第4話 いってきます、カラオケ
沙樹は目が回る忙しさというのを初めて体感した。
初めて図書の貸し出しをするので、2回生の先輩と一緒に入ったが、かなりの人がカウンターに来たので、教わる時間もなく、先輩に言われるがままに動き続けた。
どうやら2年生の学年で国語教師が読書感想文を宿題にしたらしく、土日にやろうと多くの2年生が図書館に押し寄せたようだ。
「おーきてるきてる」
図書委員会の顧問であり、この原因を作った国語教師が後ろからのんびりとやってきた。
「先生のせいでしょ」と先輩が口を尖らすと、「作戦成功だな」と笑うと、去っていく。
「たぬき親父め」先輩たちは毒づきながらも淡々と仕事をこなしていく。
たぬき親父と言われた教師は、お腹がポテっとしていかにもたぬきといった感じだが、実際に名前も狸原といって狸という字が入っている。
穏やかで呑気な雰囲気だが、本音を隠している感じがして、どこか侮れない教師だ。
2時間くらいで人の流れが穏やかになり、2回生に色々教えてもらうことができた。
沙樹はメモ帳を持ってくるくるとついて周ったが、早乙女はメモも取らずに記憶していっているようだ。
来週はここまで忙しくはないと思うが、先輩がいないと思うと不安だ。
あっという間に下校時刻となり、校舎を出ると真っ暗だ。
「疲れた」
思わず、沙樹がつぶやくと、早乙女がこちらを見ている。
「あ、ごめん。私のせいで金曜になっちゃったのにね」
「別に」
何を話していいかわからない。
校門までの道のりが少し長く感じる。
二人の足音だけが響いている。
早く校門についてほしいような、ついてほしくないような―
沙樹の顔の隣には早乙女の肩がある。
心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
そんなことを考えているうちに、校門に辿り着いた。
「あ、あの私こっちだから」
「・・・じゃあな」
そういって早乙女は逆方向に歩いていく。
沙樹も背を向けて逆方向に歩いていく。
「おい」
早乙女の声がして振り返ると、何かが飛んでくる。
沙樹がキャッチすると、「気をつけて帰れよ」そういって早乙女は再び背を向けて歩き出した。
沙樹の手の中には飴が入っていた。
そこからは特に何があるわけでもなく、日々は過ぎていった。
高校生活にも慣れてきて、沙樹も穏やかな日常を過ごしていた。
図書委員の仕事にも慣れ、問題なくこなせている。
忙しい時間もあり、早乙女とさほど話す機会はなかったが、一緒に過ごせているだけで沙樹は満足だった。
そして初めての中間テストを迎えた。
「終わった・・・」
真理は絶望した表情で、沙樹の方へやってきた。
「絶対点悪いよ・・・」
「まだわからないでしょ」
沙樹は荷物をまとめながら返事をした。
「なんか妙に嬉しそうだね。そうだ、テストで手ごたえあったんでしょ」
「まぁね」
今日は金曜日このあと図書館に行かなければならない。
テストも終わったし、ウキウキした気持ちが抑えられない。
「テスト終わったし、日曜カラオケに行こうぜ」
元気のいい男子が騒いでいる。何人か賛成しているようだ。
「早乙女もたまには顔出してくれよ」
早乙女は少し考えて「まぁいいけど」と答えると、女子たちが「私たちも行く」と言い出した。
もちろん望月も「私も行きます」と返事をしていた。
あれから望月から特に何もされていないが、関わらないのが一番だと距離を取るようにしている。
「ねぇ、沙樹、早乙女様も行くってよ」
「そうみたいだね」
「沙樹、ここは参加すべきじゃない?」
「いや、私は・・・」
早乙女と休みの日に会えるのは魅力的だが、地味キャラの自分がこんなカースト上位みたいな集団に入ったらどうなるか想像がつく。
ましてやカラオケ。沙樹が一番苦手なものだ。
さも聞こえていないかのように真理と教室を出ようとすると、
「浦田、暇だって言ってたよな」早乙女がこっちを見ている。
そういえば、図書館で作業をしている時、土日はやることなくて、暇だというようなことを話したことがある気がする。
「じゃあ浦田と佐藤も参加だな」
騒がしい男子がこちらの返事も聞かずに、参加と決めて話を進めていく。
望月と目が合う。
何で来るんだ、と目が言っている気がした。
今度の日曜はロクなことがなさそうだ。
沙樹は憂鬱な気持ちになったが、真理の顔は笑顔全開だ。
きっとロクなことを考えていないに違いなかった。
「さぁ、今日は買い物するよ!」
翌日真理に「日曜に着ていく服を買いに行こう」と言われ、沙樹は強制的にショッピングモールに連れてこられていた。
「早乙女様ってかわいい系と綺麗系ってどっちが好みかしらね」
真理は色んな店に入っては、沙樹に服をあててああだこうだと言って、服を試着させていく。
「ちょっとこれは・・・」
へそ出しの服を着せられた時はさすがに驚いた。
「やっぱり沙樹にはこれかな」
やっと真理が納得した服は、白のロングワンピースだ。シンプルだが、沙樹のスタイルが良く見える。
「男は白のワンピースとかそういう女の子!って感じの服が好きらしいよ」
「それも大道寺牡丹?」
「これは私の意見」
真理は得意気にそういうと、沙樹をお会計に誘った。
少し疲れたので、お茶をすることにした。
「沙樹、早乙女様とはどうなの?図書委員でいつも一緒でしょ?」
「金曜の放課後はね。でもなんか上手く話せなくて、ほとんど仕事の話をして終わりって感じかな」
「なーんだ、全然ラブな感じじゃないじゃん」
「そりゃそうでしょ。私に恋愛なんて・・・」
「初恋だもんねぇ」
真理はニヤニヤしながら沙樹をつつくと、沙樹の顔は真っ赤になった。
「うるさいなぁ、もう」
「明日は楽しく過ごせるといいね」
「うん」
一瞬望月の怖い顔が浮かんだが、それ以上に早乙女と遊べることが楽しみだ。
沙樹は明日は楽しくなるといいなと思いながら、オレンジジュースを飲んだ。
甘くてほんのり苦い味が口に広がった。
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