第10話

公爵の足が止まる。


「着いた」

小さな声は私への言葉だった。


「陛下と約束している。ジョシュ・ベイカーだ」

部屋の扉の両側には騎士が立っている様だ。公爵が名を告げると、


「聞いております。陛下もお待ちです」

とその騎士は素早く動いて扉を開けた。


公爵に合わせて、私もその部屋へと足を踏み入れる。ここでもまだ俯いたまま、私は少しずつ前へと足を進めた。



「そこで止まれ」

よく通る声が聞こえる。そしてその声は、


「皆、席を外せ」

と周りの者へ言い聞かせる様にそう言った。


周りの者達が少しざわつきながらも、部屋を出て行く。

パタンと扉の閉まる音が聞こえ、部屋は静寂に包まれた。


沈黙を破ったのは、よく通る声の主だった。


「その娘か?」


「はい。お約束通り連れて参りました」

公爵はそう答えると、私に


「さぁ、帽子を脱いで。陛下に顔を見せて」

そう言うと、そっと私の手を自分の腕から離した。


支えがなくなって少し心細くなりながらも、私は帽子を外す。そして、ここに来て初めてしっかりと前を見た。


そこには豪華な椅子に腰掛けた、男性が座っている。髪は白髪混じりだが、口髭はまだ黒い。その切れ長の瞳が、私を見た途端に大きく見開かれた。


「……なるほど」

陛下は絞り出す様にそう言うと、席を立ち私の方へと近づいて来た。威圧感が凄い。私はつい後ろに仰け反った。


陛下は直ぐ前まで来ると歩みを止め、私の顎を掴んで上を向かせた。


「文句はないでしょう?約束は果たした。彼女を返してくれ」

公爵の声は静かながらも、何故かそこには怒りの色が見え隠れしている。

しかし陛下はそれを無視して、


「お前はどこの娘だ」

と私に訊いた。


私は顎を掴まれて顔を大きく動かせず、視線だけで、公爵に助けを求める。自分は平民だ。こんな所に来てしまって、不敬だと切り捨てられるのではないかと恐怖で震えてしまう。


「街で見つけました。食堂で働いていた孤児です」


「孤児……。偶然見つけたというのか?」


「そうです。本当に偶々でしたが、神の思し召しとしか思えません。このタイミングで巡り会えた奇跡を信じたい」

すると、陛下は急に私への興味を失ったかの様に、手を離して、またあの豪華な椅子へと戻っていった。


私はそっと息を吐く。またもや冷や汗が額に滲んでいた。


陛下は後ろの扉に向かって、


「おい!」

と声を掛けた。すると、少し年配の侍女と思われる女性が豪華なドレスを身に着けた女性の手を引いて現れた。


「メリッサ!!」

公爵がその女性を見た途端に声を上げた。ドレスの女性はその声に、


「ジョシュ!!」

と公爵の名を呼ぶと、侍女の手を離れ、公爵へと駆け寄った。


そして二人は熱い抱擁を交わす。私はその光景を目を丸くして見つめていた。

驚きで声も出ない。その女性は……とても私に良く似ていた。


その二人をとても悲しそうな目でみる男性がいる……それは陛下だ。


二人はひとしきり抱きしめ合った後、見つめ合いまた、お互いを抱きしめた。

女性の目には涙が浮かんでおり、私と同じ薄紫色の瞳がキラキラと輝く。


「向こうで着替えさせろ」

陛下がその女性に付き従っていた侍女に声を掛けると、侍女は慌てた様に、


「メリッサ様、あちらへ行きましょう。直ぐにお支度しませんと」

と二人をそっと引き剥がす様に声を掛けた。


「マギー……分かったわ」

そのメリッサという女性は渋々公爵様から離れ、そのマギーと言う侍女の手を取る。


その一部始終を呆然と見つめていた私に公爵様は、


「二人に付いて行くんだ」

と声を掛けた。


私はハッと我に返り、二人が向かう扉の方へと急いだ。急いではいるのだが、エスコートしてくれる人もおらずに、躓いてしまい、私は床に手をついた。

しかし、今回はそんな私を手助けしてくれる人はいない。公爵様の視線は、もう扉の向こうへと消えた、高貴な女性に注がれたままだった。



扉をくぐると、先ほどの部屋に引き続き豪華な部屋だった。

既にメリッサと呼ばれた女性はその次の扉の向こうへと行ってしまった様だ。


マギーと呼ばれた侍女は、


「そのドレスを今直ぐに脱いで下さい」

と私に声を掛ける。

脱げと言われても、どうやって脱いだら良いのか分からない。私は戸惑った。


その様子にマギーは私のドレスを素早く脱がしにかかる。


「私がやりますから、心配なさらず」

そう微笑んだマギーの顔は何故か少し悲しそうだった。


マギーは私の脱いだドレスを何処かへ持って行った。当然私は下着姿のまま放置される。

寒い時期ではないが、こんな姿では風邪をひきそうだ。

私は自分の体を自分で抱きしめ暖をとった。ブローチは下着の中へと隠していた為、見つからずに済んだ。……まぁ、こんな王宮の中であんなちっぽけな安物のブローチを盗む人など居ないと思うが。


暫くすると、またあのマギーと言う女性が私の元へとやって来た。手には先ほどまであのメリッサと呼ばれていた女性が来ていた重々しいドレスがある。


「これを着てください」

まさかとは思った答えがマギーから発せられた。

……これは……どう言う事なの?   


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