第5話

 翌日、学校に行くと朝から教室の中心で女子たちが固まり談笑していた。

 議題はもちろんゼロのことについてだ。


「杏奈、あんたゼロに覚えてもらってたわよ」

「嘘。それめちゃくちゃ嬉しいんだけど」


 外崎さんが姫宮さんに昨日のことを話して聞かせているようだ。

 そんな中、僕が教室に入ってくるのを見つけた姫宮さんが近寄ってくる。


「おはよう、影野くん。昨日はありがと」

「おはよう姫宮さん、無事でなによりだ」


 そんな様子を見守っているクラスの男子が怪訝な表情を浮かべている。無理もない。昨日まで接点の無かった姫宮さんとこうして朝の挨拶を交わしただけでなく、会話までしているのだから。男子たちからしたら不思議で仕方ないだろう。


「あの、姫宮さん。昨日のことはできたら黙っておいてもらえるかな」


 口止めは大事だ。僕はクラスのモブキャラ。そんなモブキャラがこのクラスの男子の誰よりも身体能力が高いとわかったらどんな反感を買うかわからない。

 幸い、姫宮さんは快く頷いてくれた。


「うん、わかった。二人だけの秘密だね」


 そう言われるとなんだか恥ずかしい気もしてしまうけど、黙っておいてくれるなら助かる。それからしばらく姫宮さんと談笑し、チャイムが鳴ったのでそれぞれ自分の席に着いた。


 昼休み、弁当を食べようと弁当箱を取り出すと、姫宮さんが近づいてきた。


「影野くん、一緒に食べない?」

「え、僕が」

「うん、こっちで一緒に、ね?」


 そう言って姫宮さんは僕の手を引いて、女子の集団の中に連れていく。女子たちは訝しんでいるようだが、姫宮さんが「クラス委員で一緒になって仲良くなったの」というと納得したようだった。

 うう、クラスの男子の視線が痛い。クラス中のあちらこちらから男子の羨望の眼差しが僕に突き刺さってくる。今や女子の話題の中心はゼロだ。ゼロの存在のせいで、クラスの男子が女子にお近づきになれないのはごめんなさいと思うけど、僕だってゼロじゃなきゃみんなを守れないから許してもらいたい。

 姫宮さんの隣に座り、僕は弁当箱を開いた。自分の手作りだからシンプルなお弁当だ。ごはんにゴマ塩を振って、中心に梅干し。それから卵焼きに冷凍のからあげときのこの炒め物を少々。男子のお弁当にしては肉類が少ないような気はするけど、僕は少食だしあまり気にならない。


「わー、美味しそうね」


 姫宮さんが僕の弁当箱を覗き込んでそう言う。


「良かったら食べる?」

「いいの? じゃあおかずを交換しましょう。男の子だからお肉食べたいよね。はい、ハンバーグ」


 そう言って姫宮さんは一口サイズに切られたハンバーグを提供してくれる。お箸をそのまま口に持ってこられたから、僕は反射的にぱくついてしまった。食べてしまってからこれって間接キスじゃ? と動揺する。


「美味しい?」

「う、うん、美味しいよ」

「それ、私の手作りなの」

「へえ。料理上手だね」


 姫宮さん、自分で料理するんだ。ハンバーグはとても美味しかった。だが、間接キスのことが気になって味どころではなかった。姫宮さんは一切気にしていないのか、あっさりと僕が口につけた箸を口に含む。


「うん、美味しい! ふわとろー」


 僕の卵焼きをひとつ口へ含んだ姫宮さんは幸せそうな表情を浮かべる。良かった。喜んでもらえたようで。あくまで男の料理だからそんなに自信はないけれど、卵焼きだけは一番の自信作だ。昔から卵焼きだけは上手く作れるから、姫宮さんが卵焼きを選んでくれて良かった。


「この卵焼き凄く美味しい。お母さんが作ってくれてるの?」

「いや、僕が作ってる」

「え、凄い。影野くん料理するんだ」

「うん、自分の分ぐらいだけどね」

「それでも凄いよ。うちの男子なんか自分で作ってる人いないだろうし」


 僕たちの会話を聞いた男子ががっくりと肩を落とす。どうやら本当に作っている人はいないようだ。

 それにしても姫宮さんと接していると僕のクラスでの立場が一気に高くなってしまったな。目立たないモブキャラだった僕が、一気に女子の輪の中に加えられているわけだし。


「ほんと杏奈と影野くん、仲いいね」


 外崎さんが僕と姫宮さんの様子を見て驚いたようにそう言う。

 無理もない。昨日まで僕と姫宮さんは会話すら交わしたことがなかったのだから。


「そうでしょ。もうすっかり友達だよ」


 笑顔でそう言ってもらえると、僕も嬉しい気持ちになる。

 友達、か。思えば僕に友達なんてひとりもいない。姫宮さんが初めての友達ということになる。


「えー、だったら影野くんあたしとも友達になってよ」


 そう言って外崎さんが手を差し出してくる。


「もちろんだよ」


 僕はその手を握り返し、握手をする。


「杏奈の友達ならあたしの友達だもんね」


 そう言って外崎さんは白い歯を見せてくる。

 今日はなんていい日だろう。一気に友達が二人もできた。相変わらず背中には男子の羨望の眼差しが突き刺さってはいるけれど。

 僕は苦笑しながらお弁当を平らげる。


「さすが男の子。食べるの早いね」

「よく言われるよ」


 お弁当を速く食べる訓練はしていた。いつなんどき戦わなきゃいけない時がくるかもしれないから。なんでも手早くというのが僕の両親のモットーだ。

 それからしばらく女子と談笑し、昼休みは過ぎていった。


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