第2話
放課後、僕と姫宮さんは教室に残った。クラス委員になったのでお互い親睦を深めようという姫宮さんからの提案だ。
いきなり学校一の美少女とふたりきりになる状況に僕は半ば動揺していた。
「えっと、改めて自己紹介から。私は姫宮杏奈。ゼロ様とカーネーションが好き」
「影野真守です。ライトノベルを読んだりアニメ見たりするのが趣味です」
「へえ、アニメとか見るんだ。私もアニメ見るよ。おすすめあったら教えてくれない?」
意外だ。クラスのマドンナがアニメを見るなんて。僕は無難なラインナップを姫宮さんに教えた。
「少女漫画原作のアニメも見るんだね。男の子なのに凄いね」
「少女漫画はおもしろいですから。男でも楽しめるんですよ」
「ちょっと、敬語やめようよ。クラスメイトだよ、私たち」
そうは言われても初対面の女子相手となるとどうしても敬語になってしまうのはモブキャラの性だ。
「ど、努力はするけど」
「ふふ、影野くんっておもしろいね」
姫宮さんは花が咲くような微笑みを向けてくる。僕も男だ。素直に可愛いと思う。でも彼女は僕みたいなモブキャラには手が届かない人なのだ。
「えっとじゃあ僕も質問。なんでゼロが好きなの」
姫宮さんが楽しめる話題を提供しようと、僕はゼロの話題を出す。すると姫宮さんの目の色が変わった。ものすごい勢いで食いつくと、僕の肩を抱いて興奮気味に語り出す。
「ゼロ様はやっぱりかっこいいじゃない。あのミステリアスなところとか、強いところとか、めちゃくちゃかっこいいのよ。全女子の憧れだわ」
期待しているところ悪いが、中身はその辺にいるモブキャラです。
やはり彼女の夢を壊さない為にも、正体がバレるわけにはいかないな。
「でも、一番好きなのはやっぱり女子を気遣ってくれるところよ」
「気遣ってくれる?」
「そう。怪人に襲われて怖かった私にもう大丈夫だよって優しく声かけしてくれるところ。彼の優しい人柄がにじみ出ていて好きなのよね」
確かに僕は怪人を倒した後、女の子たちに言葉をかけるようにしている。それは慣れているとはいえ怪人に襲われるという恐怖体験をした女の子たちの恐怖を少しでもやわらげようという気持ちからだ。きっと怖いに違いないだろうし。僕は女の子たちが少しでも落ち着いて暮らせるようにする為に戦っているわけだし。
でも、そういうところを褒められると嬉しいな。僕の気遣いもちゃんと女の子たちに伝わっているんだと思うと、嬉しい気持ちになる。
「だから本当はゼロ様の素顔がどんなだろうとどうでもいいの。もし、素顔のゼロ様がどこかにいるのならきちんとお礼を言いたい」
「その気持ち、きっとゼロに伝わってると思うよ」
「ありがとう。影野くん、いい人ね」
僕の活動をこんなにも喜んでくれる人がいる。そう思うだけで、やる気がみなぎってくる。
「そうだ。影野くん、今日は一緒に帰りましょうよ」
そう提案され、僕は思わず渋面を作った。一緒に帰ってしまうと、ヒーロー活動ができない。
だが、善意で誘ってくれた姫宮さんの好意を無下にすることは僕にはできない。
「わかった。一緒に帰ろう」
僕たちは教室を出て、一緒に下校する。
「せっかくだし寄り道しましょうよ」
どこかへ遊びにいこうということだろうか。こんなモブキャラの僕にも優しくしてくれるなんて、姫宮さん、本当にいい人だなあ。
「カフェでもうちょっとお話しましょ」
そう言って姫宮さんは僕の手を引いて歩いていく。
僕はその後ろを遠慮気味についていく。目的地のカフェに着くと、姫宮さんは笑顔で振り返る。
「じゃあ入ろっか」
そう言ってカフェのドアを開ける。店員に案内され、窓際の席に着いた。
「パフェ頼んじゃお」
そう言って姫宮さんはイチゴのパフェを注文する。僕はケーキを一つとコーヒーを一杯頼んだ。
「でもまさかクラス委員になるなんて思わなかったなあ」
姫宮さんが溜め息を吐きながらそう言う。
「あんまりやりたくなかった?」
「うん。みんなの前に出て引っ張るって仕事は私には向いてないと思う」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「ほんとにそう思う?」
姫宮さんが身を乗り出してくる。本人にとっては相当大事なことなんだろうな。
「本心だよ。だって姫宮さんの周りにはいつも輪ができていて凄いなって思ってるし、僕なんか一人も友達いないよ」
「それは酷い自虐ね」
姫宮さんが声を噛み殺して笑う。
「そっか。そうよね。それが私の良さだもんね。一緒にがんばりましょう、影野くん」
「お手柔らかに」
姫宮さんの元気が出て良かった。
「でも、話してみて思ったけど、影野くんもいい人だし、もっと積極的に周りに話し掛けたら友達もできると思うわよ」
「そうかな」
「うん。自分から動いてみたら」
「コミュ障だから緊張して」
人とコミュニケーションを取る難しさは一言では言い表せない。僕は怪人とは戦えるけど、対人とはなかなか向き合えないのだ。
だけど、姫宮さんの言う通りかもしれない。自分を変えていくには自分から行動しないとダメだよね。
少しだけ前向きな気持ちになったところで、注文したケーキやパフェが届く。
「さあ、食べよう」
そう言って姫宮さんがスプーンを手に取った。
僕もそれに倣ってフォークを手に取ると、ケーキを切り分けて口へ運ぶ。
「うん、美味しい」
それからしばらくケーキに舌鼓を打ちながら、姫宮さんとの談笑を楽しんだ。
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