第14話

「どちらへ?」

部屋を出るとさっき私を抱き上げた騎士が声をかけてきた。


「陛下に呼ばれていますので」

私の代わりにマギーが答える。


「陛下に?」

黒髪の騎士は少し驚いた様に聞き返した。


……夫が妻を呼びつけるのは、珍しい事なのだろうか?貴族の仕来りが分からないので、彼が驚く理由も分からない。


しかしマギーはその言葉を丸っと無視して歩き始めた。私は慌ててその背中を追う。

私の部屋の前に居た二人の騎士がその後ろを付いてきている。もちろんあの黒髪の騎士も、自分の質問を無視された事には文句も言わずに付いてきていた。


随分と歩いた頃に、マギーがある大きな扉の前で立ち止まる。

そしてその扉をノックした。……どうもここが陛下の居る部屋の様だ。


中から入室許可の返事があり、私はマギーと共にその部屋へと入る。私に付いてきていた騎士の二人は、また扉の前で待つつもりのようだ。……護衛する人も大変だな……と私は素直に騎士の二人に同情した。



私とマギーが部屋に入ると、陛下はペンを置き顔を上げた。

なるほど、ここは陛下の仕事部屋という事か。ふむ……仕事するだけなのに、こんな広さが必要なのかしら?


「マギー、お前は下がって良い」

そう声を掛けられたマギーは、


「で、でも……」

と少し躊躇う素振りを見せた。


「お前は私の許可を得ずに口を聞ける程偉くなったのか?王妃の専属侍女とはこの国の王に意見出来る程偉いと?」


わぁ……怖っ!そう思うが口には出せない。私は自分より少し後ろに控えていたマギーを振り返る。

マギーは少し悔しそうな表情を浮かべたが直ぐ様何事も無かったかの様に、


「申し訳ありませんでした」

と深々と頭を下げて部屋を出た。陛下は続けて、


「お前らも全員部屋を出ろ」

と側にいた侍従にも声を掛ける。

皆が戸惑ったような表情で陛下を見るが、陛下は誰の事も見ていない。そう……目の前の私ですら見ていない様だった。

陛下の次の言葉を皆が待っていたが、陛下はそれ以上何も言わない。

その部屋に居た侍従達はお互い顔を見合わせながら、ゆっくりと部屋を出て行った。



そしてこの広い部屋には私と陛下だけになった。



「そこに座れ」


横にある長椅子を顎で指す。私はほんの少しムカつきながらも、黙って長椅子へと移動した。


それを見て陛下も机を離れこちらに来て向かいに座る。

近くでみる陛下は少し顔色が悪いように見えた。


「少し話をしよう」

そう口を開いた陛下は私の目を見て言った。


「その瞳……。それがお前の運命を変えた」


「この目……ですか?」


「……お前、本当は何者だ?」

私の言葉など耳に入っていないのか、陛下は私にそう尋ねた。


「本当は……って。公爵様の言った通り食堂で働いていた、ただの平民です」


「それだけか?あの男の情人では?」


……どいつもこいつも。どうしてそんな目でしか見れないのか。


「違います。先日街へ買い物に出かけた時、公爵家の馬車の馬が制御不能になって……その時にたまたま出会った……それだけです」


「本当に偶然か?」


「本当です。そう度々馬車にはねられそうな場面には遭遇しないですよ」

私が少しムッとした様に話すと、


「なるほど。で、どうしてお前は公爵の願いを聞いた?」


「願いって……そんな事は聞いてません。公爵家で使用人として働けと言われて公爵家に連れて行かれ、その上気づけばここに居たんです!公爵には何にも聞いてませんし、自分が何故ここに、こんな格好で居るのかも分かりません!!」


私はドレスのスカートを摘んでそう叫んだ。はっきり言ってムカついている。

誰も何も教えてくれない。なのに何故私に色々と質問するのか。訊きたいのはこっちの方だ!!


私の剣幕に陛下は目を丸くした。そして、少しだけ微笑むと、


「悪かった。混乱しているのはお前の方だったな。だから……泣くな」

そして、私にハンカチを差し出した。


私は感情の爆発と共に涙を流していたらしい。

私はそのハンカチをひったくる様に手に取ると、涙をグイッと拭いて、ついでに鼻もかんだ。……ちょっとスッキリした。


それを見た陛下は眉を思いっきり顰めた後に、笑い始めた。


「ハハハッ!変わった女だ」


「ハンカチ……」

私がそのまま返そうとすると、


「いらん、いらん。お前にやる」

と手を振って拒否した。


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