その願いぐらいなら叶えてあげられるかもしれない。あくまで素顔がばれなかったらいいのだから、姫宮さんのやりたいようにさせてあげるのも、みんなの夢を守るヒーローの役目だよね。

 僕はそう考えると頭の中で計画を練り始める。姫宮さんと一緒に行動すれば、襲ってくる怪人を退けるのも容易くなるし、僕にとってもメリットが大きい。


「ねえ、影野くんはゼロ様の素顔どんなだと思う」


 これは難しい質問がきた。僕はゼロの正体を知っているわけで。というか僕なわけで。ここで格好良く言おうものなら、僕はナルシストの痛い奴認定されてしまうかもしれない。


「案外普通の顔をしてるんじゃないかな」


 そんな夢の無いことを言ってしまう。姫宮さんは純粋に「なぜそう思うの」と聞いてくる。

 うう、ごめん、姫宮さん。僕は自分のことをかっこいいとは言えないよ。


「イケメンだったら顔を隠さない気がするから」

「なるほど」


 姫宮さんは納得したように頷く。それでいいんだ。怒られるかと思ったよ。


「確かにそうかもね。ま、ゼロ様の顔がどんなだって私は気にしないわ。いつも守ってくれてありがとうってお礼を言えればそれで」


 真っすぐな瞳で僕を見てくる姫宮さんは本当に可愛らしい人だなと思った。


「きっとゼロにも届いてるよ」

「だといいな」


 姫宮さんが頬を染める。本当にゼロのこと好きなんだな。なんだか照れくさいや。


「さて、仕事もこれで終わりだし、帰ろうか」

「そうね。一緒に帰りましょう」


 姫宮さんの笑顔は僕の癒しだ。これからもこの笑顔を守っていこうと思う。


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