第11話

私が不思議そうにそのドレスを見ていると、


「いつまでも下着姿で居たいのなら、私は構いませんが?」

とマギーが口にした。


「き……着ます」

私が小さくそう言うと、マギーは


「ではお手伝いさせていただきます」

とまた手早く私にドレスを着せていく。流れ作業の様に無駄な動きのないマギーに、私は感心してしまった。

しかし、貴族のドレスというのは、何故こんなに複雑なのだろう。絶対に一人では着られない服なんて、非効率極まりない。


私は着せられるだけなのに、疲労を感じて着替え終わる頃にはぐったりとしてしまった。

これなら仕事で朝から晩まで働いていた方がマシだと、心からそう思う。


私は着て来た物よりも、更に豪華なドレスの重さに辟易していた。


私がぐったりとしていると、


「あちらの長椅子に腰掛けてお待ち下さい」

とマギーから声が掛かる。


そしてマギーはまた扉の向こうに消えたかと思えば、先ほどまで私が着ていたドレスを身に纏った女性の手を引いて現れた。……あのメリッサと呼ばれていた女性は私の被っていた帽子も身に着けゆっくりと私に近づくと、


「……貴女、ジョシュとはどんな関係?」

と冷たい口調で私に尋ねた。


私は目の前に立つ女性を見上げる。……本当に私に良く似ている。特に……目が。珍しいと思っていたこの瞳の色。同じだ。


「別に……。何の関係もありません」

強いて言うなら『雇い主』だろうか?だが私は公爵家に連れて来られてから今の今まで、何の仕事も与えられていない。


言われるがまま。着せ替え人形の様に着飾らせたかと思えば、王宮に連れて来られて、また着せ替え人形だ。私の方が質問したい。『貴女は誰なの?』と。


「そう……。一つ貴女に言っておきたい事があるの」

メリッサと呼ばれた女性は、さっき公爵様の前で美しい涙を流していた人物とは思えない程の高圧的な態度で、


「勘違いしないでね。貴女は所詮身代わりなの。私の代役。陛下にとっても、ジョシュにとっても。貴女自体に存在価値はない。価値があるのはあくまでも私。それを忘れないで」

と私に言った。


私は彼女の言葉の半分も理解出来なくてポカンとしてしまう。いや、言葉が通じない訳ではない。彼女が何を言っているのか、その意味が全く分からずに困惑する。

身代わり?代役?この人は何を言っているのだろう。


「メリッサ様、ジョシュ様が首を長くしてお待ちですよ」

マギーの声にメリッサと呼ばれた女性がハッとしたかの様に声を上げた。


「そうね!ジョシュは今までずっと私だけを待っていてくれたんだもの。これ以上待たせちゃ悪いわね」

そう言ってにっこりと笑う。紅い口が弧を描くが私はそれを恐ろしいものの様に見ていた。


マギーに促され私から離れて行くメリッサを見送る。その後ろではマギーが私にほんの少し頭を下げた。その顔は私に憐憫の情を抱いているかの様な表情だった。



と、ここで私は今後自分がどうしたら良いのかを何も聞かされていない事に気づく。

こんな豪華なドレスを着せられ、豪華な長椅子に座らされ、広い部屋にポツンと一人。心細さに泣きたくなるが、この化粧が落ちるのも腕を振るってくれた、公爵家の侍女長とリタに申し訳なく、それも出来ずにいた。


暫くすると、マギー一人が戻って来た。

そして彼女はこう言った。


「お待たせいたしました。ご自分のお部屋に戻りましょうか、様」

と。


「な、何?!わ、私の名前はニコ……」

怖い。さっきのメリッサという女性に言われた言葉と相まって、自分を他の名で呼ばれた事に恐怖を覚えた。ここで、頷いてはいけない。私の本能がそう告げていた。

しかし、それを遮って、マギーは続ける。


「貴女はメリッサ様です。このレインズ王国の王妃、メリッサ・レインズ。名を呼ぶのが不快なら妃陛下と呼びましょうか?」

マギーの顔は至極真面目で、冗談を言っているとは到底思えない。そして私はその時思い出していた。この国の王妃が『メリッサ』という名前だった事を。


私達平民にとって、王妃の名前が何であろうとどうでも良かった。だから今の今まで失念していた。


悪名高き王妃『メリッサ・レインズ』

国のお金が無くなったのは、この女性が原因だと皆が口々に言っていた。


『王妃ってのはアレだな。何の役にも立たぬのに、金だけ湯水の様に使う。あいつの為に俺等は税金を払ってるんじゃねぇんだよ!』

『本当だよ。跡継ぎも産んでないっていうじゃないか』

『その理由を知ってるか?体型が崩れるのはイヤ!って言ってたらしいぜ?』

『じゃあ何のために王妃になったんだ?この世の贅を独り占めする為か?』

『いやぁ、全くだ。食事も口に合わなきゃ、全て捨てるらしい。ほら北レインズ地方の小麦。あそこの上質な小麦は全て王族に取られちまってるのも、あの王妃のせいだとよ。あの小麦で作ったパンしか口にしないんだと!』

『はぁ~。貧乏な者達が飢えて苦しんでるってのにかい?』

『全くその通りだよ。小麦を作ってる農家の奴らなんて、全く自分達の口に入らないって嘆いていたよ。根こそぎ持っていかれるらしい』

『それに王妃は自分の小遣い欲しさに、孤児院への寄付も止めたっていうじゃないか』

『どんだけ強欲なんだって話だよ』



……客達が酒に酔ってそう話していたのを思い出す。あの時は酔っ払いの言う事だと話半分に聞いていたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る