第3話 よろしく、図書委員

「早乙女様、何のリアクションもなかったね」

沙樹よりも真理の方ががっかりしている。

髪を切った翌日学校にいくと、他のクラスメイトからは声をかけらたり褒められたが、早乙女はちらりと沙樹を見ただけで何のリアクションもなかった。

「当り前じゃない」

今日も早乙女は本を読んでいる。

入学して2、3日は早乙女に話しかける女子や男子はいたが、あの態度なので1週間もすれば誰も声をかけなくなっていた。

とはいえ、女子たちは遠巻きに早乙女様と見つめてはいるが。

あっという間に放課後になり、掃除をしていると、真理が声をかけてきた。

「沙樹、明日のLHRで委員会の担当を決めるって言ってたじゃない?」

「あぁ、そういえばそうだったね」

「早乙女様って絶対委員長タイプじゃない?」

「まぁ確かにそうかもね」

「沙樹、副委員長に立候補しなよ」

「え、やだよ」

「なんでよ、ずっと副委員長してきてたじゃない」

だから嫌なんだよ、と沙樹は思った。

沙樹は黒縁眼鏡で真面目で成績もそれなりによかったので、小学校からずっと副委員長をしてきた。

自分で立候補をしたことはない。

毎回誰かに名前をだされて、全員が賛成をするので、仕方なくやっていた。

委員長はなぜかいつも男子で、真面目な男子の時はいいが、ただ明るく人気者っていうだけで選ばれた男子は委員会はサボる、仕事は押し付けてくるで、本当にロクなことがなかった。だから、副委員長なんて絶対にやりたくないのだ。

「今年は望月さんがやるんじゃない?」

望月蓮香、名前からも滲み出ているが、彼女はかなりのお嬢様だ。

沙樹よりは少し成績は下になるが、優秀だ。

男子からの人気も高く、定期的に早乙女に声をかけることがある強者だ。

「望月さんね、確かに。あれは早乙女狙ってるもの、当然立候補してくるでしょうね」

「委員会が一緒になったからって仲良くなれるわけじゃないよ。私一回も仲良くなったことないもの」

「それは沙樹に仲良くなる気がなかったからでしょ?いいの?望月さんに早乙女取られても」

「取られるも何も私のでもないわけで…」

黒縁メガネがコンタクトになって、髪が伸びただけから綺麗なセミロングになっても中身が変わるわけではない。

沙樹は箒にもたれながら窓の外を見た。

早乙女がジャージで校庭に出ている。

すでにテニス部のエースと言われているらしい。

あの顔で勉強できて、運動まで出来るなんて、自分とは生きてる次元が違う。

沙樹はため息をついた。

「まぁまぁ、私がいい作戦考えてあるから」

真里は沙樹の肩をポンと叩くと去っていった。

きっとロクなことじゃない。

沙樹はまたため息をついた。


翌日のLHRは予定通り、委員会を決める時間となった。

真里が離れた席からアイコンタクトをしてくる。

沙樹は大体何をするか察しがついたので、その作戦を潰すことにした。

「では、どの委員でもいいので立候補があれば言ってください」

先生の発言の後、真っ先に沙樹が手を上げた。

真里が驚いた顔で沙樹を見ている。

「図書委員に立候補します」

真里はきっと副委員長の候補に沙樹の名前を言うつもりだったに違いない。

立候補してないのに望月に負けるなんて告白してないのにお前のことは好きじゃないってフラれるくらい恥ずかしい。

それだけは避けなければと考えた時に、自ら違う委員に立候補すればいいのではと考えたのだ。

図書委員は、週に一度昼休みと放課後に貸し出し当番をしなければならないので、人気は低い。

おかげでスムーズに決まった。

昼休みと放課後の時間が減るのは嫌だが、恥をかかないために致し方ない。

その後、予想通り望月が手をあげた。

「副委員長に立候補いたします」

周りから「おぉ」と声が漏れ、他に立候補もいなかったので、そのまま副委員長は決まった。

そして体育委員、美化委員と順調に決まっていった。

そんな中、突然早乙女が手を挙げた。

委員長に立候補するのかと思いきや、意外な言葉がでた。

「図書委員希望で」

クラスから動揺の声が漏れた。

やはりみんな委員長は早乙女だと思っていたのだ。

「他に立候補がいなければ、早乙女は図書委員なー」と担任がいうと、望月が立ち上がった。

「早乙女くんは委員長がいいと思います」

周りも「そうだよなー」「早乙女様がやっぱり委員長よね」とあちこちから聞こえる。

「だそうだが、早乙女どうだー?」

「委員長には興味がないので」

早乙女がキッパリそういうと、「オッケー、じゃあ早乙女は図書委員な」と呑気な担任の声で図書委員に決まった。

沙樹は黒板に並ぶ、自分と早乙女の名前に恥ずかしくなった。


「やったね、沙樹」

帰り道に真里は沙樹以上にはしゃいでいた。

「嬉しくないの?」

「いや、そりゃまぁ嬉しいけど、あの後望月さんがすごい顔で見てたからさ」

望月は委員長に早乙女がなると思ったから立候補したのに、結局委員長になったのは丸尾という名前がぴったりの男の子だった。

「確かにね。あれは恨みこもってたよ」

「憂鬱だなぁ、、」

沙樹の予感は見事にあたり、翌日望月に呼び出された。


「ちょっといいかしら」と笑顔で声をかけられたのだが、その瞳の奥は笑っていない。

ビビりながらついていくと、空き教室に入った。

「あのー、、何でしょうか?」

「お願いがあるのよ」

「お願い?」

「そう。図書委員と副委員長を変わってほしいの」

(やはりそうきたか)

沙樹は予想通りの発言に小さくため息をついた。

副委員長は本当にやりたくないが、ここで断ればこの後どうなるか想像に難くない。

(諦めるしかないか)

返事をしようと口を開いた瞬間、ガラガラと扉が開いた。

「浦田、今日図書委員の集まりあるらしいぞ」

早乙女が立っていた。

「あら、早乙女くん。図書委員なんだけど、私と浦田さんで変わることにしたのよ」

まだ先は返事をしていないのに、変わってもらう気満々らしい。

早乙女は真っ直ぐ沙樹を見て、望月に視線を移す。

「望月、俺そういう面倒なの嫌だから」

そして沙樹を見ると、「絶対委員会サボるなよ」と言って去っていった。

その後望月はうっすら涙を浮かべて、出ていった。

明らかに面倒くさいことに巻き込まれる予感しかない。

沙樹は今度は大きめの深いため息をついた。

でも頬は赤く染まっていた。


放課後に図書委員の集まりにいくと、すでに早乙女は席に着いていた。

隣に座ると、近くて心臓が飛び出しそうだ。

なんだか息も苦しい気がした。

委員会では図書館の貸し出しなどの曜日担当と本の整理の区分わけについて話し合いが行われた。

高3生は受験があるので、貸し出しなどは担当せず、どうしても他学年が対応できない時に対応するのがメインだ。

高2生は高3生から部活を任されていく学年なので、お昼休みの貸し出しを担当する。

そして何もない高1生が曜日交代で放課後の貸し出しを担当することになっている。

図書の貸し出しの混雑具合など今まで考えたことがなかったが、金曜の放課後が1番大変と言われているらしい。

土日で読む本を借りる人が多いので貸し出しはもちろん、どこに本があるのかなど質問も多いそうだ。

次は月曜で、返却ラッシュに合う。

ただ返却は急いで片付ける必要もないので、来る人が減ってからのんびり片付けることができる。

委員長より毎年恒例のくじ引きが用意された。

「浦田、引いてきてくれ」

「え?私?」

それに返事することなく顎でくじの方を指し、引いてこいと言っている。

順番にくじを引いていく。

パッとくじを引くと、一斉に開ける。


「本当にごめんね」

沙樹は早乙女に五度目の謝罪をした。

「だから、別にいいって」

「まさか金曜引くなんて」

「別に何曜でもいい」

「でも早乙女くんはテニス部のエースなんでしょ?部活動に影響が出るんじゃ」

「週に一回休んだくらいで変わるかよ」

早乙女はそういうと部活動に向かっていった。

すごい自信家だ。

でもきっと実際そうなのだろう。

顔が良くて、勉強ができて、運動もできる、本当に嫌味な奴だ。

でもー

“絶対委員会サボるなよ”

あの時のセリフが蘇る。

(望月さんから守ってくれた)

沙樹は胸の高鳴りと息苦しさを感じながら、足取り軽く家路についた。

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