一章 プロジェクトセブンデイズ

第2話 債務者系配信者と借金取り

 俺――山崎瞬也やまざきしゅんやは宅配便を待っていた。

 一発逆転。そんな都合のいい言葉を信じて玄関を見つめる。

 借金千万のどん底から這い上がり、人生をやり直すことができるモノがもうすぐ届く。

 布団の上に座ると、俺は腕を組む。


「プロジェクトセブンデイズ……か。ゾンビ世界で一週間生き残るフルダイブ型のサバイバルオープンワールドゲームらしいけど、いやー配信者でよかったな」


 このゲームは、配信者と実況者だけがプレイできるモノだ。なんでもゲーム制作費を出資した人の意向でまずは配信できる者だけでプレイさせ、実況する様子を楽しみたいらしい。

 宣伝にもなるし、普段から配信してる奴なら面白い映像が撮れるだろう。しかもリスナーが映像的に楽しめる内容で、現実と見間違えるほど全部がリアルだし、自由度が高いのが特徴だ。


(楽しみだなぁ。考えるだけでワクワクする)


 公務員からファーストフード店アルバイトまで色々なジョブがあって、それに応じたスキルや行動がとれるらしいし、あとは物を漁ったり、車を運転するのも現実そのものって話だ。


(噂によると、初のフルダイブ型のゲームらしいけど……こういうゲームってあれだろ? VRとかを使って仮想現実の中に入ってプレイするっていう的なヤツ)


 新技術も注目するところなんだが、なんといってもあの宣伝だ。


「ゲーム内で一週間生き残ったら賞金千万円とかうますぎるだろ!」


 配信者限定で賞金まで出る。これによってプロジェクトセブンデイズは世間で注目されていた。

 もちろん配信者限定でもこれだけ認知されていたら競争率も高い。


「応募したら運よく招待券獲得とか、俺って運よすぎ。最高だ……」


 一般の人ができないからこそ配信すれば同時接続数アップも期待できるし、もう勝ち確だ。


「これはバズる! バズるぞ! くぅ~楽しみだな」


 灰色がかった黒髪のショートヘアの後ろで手を組み、布団に寝転がってぐふふっと笑う。

 俺は生まれ変わる。もうこんな生活とはおさらばだ。ゾンビゲーは初めてだが、作品の舞台が日本の久下くげ市――つまり俺が住んでいる街をモデルに作られている。土地勘があるっていうアドバンテージを最大限に活用すれば生き残るぐらいできるだろう。


 ピンポーン。


(来た!)


 俺は布団から飛び起き、玄関の扉を開けた。


「あ……」

「おう、山崎。今日はすんなり出てきたな」


 外人プロレスラーみたいなオッサンが立っていた。

 茶色い瞳は眼光が鋭く、しかも髪型がスキンヘッドで、黒いスーツの上からでもわかるほど筋骨隆々とした巨漢だ。

 この見るからに怖いオッサンは士道哲也しどうてつやさん。俺が金を借りている士道金融の社長だ。


「し、士道さん……あの今日は何のご用で?」

「借金の取り立てに決まってるだろ」

「ですよねー……」

「当たり前だろうが、士道さんが直々に来てるんすよ」


 士道さんの巨体から金髪の男が顔を出した。

 こいつは荒木健斗あらきけんと。服装は金色の龍が描かれた黒いスカジャンというガラの悪い男だ。いつも士道さんにくっついてる舎弟で、こいつだって街でからまれたら嫌なタイプだ。それが禿マッチョとセットで来てる。

 い、威圧感がすげぇな……。


「今日こそ払ってもらうぞ」

「いや、それがですね、士道さん……今はちょっと……」

「あ? お前舐めてんすか? そんなんでこっちが納得するわけねぇだろ」


 怖い。強面二人に詰められるとか、借金がある俺が悪いんだけど、ほぼ恐喝だぞ。

 仕方ない。切り札を出すか。


「いや、落ち着いてくださいふたりとも。実は、もうすぐ大金が手に入るんですよ」

「本当だろうな?」

「嘘ついたら、今度こそ埋めるっすよ?」


 二人にギロリと睨まれると俺は愛想笑いを浮かべた。


「大丈夫ですって、確実にバズれますから」

「バズるだと? お前まだ配信で逆転できるとか思ってるのか……」

「ああ、確か借金を返すために配信するとか言ってたっすよね。ちなみに今の登録者数はどうなんすか?」

「えっと、約三千人だけど……」

「底辺じゃねぇか」

「そんなんじゃ食っていけないっすよ」

「失敬な! これでも収益化してるんですよ『池崎瞬いけざきしゅんの債務者日記』ってチャンネル名で活動して――」

「ふざけたチャンネル名つけてんじゃねぇぞコラ」


 士道さんにぐっと胸ぐらをつかまれる。


「そんなことする暇があったら働け! バイト増やせ! このクズが!」

「ヒィィィィィィィィッ! すみません士道さんっ!」

「あの、すみません」


 危うく締め上げられかけたとき、玄関の横から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 俺と士道さんが視線を向けると、配達員のお兄さんがびくびくしながら口を開く。


「山崎さんにお荷物が届いているんですか……」

「ナイスタイミング! 士道さんこれこれ! 一発逆転のゲームが入ってる!」

「お前、この期に及んでまだゲームで生計立てる気か?」

「ふっ、ホント救えねぇっすね。ゲームで一発逆転とか」


 配達員のお兄さんが持っている段ボールをビシビシと指さす俺に士道さんは呆れた視線を向け、荒木は鼻で笑って馬鹿にしてきた。


「あの、お取込み中のところ申し訳ないんですが、サインを……」

「ちょっと待ってくださいね」


 棒立ちの配達員に俺はそう言うと、士道さんに視線を向けた。


「あの、サインするんで一旦離してください。あれがあれば全部解決するんで」

「えらい自信じゃねぇか。ゲームで一千万の借金が返せるっていうのか?」

「ええもちろんです。これ、あのプロジェクトセブンデイズなんで」


 その言葉を聞いた瞬間、士道さんは俺の胸ぐらから手を放し、荒木に目を合わせる。


「最近話題のゲームだったよな?」

「そうっすね。確か賞金が一千万円出るとか」

「じゃあその賞金をあてにして……山崎、それで上手くいかなかったらどうするんだ?」

「大丈夫です。仮に賞金がゲットできなくても配信者限定のコンテンツで、しかも抽選でしかプレイできないゲームだからバズること間違いないし!」


 俺がそこまで言うと、士道さんは「……これが最後だからな」と言って背を向けた。


「いいんすか? あいつの話に乗ったりして」

「大金が手に入る可能性があるからな。あのゲームならあるいは、やってくれるかもしれん」

「まぁ士道さんがそう言うならいいすっけどね」


 ムキムキ黒スーツとチンピラスカジャンの背中を見送ると、俺はサインを書いて段ボールを受け取った。


「ありがとうございました」

「はい。ご苦労様です」


 配達員のお兄さんを労うと、俺は部屋に戻った。

 さっそく段ボールを開け、中身を確認する。梱包材に包まれた箱が入っていた。その箱には、プロジェクトセブンデイズ専用ゲーム機と書かれている。

 さっそく箱を開けてみると入っていたのは、銀色の球体。中央に窪みがってその中に赤いマークがある。


「おおこれが……普通のゲーム機とは違うな」


 フルダイブ型ゲームなのにヘルメットとかゴーグルとかじゃないのは気になるが、とりあえず起動してみよう。

 そう思って俺は赤いマークに指を乗せてみた。


「んっ、ちょっとチクッとしたような……って!? おいおいおいおい!」


 指先に違和感を覚えた直後、急に球体が光り出した。

 思わずぎゅっと目を閉じる。


「なになに! これっ、ゲームが始まるってこと!?」


 光に困惑して叫んだが、まぶた越しにようやく光が収まるのを感じると、俺は恐る恐る目を開いた。


「え……ここどこ!?」


 目の前に広がった光景は、広い講堂だった。

 正面にステージが見え、それを囲むように半円を描いた階段席が何列もある。千人以上は座れそうな規模だ。その席にはまばらに人々が見て取れ、何かの発表を待ちわびるように談笑していた。


「いや、ホントにどこだよここ……」


 俺はぽかんと口を開いたまま立ち尽くした。


――――――――――――――――――――

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