第15話

「お前がここに来た意味を教えてやろう」

陛下はあえて椅子に浅く腰掛け直した。


私も同じ様に掛け直す。少しだけ私達の距離は近くなった。


「今、王国軍と反乱軍が紛争を起こしているのは知っているな」


「もちろんです。街には反乱軍だと言う若者が溢れてる」


「ほう……お前、反乱軍を良く思っていないのか?」

陛下は片方の眉をクイッと上げた。


「良く思っていないというか……。反乱軍だか何だかしらないけど、我が物顔で街を闊歩し、貴重な物資を奪って行きます。迷惑を被っている人も多い。正直……どっちが勝っても私達の暮らしが楽になる事はないって思ってました。何も変わらない。変わるのは……支配者だけです」



「ハハハ!反乱軍も嫌われたものだな。最初は崇高な目的があっただろうに」


陛下は面白そうに笑う。笑い事ではないはずなのだ……だって反乱軍の敵の総大将はこの目の前の男の筈なのだから。


目の前の陛下はひとしきり笑った後で、怖いぐらい真剣な顔つきになった。


「このままでは王国軍は負ける」


私は衝撃を受けた。訓練された王国軍が素人の寄せ集めに負ける?そんな事あるの?


私はゴクリと唾を飲み込んだ。これから私が聞く話は、もしかすると……


「戦いが長くなればなるほど、両軍は疲弊する。物資がなくなれば先に倒れるのは反乱軍の筈だ。食い物が無ければ飢える。飢えれば戦えない」


「ならば……」

勝つのは王国軍では?その言葉を言う前に陛下は続けて、


「しかし、何故か反乱軍は何処からか物資を得ている。隠し持った農民からかもしれないし、うちと敵対している他国からかもしれない」


「そんな事……」

出来るのか?と質問しようとして止めた。反乱軍には商人や、下級貴族も付いている。……あり得ない話じゃない。


「それに、反乱軍はどんどんと規模を増している。王国軍には限りがある。王国軍対国民……そう思えば人数の差は歴然だ」


「この話の終着点はどこですか?」

私は耐えきれずに訊いた。私がここへ……王宮で王妃の身代わりをする事になった経緯の話だった筈だ。私は自分の運命が朧げに見えてきて、結論を急いでしまった。


「フッ……顔色が悪いな。お前の頭の中に答えはあるんじゃないのか?」

……私が想像している理由じゃない事を祈りたい。だけど、陛下の顔を見ると……私のこの悪い予想が当たっているのだと思う。


「私の予想がハズレだと良いなと思っています」


「悪い予感と言うのは概ね当たるものだ。王国軍の負けが意味する事は王政の敗北。王政が廃止になれば不要になるものは何だと思う?」


「王様……」


「その通り。敵の総大将が負けた暁には国民は何を見たがるのだろうな……」


「処刑……ですか?」


「そんなものだ。どんな方法になるのかはその時のお楽しみって事だな」


「どうしてそんな落ち着いているんですか……?」


「さぁ……どうしてかな。メリッサが居ないこの世に未練はない……とでも言っておこう、今は」


ここで初めて、王妃の名前が出た。


「私は……私はどうなるのでしょう?」

声が震える。……結果はわかっているつもりだが。


「私と同じ運命か……それとも一生幽閉か。その二択だろうな。お前は生贄にされたのだ、あの公爵に」


目の前が真っ暗になる。私が何をしたと言うのか。

しかし、私は泣きわめくでもなく。それを受け止める。答え合わせが出来た……私がここに来た理由が分かったのは大きい。


陛下は私をじっと見つめる。


「もっと怖がるかと思ったがな」


「怖いです。でも、それよりもここに来た理由が分からない方が怖かった。さっきマギーに言われました。逃げる事は出来ないって」


「そうだな。もう逃げられない……私も、お前も」


「私からも質問しても良いですか?」


「良い……と言ってやりたいが、まだ仕事が残っている。続きは明日にしよう」

陛下はそう言った後、大きなため息を吐いて、背もたれに寄りかかる。やはり顔色が悪く見えるのだが、それを尋ねる勇気はない。

陛下は目を閉じて眉間を少しほぐす様にもんだ。


その仕草はこれ以上私と話をしたくないという合図の様だ。


「じゃあ、失礼します」

私は長椅子から立ち上がる。体がいつもより重く感じるのは、さっき食べ過ぎたからか、それともこれからの自分の運命を飲み込んだからか。


陛下はそれについては何も言わず、目を閉じた

ままだった。


私はそのまま扉に向かう。陛下のため息がまた聞こえた気がした。




扉を出るとマギーが何か言いたそうな顔で私を見た。

でもここでは話は出来ない。私は、


「マギー、部屋へ戻りましょう」

とだけ声を掛ける。私達はまた護衛を従えて部屋へと戻った。


「陛下は何と?」

部屋へ着くなり、マギーは私にそう尋ねた。

しかし、私はこれに答える事なく、


「このことを知っているのは、貴女と王様……陛下だけ?」

と逆に尋ねた。


「……そうです。それと……ベイカー公爵家の数人でしょう」


「そうね。少なくとも執事と侍女長は知っていたと思う。ねぇ……私が偽物だってここでバラさないと思ってる?」


「前にも言った通り、貴女に大切な人がいるなら馬鹿な事を考えない方が良いと思いますよ。それに、陛下なら貴女がメリッサ様になりすましたと言い出すでしょうね。そうなれば罪を背負うのは貴女です。いや……偽物と分かった途端に切り捨てられるかもしれませんね」


どっちにしろ死ぬことになるのか……。逆に何だか笑えてきた。二日前まで食堂で働いていた町娘が王妃と呼ばれる人間になるなんて。何の冗談だろう。


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