第4話 ゾンビ世界でサバイバル配信!

 俺はゾンビがさまよう世界に転送され、色々あって裕福そうな一軒家に来ていた。

 あの講堂での話がゲームの設定じゃなくて現実のことだったら、本当にここはパラレルワールドってことになる。


(景色は俺の部屋と同じだったのに、部屋のインテリアがまるで違ったし、本当にここは……)


 俺は足元に転がった中年男性の死体を見た。


(俺が殺した男だ……ゾンビ化してたけど、俺がトンカチで……)


 手が震えてくる。心臓がバクバク鳴ってうるさい。


「落ち着け……これはゲームだ。見ろ、UIもチャットもあるし、いくらリアルでもゲームはゲームだ……なんだ? 人型のアイコンが震えてるぞ?」


 アイコンをタッチしてみる。


『恐怖を検知しました』

「いちいち表示しなくても自分が一番わかってるよ。ふざけやがって……」


 テキストウィンドウで指摘されると、なんだかゲームと現実の境界が曖昧になった感じがしてちょっと冷静になれた。


『もう恐怖状態って先が思いやられるな』

『遺体はこのままでいいのかなぁ?』

『ゾンビから漁れ。車のキーとか持ってたら便利だぞ』

「漁れって? うぅ……やりたくねぇけど、しかたねぇな」


 チャットに従って、男のズボンに触れてみる。ポケットを調べてみたが何も入っていなかった。


「こいつなんも持ってねぇぞ……」


 俺がそう言ったところで『着用する』という文字が視界に浮かび上がる。


「おい、着用するって表示されたけど、こいつの服着るってことだろ。こんな生温かいシャツとか着たくねぇよ」

『なんか不潔そう』

『おじさんのぬくもりで草』

『パンツは残してやれw』

「笑ってんじゃねーよ。シリアスパートだぞ」


 チャットがひどい。男の服を剥ぎ取ってほしいんだろうけど、誰がするか。


『いや、おかしくない? ゾンビなのに温かいって』

「そうじゃん。ゾンビって死んでるから冷たくなってるはずだろ……いやでも、このゲームじゃ」


 俺は言葉に詰まった。

 これはゲームだけどゲームじゃない。現実なんだ。でもこれが現実ってリスナーに知られると色々まずいだろうし、ゲームってことにしておこう。


「あー皆さんね、実はチュートリアル前に運営から説明があったんだけど、このゾンビって簡単に言うと、ウイルスに感染すると目が黄色く光って凶暴になるんだ。だから身体自体は死んでないし、それで体温があるって感じなんじゃないかな」

『へー運営から直々にねぇ』

『スタンダードなゾンビと違うのか』


 俺の説明にリスナーが納得し始めたとき、流れるコメントの中で気になるものがあった。


『漁るのもいいけど、カーテン閉めた方がよくね?』

「確かにそうだ。外から見られたら不味いし……」


 リビングに戻ってカーテンを閉めた。

 この部屋は通りに面してないから庭にゾンビが入ってこない限りそうそう見つからないが、油断は禁物だ。この家が安全なのか確かめるためにも戸締りを確認しておかないといけない。


(玄関はこの家に来たときに閉まってたし、あとは、寝室とか他の部屋を見ておかないと)


 順繰りに調べていくと、幸いなことに他の部屋にゾンビはいなかった。すべての部屋の窓を確認し、カーテンを閉めると俺は再びリビングに戻った。


「玄関も窓もちゃんと閉まってたし、しばらくは大丈夫そうだな……ん?」


 視界端に映っている手紙マークが点滅していた。


「なんだ? メールでも届いたのか?」


 とりあえず押してみると、テキストウィンドウが浮かび上がる。


『デイリー任務、拠点構築を達成しました。報酬をお受け取り下さい』

「ああ、そういえばそんなもんあった」

『手を出してください』


 テキストの指示に従って胸の前に手を出すと、空中に光の線が走った。物質が転送され、すっと落ちてきたものは、五百円より一回り大きい黄色のコインだ。


「なんだこれ? 五十万って書いてあるぞ……マジで? 家の戸締りするだけでこんなにもらえんの?」

『いいなー俺もほしい』

『医者よりも高収入』

『俺ちょっと戸締り確認してくるわ』

『お前はもらえねーよw』

「最高じゃん。この世界に来て初めて良いことあったわ」


 俺は微笑みながらポケットにコインを入れると、ソファーに腰を落とした。


「今のうちに色々確認しとくか」


 ステータス画面を開いてみると、アビリティ、ギャンブル精神を確認してみる。


「えっと、アイテムを購入するときに五十パーセントの確率で購入金額が半額になる。ただし、残り五十パーセントの確率で購入金額が一・五倍になる……へーじゃあ課金要素もあるんだ」


 課金でギャンブルってどう転んでも金が減るばかりだが、アイテムのおかげで命拾いしそうだし、あとで見てみるか。


「スキルは、速読ってこれ……役に立つのか? いやそりゃ、昔から速読したけど……勉強時間短縮して遊べるし、色々利点もあるけど、この世界じゃあな……」

『本を読むギャンブラーとか今のところ死にそうなキャラだな』

『ゾンビ世界で速読とかw』

「バカにしやがって……もしかしたらすごいスキルかもしれねぇだろ」


 とりあえず本を探してみると、リビングの棚に野球の本があった。

 それを手に取って再びソファーに座ると、ぺらぺらとページをめくる。


「野球とかざっくりとしか知らないけど、あーやっぱボール投げてバットで打ってるイメージしかねぇな」

『速読の意味w』

『学習する気ねぇじゃん』

「いやルールとかどうでもいいし、ゾンビ戦で役に立ちそうなバットのスイングとか見てた方がいいだろ」


 チャットに言い返しつつ不要な情報は読み流し、バッティングやボールの投げ方のところをしっかり読んだ。

 本を読み終えると、目の前にテキストウィンドウが浮かび上がった。


『投擲スキルがレベル上限に達しました。近接武器、バットの熟練度が上限に達しました』

「マジか……本読んだだけでレベルが上がるのかよ」

『やばっ』

『どんな仕組みだよw』

「これで生存率が上がりそうだな……ん? これ何?」


 ステータスのタブの横に四角いマークがあった。

 タッチしてみると、MeTubeミーチューブの画面みたいにサムネの一覧が出てきた。


「このゲームを配信している他の奴らの視点か?」


 まるで実写と思えるほどリアルなサムネが並んでいるし、タイトルがプロジェクトセブンデイズってなっている。


(見てみるか、参考になるかもしれないし……えっと職業が警官か、こいつにしよう)


 試しに『村瀬むらせケージ』って人の配信を開いた。

 住宅街を走っている主観映像が流れた。


『やばいやばい、追われてる……!』

「もうピンチかよ、大丈夫か?」

『だが俺は元警官の配信者。それでこの世界じゃ警官のジョブになってるんだ。拳銃で返り討ちにしてやるぜ』

「は? こいつ、最初から拳銃とか持ってんのか? 俺は丸腰のギャンブラーだったのに」


 俺が不満を漏らしていると、村瀬がキュッと立ち止まって振り向いた。

 反響した呻きを上げながら学ラン姿の少年が走り寄ってきている。距離にして五メートル。そこまで迫ると両手を前に突き出し、襲い掛かってきた。

 村瀬は黄色く光っている目と目の間に向けてリボルバーを構えた。


『このっ』


 バンッ! バンッ!


『どうだ、この野郎!』


 ゾンビの頭を撃ち抜き、村瀬が吠えた。

 お調子者そうな男だが、銃の腕前は良いようだ。


『へへっ、やっぱゾンビには銃だな』

『グゥゥゥゥゥゥゥゥ』


 銃声を聞きつけたのか、至る所からゾンビの声が聞こえてくる。


「かなりの数が来てそうだな……」

『これ、ヤバくね……離れた方がいいな』


 俺が呟くと、村瀬は通りを走り出す。


『ウゥゥゥゥゥ』

『くそっ』


 通りの角に来たところで主婦風のゾンビに鉢合わせ、リボルバーを撃つ。そのゾンビは倒せたが、弾切れになったのか村瀬が銃弾を込め始める。


 ドサッ!


 音のした方が反射的に振り向くと、塀からラフな格好の若い男が落ちてきた。村瀬の足元だ。


『グアァァァァ』

「あ、これ終わったな」


 俺がそう言った直後、男に足をつかまれて村瀬がもがく。


『くそっ、放せ!』


 そうしている間に他のゾンビたちに囲まれ、


『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 肩を噛まれた。

 その瞬間、情報ウィンドウが光った。

 光が収まると、目の前には白い天井。村瀬が半身を起こして辺りを見渡すのに合わせて情報ウィンドウが揺れる。白を基調とした部屋で、壁際の棚には医療器具が収まっている。どうやらベッドの上に転送されたらしい。


『ここは……医務室か?』

『はーい、動かないでくださいねー。今ワクチン打ちますからー』


 白衣姿の若い女性が近づいてくると、村瀬の腕に注射を打った。


『ヤベェ! さくっと終わっちまった! つーか百万円プレイヤーじゃなかったら、今ので死んでたぜ!』


 村瀬がそう言った直後、ライブ配信が終わって情報ウィンドウが黒く染まった。


「おいおい、銃を持っててもあっさり死ぬのかよ……」

『銃使った結果がこれかw』

『やっぱ銃声で集まってくるんだろうな』

『百万円プレイヤーってなに? これ賞金一千万のはずだろ』

「あー、そういやリスナーにその説明してなかったな……まぁ簡単に言うと、ゲームをクリアしたときの賞金が違うんだ。一千万円プレイヤーがゾンビに噛まれたらその場でゲームオーバーになって、百万円プレイヤーは医務室に転送される仕組みなんだ」


 正確には違うが、パラレルワールドでデスゲームしてるとか言っても誰も信じちゃくれないだろう。今の状況じゃゲームの設定とか言われそうだ。


『これゴースティングとか大丈夫?』

「そうだな……俺の視点を利用されるのも怖ぇしな」


 リスナーにそう言うと、俺は情報ウィンドウを操作していく。

 ゴースティングといえば、配信しているプレイヤーと同じマッチに参加し、配信を見ながら配信者が不利になるように立ち回ることをいう。

 このままじゃ他のプレイヤーに俺がどこにいるかバレるし、今の装備も把握される。そうなったとき、戦いになればこっちが相当不利だ。


「ん? これは……このゲームのプレイヤーだけの視聴をブロックする機能があるぞ」


 設定を開いてみて良かった。これならなんとかなりそうだ。

 そう思った直後、


「って、は? 課金が必要だと……しかも百五十万円も……!?」


 俺は目を見開いた。


「ふざけた価格設定だろ、これ……! ふざけんな、こんな金、誰が払うんだよ……!」


 軽く憤っていると、課金メニューの横にこんな表記があった。


「なんか書いてるな……所持しているマネーコイン――は、さっきの五十万コインのことだろうけど、マネーコインで足りない場合は賞金から前借するシステムがあります、だと?」


 前借したままゲームオーバーになったら借金として徴収されるらしいが、そんなのは生きていればの話だ。


「やっぱ、命にはかえられねぇよな。ゾンビも怖いけど他のプレイヤーも何してくるかわからねぇし……」

『判断が早い!』

『マジかコイツ、さすが債務者の鏡』

「なにが債務者の鏡だ。ぜってぇ褒めてねぇだろ」


 苦笑しながらポケットから五十万円コインと取り出し、課金ボタンをタッチしてみる。

 するとコインが光の粒になって消え、賞金メニューの表記が九百万円に変わった。それに連動して配信画面の端に『他のプレイヤーの視聴を禁止』という表記が追加された。


「さっさと移動した方がいいだろうな。さっきまで見られてたし」


 だが今の武器はトンカチだけだ。これじゃあまりに心もとない。

 そこで俺は課金メニューを開いた。


「おっ、いっぱいあるな……拳銃にライフルに、鉈とか刀もある。銃は百万くらいするものもあるけど近接武器は高くても五十万円以下か……」

『銃!?』

『ゾンビにはショットガンだよな!』

『刀もかっこいいよなー』

「いや、金属バットにするからな。なんか熟練度が上がってるみたいだし、使いやすいし」


 盛り上がっているチャットには申し訳ないが、銃なんて撃ったことないし、素人が刀なんて扱えるわけがない。俺にできるのは精々バットを振り回すくらいだ。


「これで三万って、やっぱ高いよな……しょうがねぇさっさと買うか」


 金属バットを課金すると、テキストウィンドウに『残念』と表示され、四万五千円を消費したことを示す赤文字が浮かび上がる。その直後、手元に淡い光が走り、バットが転送された。


「なんか余計に金がかかったんだけど……!?」

『賭けに負けた?』

『草』

「もしかしてギャンブラーのアビリティのせいか? うわぁ課金怖ぇ……でもまだ必要なものがあるし買うしなねぇよ……」


 渋々課金メニューを見るとオススメ商品のページがあった。


「ゴーグルとレインコートが入っている感染対策セットか。これにしようか」


 更に課金すると、今度は『やったー!』という青い文字が浮かび上がって五千円が消費され、足元に段ボール箱が転送された。


「いや、こっちで半額になっても、嬉しくねぇよ……」

『やったーだってw』

『結果マイナス』

『課金でギャンブルとか終わっとる』

「お前ら好き放題いってくれるじゃん」


 リスナーにそう言うと、俺は段ボールを開けた。中に入っていた感染対策セットを身に着けていく。ゾンビの返り血が目に入ったら感染の危険があるからまずはゴーグルをつけた。

 それから黒いレインコートを着ると、俺は窓から庭に出た。


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