息もできないのは…
最終話 息もできない
沙樹は、正面から早乙女を見た時、懐かしい気持ちになった。
クールな顔じゃない、少し頬を染めてこちらを不安げな顔で見ている。
幼いころ、沙樹に謝ろうと泣きそうな顔で見ていた男の子をふっと思い出した。
「・・・翔ちゃん?」
ぞうきんが飛んできて眼鏡をぶっ飛ばされた記憶が蘇る。
早乙女がさらに顔が赤くなる。
「あれ?でも名字が、早乙女じゃなかったような」
「それは・・・早乙女って女っぽいから嫌で・・・山田って言い張ってただけ」
無言の時が流れる。
「・・・早乙女君は私のこと気づいてたの?」
早乙女は少しためらいながら、頷いた。
「そっか」
早乙女が仲良くしてくれてたとのは、昔からの知り合いだからだったのかもしれない。
沙樹の中でネガティブな感情がわいてくる。
(でも―)
照れくさそうに下を向いている早乙女に夕日が当たって、シルエットが床に映っている。
その前には手を伸ばせば届く距離に自分の影が映っている。
初めての恋だけど、きっと本物の恋だと神様信じてもいいですか。
沙樹はぎゅっと手を握った。
沙樹がやっと昔のことを思い出してくれた。
早乙女は恥ずかしいような、嬉しい気持ちになったが、沙樹の顔が少し落ち込んでいるように見える。
(もしかして、昔の記憶で失望させてしまった?)
今までなかなか沙樹と仲良くなれなかったし、何より保育園の時とはどちらかというと嫌われていた。
その自覚はある。
(でも―)
沙樹の顔に夕日が差し込んで、赤く映る顔も可愛らしい。
沙樹を見るといつもドキドキして、息をするのも忘れてしまうほどだ。
王子様キャラでいたいのに、いつもかっこつけきれない。
ずっとそばにいたい。
早乙女はぎゅっと手を握った。
「あの!」
「あの!」
同時に話し出して、お互い言葉につまってしまう。
「俺、いや僕、ずっと、ずっと前から沙樹ちゃんのことが・・・」
チャイムが鳴って、いつも通り図書館へ向かう。
金曜日には図書委員の仕事がある。
沙樹は、図書館をがらがらっと開けた。早乙女が先に来て、本を片付けている。
早乙女は沙樹を見つけると、にこっと笑う。
女子たちを惚れさせるキラースマイルだが、これを見れるのは沙樹だけだ。
教室では今更キャラを変えることもできず、クールな王子様を演じている。
本人もその方が過ごしやすいそうだ。
そんな早乙女を困らせるのが、沙樹の最近のマイブームだ。
「ねぇ、翔ちゃんはさ、いつから私が好きだったの?」
早乙女にしか聞こえない小さな声で尋ねる。
早乙女の耳が一気に赤くなる。
「そ、それは・・」
図書館の窓から少し暖かい風が入ってきた。
コートもいらなくなるだろう。
もうすぐ春が来る。
息もできない 月丘翠 @mochikawa_22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます