第3話 プロジェクトセブンデイズ

 さっきまで俺は1Kアパートの一室にいた。

 でも今は、講堂のドア前に立って周囲を見渡している。狭い部屋から一気に視界が開けてびっくりしたが、よく考えてみればこれはゲームだ。ゲームならこういう非現実的なことは当たり前。ビビるだけ馬鹿を見る。


「それにしても、おぉ……すげぇ。たぶんゲームが起動して場所が移動したように見えてるんだろうけど、リアルすぎるだろ。現実と変わらねぇぞ」


 とりあえず歩いてみるとちゃんと進んでいる感覚があるし、階段席まで行って座席を触ってみるとちゃんと感触もある。とてもゲームとは思えない。


「君、もしかして今来たところかい?」

「ん?」


 渋い声がした方に視線を向けると、優しそうなおじさんがこっちに歩み寄ってきた。

 白いワイシャツに黒いスラックスという出で立ち。顔は髭を生やしているもののちゃんと整えられていて清潔感がある。

 そんな彼に「え? 俺のこと?」と自分に指差して聞いてみるとくすりと笑われた。


「他に誰がいるんだい?」

「ですよね……」

「まぁこっちに座りなよ。もうすぐゲームの説明があるみたいだしさ」

「はぁそうですか……おじさん」

「佐竹だよ、佐竹学さたけまばぶ。君は?」

「あ、やま――じゃなくて」


 やべっ、本名言うところだった! 俺は配信者なんだから本名は言わないようにしなくちゃ。


池崎瞬いけざきしゅんです」


 簡単に自己紹介を済ませると、俺たちは階段席の後ろから五列目に座った。


「いきなりこんな場所に飛ばされてびっくりしたでしょ?」

「ええまぁそうっすね。なんか部屋でプロジェクトセブンデイズのゲーム機を起動したら、こんなところに来て……ここってもうゲームの世界なんですよね?」

「そうなるね。でも正確にはゲーム開始前の待合所なんだよ」

「へーそうなんだ……」


 俺がそう呟いたとき、目の前を小柄な少女が横切った。

 髪は肩までの銀髪で、顔立ちは幼いがお人形さんみたいに整っていて可愛らしい。どこかの高校の制服なのか紺色のブレザーにチャック柄のスカート姿だ。


「この人は八点かな……」


 ぼそりと呟いたかと思うと、少女は階段を下りていく。


「なんの点数なんだ?」

「さぁ、もしかしたら好みの相手を探しているのかもよ」


 佐竹さんにそう言われると、俺は眉間に皺を寄せた。


(じゃあ恋愛対象外ってこと? 失礼な子だな……確かに俺とあの美少女じゃ釣り合わないかもしれねぇけど、ちょっと酷くない? 俺だって、なけなしの金でちゃんと美容院に行っていい感じにカットしてもらってるし、見た目にはそれなりに気を遣ってるのに、八点って……)


 そう思いながら視線を巡らすと、横列や後ろの席に他の参加者が見てとれた。


「それにしても、色々な人がいますね。さっきの銀髪JKとかチャラそうな青年とか、冴えない中年まで……MeTubeミーチューブで見たことあるような顔もあるし」

「配信者とか実況者ばかり集められているからね、みんな僕たちと同じさ」

「まぁそういう話とは聞いてますけど……じゃあこれアバターとかじゃなくてリアルな顔なの? 身バレとか大丈夫?」


 俺が訊くと、佐竹さんは「んー」と少し考えてから口を開いた。


「まだ配信外だし大丈夫だとは思うけど……まぁ誰にも見られたくない子は職員に言えば退場できるよ……池崎君は大丈夫?」

「大丈夫っす。賞金のためなら顔晒すくらい」

「やっぱり君も賞金が目当てか。いや~実を言うとね、僕も会社のアカウントで、主にリゾート施設の宣伝をしてるけど、今ってほら、流行り病があるでしょう。それで会社の経営が傾いてね」


 新型ウイルスが猛威を振るっているこのご時世、感染拡大を防ぐために旅行や外出を自粛するよう政府が呼びかけてい。そりゃリゾート会社にとっては大打撃だろう。


「じゃあ賞金で会社を立て直すってことですね」

「ああそうさ。これでも社長だからね。家族や社員のためにも会社を潰すわけにはいかないよ」

「なんか、凄いっすね。俺の方は借金を返すためなのに、佐竹さんは色々背負うものがあって」

「いやいや、僕だって結局君と同じさ。負債を抱えているからそれをどうにかしようって必死なんだ」


 小さく首を振り、自嘲気味に微笑む佐竹さん。こうして見ると、タレ目がちな目と短い茶髪がダンディな雰囲気と合わさってイケオジだ。


(俺も年取るならこんな感じになりたいな……カッコいいわ)


 俺がそう思っていると佐竹さんは微笑んだ。


「まぁお互い色々事情はあるみたいだし、困ったことがあったらなんでも訊いてくれて構わないよ。僕って実は、このゲーム二度目だからね」

「えっ、それって――」


 俺が訊き返そうとしたときだった。


『それでは、プロジェクトセブンデイズの説明会を始めます』


 スピーカーから若い女の声が響いたかと思うと、ステージ脇から少女が出てきた。

 腰までの長い空色の髪を揺らし、ステージの隅にある演台まで歩む。するとステージ正面の壁に大型スクリーンがぱっとついて少女の姿を大きく映した。

 SFチックな投影スクリーンに映った彼女は端正な顔立ちで、髪をハーフアップにまとめている。そんな彼女の服装は、軍服っぽいデザインが目を引く藍色のブレザーだ。


『私は今回のゲームの管理を任せられているレイラ・ケアド・リハヒールと申します』


 レイラと名乗った少女はマイクに向かってそう言うと、手元に情報ウィンドウを開いて操作する。大型スクリーンが切り替わり、街の俯瞰映像が流れ始めた。

 内陸の地方都都市だ。中央にはオフィス街や商業エリアが見えるし、遠くの方に田んぼや畑まで見える。


『これから皆さんが向かう先は日本の久下くげ市。ですが、もちろんただの街ではありません。ゾンビパンデミック後の世界です』


 よし、前情報にあった通りだ。俺が住んでる街だから色々都合が良いぞ。


『この街は実際にある街ですが、パラレルワールドではゾンビ――つまり、ELFエルフウイルスに感染した人たちが人々を襲う世界になっています』

「え? パラレルワールド? どういうこと?」

「まぁ聞いていれば今にわかるさ」


 困惑する俺の隣で佐竹さんが意味深に笑っていた。

 映像が切り替わり、目の光った人々が徘徊する広い道路が映る。


『このウイルスは、感染者の目を黄色く光らせ、凶暴化させるもので、正式名称はEyeball Luminescence and Ferociousの頭文字をとってELFエルフといいますが、ファンタジーで登場するエルフと混同するので、ここではゾンビと呼びます』


 エルフって言われるよりゾンビの方が分かりやすくていいな。

 俺が納得していると、再びスクリーンが切り替わり、街の俯瞰に切り替わる。


『向こうの世界の状況は、街にいるゾンビたちを隔離するために、道路や山沿いを金属壁で囲っています。これにより皆さんが移動できる範囲は久下市だけとなります』


 どうやらオープンワールドだけど、マップは一つの街だけらしい。


『インフラは、電気と水道とガスどれも使える状態です。ただし、パンデミックが起きて一週間ほど経過しているので、スーパーやコンビニに並んでいるほとんどの商品は食べることができません』


 そこまで言うと、レイラは『ここまでで質問はありますか?』と俺たちに聞いてきた。

 前の方の席に座った若い男が手を上げる。青みがかった短髪が特徴的な男だ。そんな彼のもとへ、ステージ下に待機していた女性職員がマイクを持っていった。


『あの、さっきパラレルワールドって言ってましたけど、そういう設定なんですか?』

『そのままの意味です。あなたたちがいる日本とは別の日本に飛んでもらいます。そして皆さんの世界に向けて配信してもらいます』


 レイラの言葉の直後、講堂がざわざわし始める。

 困惑する若い女性や、冗談だと笑う中年の男。他にも口々にも不満や期待の声が上がった。

 その光景に俺も困惑し、隣に座ったダンディなおじさんに視線を向けた。


「佐竹さんこれって……」

「聞いての通りさ。僕たちは今からパラレルワールドに飛ばされる。そこでゲームのキャラクターみたいに行動して、賞金や配信の再生数を稼ぐんだ」

「パラレルワールドって……そんなこと言われても現実味がねぇぞ……」


 そう呟く俺と同じ意見なのだろう。青髪の男がさっきと同じ質問を投げかける。


『おい嘘だろ……設定ですよね、ゲームの』

『察しが悪いわね。いいわ、じゃあこれを見てもらってはっきしさせましょう』


 少しじれったそうに言うと、レイラは情報ウィンドウを操作した。


『壁をご覧ください』


 手で示した瞬間、壁が透明になって二階席が見えるようになった。こっちを上から見下ろせるその場所に大勢の人たちが座っている。

 スーツ姿の壮年の男に白いローブを纏った初老の男。ドレス姿の女性もいるし、和服を着た者までいる。

 あれか、初めから俺たちを見世物にしてたってわけか……。


『彼らは神々。このプロジェクトセブンデイズの出資者です。あなた方はこれから彼らを楽しませるためにゲームをプレイしてもらいます』

『神? ははっ、お客様は神様ですって感じで出資者を神様って言ってるんですか?』


 青髪の男が笑うと、レイラは首を振った。


『違います。彼らは本当の神様たちです』

『いや、そんなこと言われてもね……』

『人間にこんなことができるの? プレイヤーたちを講堂に転送し、パラレルワールドに飛ばして配信することが』


 レイラの言葉に全員黙り込む。

 これがゲームじゃないのなら、あの球体でここまで移動させられたということになる。パラレルワールドにつてはなんともいえないが、移動させられたのは事実だからそりゃあ反論できない。


『皆さんが理解できたところで、このゲームのルールを紹介します』


 そう言いながらレイラが情報ウィンドウを操作すると、


『ルールは単純、ゾンビ世界で一週間生き残る』


 街の俯瞰映像に映った黄色いテロップを読み上げた。


『そして、生き延びれば賞金一千万円! ただし、これには命の危険が伴います。ゲームはゲームでもデスゲーム、ゾンビに噛まれて治療しなければもちろんゾンビ化します』

「はっ!? ふざけんな! そんな危ないこと誰がするかよ!」

「やってられっか! 俺はしねぇからな!」

「そうよ! なにがデスゲームよ! 私たちを騙したわね!」


 周囲から不満の声が次々と上がる。

 俺だって同じ気持ちだ。命の危険と引き換えに賞金がでるなんてひどい話だ。普通やらないだろ。まともな人間なら拒否して当然だ。

 だがレイラは不敵に笑って見せる。


『もちろんそういった意見もあるでしょう。そこで、安全と引き換えに賞金額を百万円にしたプレイ内容も用意しています。こちらは、ゾンビに噛まれた瞬間に医務室に転送されて治療が受けられます。治療後は、今まで通りの日常を送れることでしょう』


 危険な一千万円コースのあとに安全な百万円コースを提示されると、ちょっとマシに思えるかもしれないが内容が内容なだけに賛同する者はいなかった。

 空気が冷え切ったのをどう思ったのか、


『あ、それと。皆さんは配信者ですから顔バレ防止のために、配信映像を加工し、認識阻害技術によって本人の顔とは違うものに認識させるようにしています』


 レイラがすまし顔で気を遣ってくる。

 確かにそれはありがたいかもしれないけど、大きな問題が残っている。

 誰もリアルなゾンビゲーなんて望んじゃいない。いくら賞金があっても怖いものは怖いんだ。

 だが黙り込む俺たちに向かってレイラが訴えかけてくる。


『皆さんは今のままでいいの? この場には底辺配信者を中心に集めたわ。ライブ配信をしても全然人が集まらない。動画をアップロードしてもよくて数千再生。そうやってくすぶり続けてもうどれくらい経つの?』


 く……痛いところを突いてくるな。その通りだ。何しても伸びないし、ずっと底辺のままだ。


『自分を変えたくない? 今このゲームに参加すれば人気配信者になれるチャンスがつかめるのよ?』


 その言葉が講堂を駆け抜けた。


「くそっ! こうなったら俺はやるぞ! 百万の方なら死なないみたいだしな!」

「このまま終わってたまるかよ! 俺は有名になるんだ!」

「配信だけで食ってやんよ!」

『いい心がけね。では不参加の者は、今のうちに後ろのドアからお帰りください』


 レイラに言われて二割くらいは出て行く。その間に説明は続く。


『残った皆さんは一千万円プレイヤーと百万円プレイヤーに分かれてもらいます。席から立ち上がれば一千万円プレイヤー、座ったままだと百万円プレイヤーです。さぁどうぞ決めてください』


 さすがに大半は座ったままだった。

 数人は立ち上がっているようだが、レイラの説明を聞いたらまともな人間だと震えて立ち上がれないだろう。


(俺もそうだ。いくら賞金一千万円でも、できるわけがねぇ。ふざけんな、俺は立たねぇぞ)


 そう思ったとき、隣で立ち上がる者がいた。


「さ、佐竹さん! マジですか!?」

「ああ、百万ぽっちじゃ人生は変わらないからね」

「それは、そうですけど、これで動画がバズるだけでも、十分じゃ……」

「そんな都合よくはいかない。さっきも言っただろ、僕は二回目だって。百万円プレイヤーじゃ限界があるんだ。人生を変えたければ、それだけの危険を冒さなきゃならないんだよ」


 佐竹さんは最後に「借金があるんだろ? やり直すならここが分岐点だよ」と言ってきた。


(くっ、くそ! それならやるしかねぇじゃねぇか!)


 俺は立ちあがった。これが二回目だという佐竹さんの言葉を信じて、やり直すという言葉に奮い立たされて。


『それでは、皆さんを転送します』


 レイラが言うと、ぴかっと目の前が光り、銀色の球体が現れた。ここに俺を転送したあの球体だ。


『では良いサバイバルライフを』


 その言葉を最後に、俺は光に包まれた。


 ――――――――――――――――――――

 次回からゾンビサバイバル開始です! 楽しみにしていてください!


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