第2話 こんにちは、初恋
「沙樹!コンタクトにしたんだね」
真理は驚いた顔でこちらを見ている。
「まぁね。眼鏡壊れちゃったし」
振り返ると何度あの眼鏡はぶっ飛ばされたのだろう。
コンタクトならそういう心配はない。
その事に気づき、翌日休みだったので、早速眼科に行ってコンタクトを購入したのだ。
目が痛くなりそうと思って避けてきていたが、つけてみると大したことはない。
慣れてしまえば、何もつけていないかのような感覚で、なんなら眼鏡より快適だ。
「印象変わるね」
真理は仲間ができたと嬉しそうだ。
教室に入ると、お調子もんの男子が朝から騒がしい。
そんな中でも、早乙女はぶれることなく静かに読書している。
沙樹はポケットの中の生徒証を掴んだ。
昨日はメガネがなかったせいで、顔ははっきり見えなかった。
なので、早乙女が助けてくれたのかはわからない。
(でもきっとあの声はそうに違いない)
沙樹は緊張しながら、早乙女へ近づいていく。
「沙樹?」
真理も周りのクラスメイトも沙樹の行動を見ている。
「あの、早乙女くん、これ」
生徒証を差し出すと、ふっと顔をあげる。
「昨日はありがとう・・ございました」
「別に」
早乙女はそう言ってさっと生徒証を受け取って、すぐに本に目を向けた。
沙樹は態度悪っと思ったが、 しょせんこいつもゴリラや野良犬の仲間だと思ったら、納得できたので、静かに引き下がろうとした。
すると、小さな声で「いいじゃん」と聞こえた。
早乙女が本に目を向けたまま、目を指している。
「そっちの方が俺は好み」
沙樹は全身の血が煮えたのではないかというくらい、熱くなった。
目を伏せたまま、ゆっくり後ずさりすると、教室を出た。
沙樹はしばらく廊下を歩いて、へなへなと座り込んだ。
「沙樹!」真理が心配そうな顔で追いかけてきた。
「あいつに何言われたの?!」
“そっちの方が俺は好み”
あの瞬間を思い出して、さらに体温が急上昇した。
その後ふらふらになった沙樹は、真理に連れられて、保健室で午前中過ごすことになった。
その日以来、沙樹は早乙女が視界に入るようになった。
コンタクトにして見えやすくなったからだろうか。
「それは、恋だね」
真理はニヤニヤしながら、お弁当のプチトマトを頬張る。
「沙樹が早乙女様にねぇ・・」
「いや、恋とかそんなんじゃないし。というか、恋とかしたことないからよくわからない」
今までの自分の人生と関係なすぎて沙樹は自信なさげに返事をした。
「そうだねぇ・・・なんてことない日常で、早乙女様に全然関係ないことで、早乙女様のことを思い出したら恋をしていると言えるかもね」
「え?」
「例えば、このおいしそうな唐揚げ」
唐揚げにフォークを指して、こっちに見せてくる。
「これを食べた時に」といって沙樹の口へ放り込む。
「おいしい」
「早乙女様と一緒に食べたいなぁとか早乙女様は唐揚げ好きかなぁとかそういうこと考えるようになったら、おめでとう、初恋の始まりだ」
真理のお母さんは料理が上手い。たまにお弁当をおすそ分けしてもらうが、どの料理もよく食べる家庭料理なのにすごくおいしく感じる。
(これを早乙女が食べたら―)
“そっちの方が俺は好み”の言葉が蘇る。
唐揚げも好みがあるのだろうか。
普通の?ニンニク強めのやつ?
「さーき!沙樹!聞いてる?」
「へ?」
「早乙女のこと考えてたでしょ?」
「そ、そんな」
動揺で声が裏返って恥ずかしい。
「いい加減認めなよ。恋はしんどいけど、楽しいこともたくさんあるよ。私も応援するからさ」
沙樹がまだ返事をしていないのに真理は満足そうに頷いた。
「じゃあまずは美容院だね」
「え?」
混乱する沙樹に「まぁまぁ」といってスマホでパパっと美容院の予約をする。
「髪を変えると女は変わるんだよ」
翌日の土曜日に真理と美容院に行くことになった。
「なんか真理生き生きしてるし、色々詳しくない?美容院とか」
「それはねぇ」
真理は「じゃーん」と差し出してきたのは、少女漫画だ。
「この漫画の主人公もね、地味で陰キャな女の子なの。それが美の伝道師、大道寺牡丹に出会って生まれ変わって恋を成就させる話なんだけど、この大道寺牡丹がかっこよくて、最高なの!」
「地味で陰キャ女子って。・・・ねぇ、もしかして髪を変えると女は変わるってのは」
「大道寺牡丹のセリフだよ、かっこいいと思わない?」
真理は興奮気味に語っている。
真理は無類の少女漫画オタクだ。
恋愛をしたことはないが、誰よりも胸をときめかせているし、恋愛テクに詳しいと本人は豪語している。
「たかが漫画、されど漫画。騙されたと思ってやってみようよ」
「・・・まぁもう美容院も予約しちゃったしね」
「髪形は私考えておいたから、沙樹が可愛くみえるように」
嫌な予感がしたが、沙樹も美容院でなんと頼むべきか思いつかなかったので、真理を、いや、大道寺牡丹を信じてみることにした。
美容院は苦手だ。
まずは自分の容姿に自信がないのに、大きな鏡に自分の姿が写されてしまう。
沙樹の髪形は、黒髪でただ伸ばされただけのロングヘアだ。
気温や状況に合わせて、ポニーテールになったり、三つ編みになったりするくらいで、ヘアアレンジも不器用でできない。
そして美容院が苦手な最大の理由が、美容師との会話だ。
人見知りな沙樹にとって、美容師との会話はかなりハードルが高い。
相手は毎日知らない人とコミュニケーションをとるコミュ力お化けだ。
様々な角度から会話のボールが投げられる。
コミュ障の沙樹が受け止められるはずもなく、苦笑いをひたすら続けて疲れるのが常だ。
ぼんやりしながら、切られていく髪を眺めていると、様々な工程が行われ、過ぎていく。
気づいたら、綺麗なセミロングになっている。
「コテって使ったことあるかな?」
「コテ?」
沙樹が頭にたくさんのはてなを浮かべていると、美容師さんが優しく笑ってヘアアイロンの使い方を教えてくれた。
そしてついでにヘアアイロンも購入させられてしまった。
鏡に映る自分を見てみると、まるでさっきとは違う。
髪も艶が出ている。
「沙樹!いい感じじゃん」と言いつつ、真理は「さすが、私」と自画自賛している。
髪に触れるといい匂いがする。
早乙女はこれを見たら、どう思うのだろう。
”そっちの方が俺の好み”といってくれるだろうか。
想像すると頬が熱くなって、息が苦しくなった。
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