第13話

マギーが用意してくれた食事を取りながら、


「ねぇ、王妃って……何するの?」

と尋ねる。こちとら王妃初心者だ。王妃という人間が毎日何をして過ごしているのか、想像すら出来ない。


「何も」

お茶を注ぎながらマギーはこちらを見ずにそう言った。


「何も?」


「はい。何も」


「何もしないで、食べて寝るだけ?それが王妃の仕事なの?」

私がそう言うと、マギーはちらりとこちらを見た。


「普通の王妃はそうではありませんが、メリッサ様はそうです。王妃主催のお茶会も夜会でのダンスもなし。孤児院への慰問も、教会でのバザーもありません」


「何故?」


「……メリッサ様は王妃教育を施されておりません。侯爵のご令嬢ですから、それなりの振る舞いはもちろん出来ますが、陛下はメリッサ様のやりたくない事はしなくて良いと」


「どうして?」


「さぁ。知りたくば陛下に理由をお伺いしたらどうです?」

そう言ってマギーはこの話は終わりと言わんばかりに、


「食事が済んだらそこのベルでお呼び下さい」

と言って、さっさと部屋を出て行った。



私はテーブルの端から端まで上に置かれた食事に目を丸くした。


「何人前?私、どんだけ大食漢だと思われてるの?」


私は驚きながらも、その食事に手を付けた。


……く、苦しい……。お腹がはち切れそうだ。正直、今まで生きてきて『お腹いっぱい!』と思えるまで食べた記憶がない。何となくいつも物足りない……腹八分目ならぬ腹六分目ぐらいの食事で自分を満たしていた。それが腹四分目ぐらいになる時も良くあったが。


そんな生活をしていた自分が食事を残す事など考えられなくて、私は生まれて初めての経験を終え、豪華なドレスのまま、長椅子に寝転んだ。……苦しくて起き上がれそうにない……。


ゴロンと寝転んでも十分な広さの長椅子に寝そべりながら、天井を眺める。物凄く高い。今まで私が寝起きしていた部屋とは段違いだ。


私は何故……ここに連れて来られたのだろう。『身代わり』という言葉。何故王妃に身代わりが必要なのか。……わからない事だらけだ。


お腹が一杯になれば、次は眠くなる。本能の欲求に忠実な自分の体に苦笑した。

私は考える事を放棄して、そのまま瞳を閉じた。


「……きて下さい。起きて下さい」


私が瞼を開けると、目前にマギーの顔があった。


「わっ!!」

驚いた私に呆れた様なマギーの視線が突き刺さる。


「ドレスのまま、眠ってしまうとは。食事が終わったらお呼び下さいと言いましたでしょう?」


「す、すみません……」

私はとりあえず謝った。ドレスのままは流石に不味かったのかもしれない。


「とりあえず化粧を直して……ドレスも皺になっていますから、着替えましょうか」


「え?化粧を直すの?別にこのまで良くない?誰に見せる訳でも……」


「……陛下がお話があるそうです。お支度の時間はいただいていますが、グダグダしている暇はありません」


そう言われてしまえば、私ももう何も言えなくなった。


あれよあれよという間に、マギーが私のドレスを脱がせる。その時に、


「ね、ねぇ。もう少しシンプルなドレスはない?こんなゴテゴテしたやつじゃなくて。それと靴もなるべくヒールが低いやつ。まだ慣れてないから」

と私は何とか自分の希望を口にした。


「シンプルですか……難しいですねぇ。メリッサ様は豪華な物をお好みですので」

暗に『お前はメリッサなのだから我慢しろ』と言われた様に感じるが、私の好みではない。


「む、難しいでしょうけど、なるべく、なるべくシンプルかつ動きやすいドレスを……」


「動きやすさを追求しても仕方ないと思いますよ?貴女はもう逃げられないのですから。それになるべく部屋を出ないで下さい。……色々と困るので」

マギーはそう言いながらも、先ほどよりは飾りの少ないドレスを選んでくれた。靴もこのぐらいの高さならもっと上手に歩けそうだ。


ドレスを着替え、寝転んだ拍子にぐしゃぐしゃになった髪を結い直す。今度はハーフアップだ。


「あまり時間に猶予がないので、こんな所でしょう」

マギーのその言葉に私は自分の姿を鏡で見た。


そこに映る姿は、私であって私ではない。


「ありがとう」

礼を言った私に、


「礼は不要です。では、陛下の元へと参りましょう」

とマギーは私に背を向けた。

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