それは積み重ねられた「必然」〜伝説の逃げ〜
緋那真意
第1話 競馬の華
競馬には様々な見せ場がある。直線一気の豪快な追い込み、または展開を繊細に見定めた乾坤一擲の差し込み、あるいは逃げも隠れもしない王道の先行逃げ切り……競馬を見れば見るほどに多彩な勝ちざまに目を奪われることも少なくない。
そんな中でもひときわ目を引く勝ちざまといえば大逃げであろう。文字通り他馬に影も踏ませないほどのリードで道中を進みそのまま勝ってしまうのだ。勿論気性面などの理由からそうした極端な選択を選ばざるを得ないのではあるがこれほど分かりやすい勝ち方は他になく、それ故に大逃げを主たる戦法とする馬は成績に関わりなく人気があった。
例えば、「音速の貴公子」とあだ名され今も尚日本競馬史上最強の逃げ馬との評価も高いサイレンススズカ、殺馬的ハイペースで春クラシックを突き抜け二冠を達成した「恐怖の鏑矢」ことカブラヤオー、「九十九回失敗しても百回目には逃げ切るかもしれない」と評され破天荒な大逃げで晩年まで競馬場を沸かせたツインターボ、史上初めて春秋グランプリ制覇を達成した「障害戦帰りのメジロっ子」メジロパーマー、1200mから2500mまで縦横無尽に駆け抜け天衣無縫の爆走を見せたダイタクヘリオスといった面々か頭に浮かぶ方々も多いことだろう。
牝馬でも後の三冠牝馬テイエムオーシャンの祖母となった快速の桜花賞馬エルプスや、絶景女王ブエナビスタに一泡吹かせ史上屈指の大番狂わせを演じたクィーンスプマンテの大逃げあたりを思い浮かべる人はいるかも知れない。
競馬史を彩ってきた逃げ馬たちの記録はみているだけで心が沸き立つものであるが、そんな中で筆者が一際印象に残った逃げ馬がいる。古き良き昭和の時代に忽然と現れた幻の大逃げ。後続が見えない、残されている映像にも一度で映しきれないほどの大差を現出してみせた一頭の牝馬。その馬こそ1980年に秋の天皇賞を制したプリテイキャスト(イは大文字が正しい)に他ならなかった。当時の秋の天皇賞は東京競馬場芝3200mの長距離戦であり、その数年後には芝2000mの中距離戦に変わり更にはコース設定そのものが消滅してしまったためもはや再現すら不可能なレースとなってしまったが、興味を持たれた方は映像を探してみていただければと思う。それはもう筆舌に尽くしがたい大差であり実況のアナウンサーが最後には悲鳴を上げていて、直前に二強と目されていた馬たちは揃って掲示板を外す大敗となったのだから、仮に今の馬券購入方式であったならば言葉を失うほどの配当となっていたことは想像に難くない(当時は単勝複勝と枠連しか買えなかった)。
僥倖、と呼ぶにはあまりにも出来すぎた話である。否、それは決して偶然だけでなし得たものではなかった。その証拠に当時の競馬ライターの方々に本命印を打っていた方もいたのではあるが、その微かなサイン、兆しを読み取れたものは決して多くない。プリテイキャストのGI級レース(当時はグレード制導入前)、八大競走の勝ちはそれきりであり生涯成績も重賞二勝の他は冴えないまま何度も二桁着順を繰り返したため典型的な「一発屋」で終わったのだが、その勝利は偶然ではなく積み重ねられた様々な事象による必然であったと筆者は考えている。
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