第12話

「ど、どういう事なの?」

声が震える。


「私が今言える事は、これから貴女がメリッサ様として生きていくという事だけ。私はメリッサ様専属の侍女です。今後は貴女を支えます」

マギーはそう言うと少しだけ眉を下げた。私なんかに仕えるのは、きっと彼女も不本意なのだろう。


「そ、そんなの無理よ!私はニコルよ!メリッサなんて知らない!!帰して!私を家に帰してよ!」


今まで我慢していた涙が頬を伝う。マギーはハンカチでそっとその涙を拭ってくれた。


「もう後戻りは出来ません。貴女が何も知らずにここへ連れてこられたのは、今の貴女を見ていれば分かりますが、もうどうしようもない事なのです。さぁ、立って。貴女は王妃です。胸を張り堂々とこの王宮を歩くのです」


私は駄々っ子の様に首を横にブンブンと振るが、マギーは私の手を引き、無理やり立たせた。そして私の背をパシン!と強く叩く。


「いい加減に諦めなさい!貴女には王妃として生きていくしか道は残されていません!……こう言っては何ですが、もし貴女に大切な物や人が居るとして……貴女がここを逃げ出せば、それを壊されるかもしれませんよ?ベイカー公爵はお優しい顔をしていますが、目的の為なら手段を選ばないお方。彼の目的はただ一つ。メリッサ様と共にある事です。その為の道具でしかないのよ、貴女は」


マギーの言葉に私は打ちのめされた。もし私がここから逃げ出せば、私の大切な人……アダンに何かされてしまうのだろうか?それだけは……絶対に嫌だ。

私はマギーの手からハンカチを奪うと、自分の涙をグイッと拭った。


「王妃の……いえ、私の部屋に案内して下さい」

と顔を上げる。


するとマギーは、


「私に敬語は無用。それと、ハンカチを使う時はそっと押さえる様にして下さい。化粧が崩れます」

と言って私をエスコートする様に手を差し出した。


私は先ほどメリッサがやっていた様にその手を取るとしっかり前を向いた。

逃げられない事だけはよーく分かった。


マギーが歩き始めるのに合わせて私も足を一歩踏み出した。


これが私が王妃として過ごす最後の百日間の始まりだった。


部屋を出ると、四人の騎士が待っていた。


私とマギーの前に二人、後ろに二人付いて歩いて来る。剣をもつ男性に取り囲まれる様な形になって、慣れない事に私は緊張した。


すると後ろに居た騎士が、


「妃陛下はお怪我でもされたのですか?」

とマギーに尋ねる。


「ええ。今日の靴が足に合わなかった様で」


きっと、手を引かれながらぎこちなく歩く私を不審に思ったのだろう。

仕方ないじゃないか!こんなドレスもこんな靴も初体験なのだから。


するとそれを尋ねた騎士は、


「では失礼」

そう言ってサッと私を抱き上げた。


「な!ちょっと!」

思わず抵抗する私に、


「歩くのがしんどいのでしょう?ならお部屋までこうして運ぶ方が合理的です」

とその騎士は無表情でそう言った。その行動にマギーも慌てて、


「妃殿下に失礼です!」

と怒ってみせたのだが、


「タラタラとこの調子で歩かれても、こちらも疲れるんですよ」

と私を抱き上げた騎士は淡々とそう言った。……この人……メリッサの事が嫌いなのかしら?


「少し我慢して下さい」

そう私を見た彼を私も見た。そして目が合う。その騎士は髪の色と同じ黒い瞳を少し見開くと、


「……みは?」

と呟いた。


「みは?」?はて?


しかし、その表情も一瞬で元の無愛想な顔へと戻る。少し強面だが美丈夫なのに勿体ない……私はそんな頓珍漢な感想を彼の腕の中で抱いていた。




部屋へと通され、私は一人になった。マギーも部屋を出て行った。


一人になった私は靴を脱いでそこら辺にポーンと放った。


「あ~疲れた!!」

豪華な長椅子にドスンと腰掛けて、足を投げ出した。

慣れないヒールで痛んだ足を軽くマッサージする。


気を抜くと涙が出そうになるので、お腹にグッと力を入れる。すると、元気に腹の虫が鳴った。


「お腹減った……」

広くて豪華な部屋に私の呟きだけがポツンと響く。


すると、直ぐにノックが聞こえた。

私は遠くに投げ出した靴を拾おうと、そのまま床に足を付けて靴を取りに行く……がしかし、私の返事も待たずに扉が開いて、そこにはワゴンを押したマギーが居た。


「いったい何をしているのです?」

マギーの冷たい声に体が固まる。


「あ……靴を拾おうと……」


「……ヒールが辛いなら、室内履きに履き替えて下さい」


マギーはバタンと扉を閉めると、ワゴンを置き隣の部屋へ繋がる扉の向こうへと、さっさと歩いていく。


戻ったマギーの手にはキラキラした石の付いた室内履きが握られていた。


突っ立っている私の足元へそれを置くと、今度はワゴンに乗っていた食事の用意を始める。


私はその何だかキラキラした室内履きを履く。

まぁこれなら足は痛くない。……が誰にも見られる事のない靴にこんな装飾は無駄でしかない。貴族とは不思議な生き物だと、心から思っていた。

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