第12話



エレーヌの手際よい準備のおかげで、セレスタは数時間後、アルバリアの上流貴族たちが集まる大広間の一角に立っていた。豪華なシャンデリアの光が煌めく広間には、色とりどりのドレスを纏った貴族の令嬢たちが集まり、華やかな笑い声と囁きが飛び交っている。


「セレスタ様、こちらへどうぞ。皆様にお顔を見せるとよいかと存じます。」


エレーヌの優雅な誘導に従い、セレスタは中央の席へと向かう。初めて参加するお茶会ということもあり、どこか不安な気持ちが胸に渦巻いていた。しかし、その不安を悟られまいと、彼女は毅然とした表情を崩さなかった。


「まぁ……あの方がセレスタ様?噂に聞いていたよりずっとお美しいのね。」


「でも、戦場で剣を振るっていたなんて信じられないわ……あんな細い腕でどうやって?」


「魔法も使えないと聞いていたけど、本当なのかしら?」


あちこちから耳に届く囁き声に、セレスタは視線を動かさず、静かに微笑みを浮かべ続けた。どれもこれも、彼女に向けられる好奇の視線ばかり。だが、その中に何か異質なものを感じ取った。


一人、壁際に立つ令嬢が、じっとセレスタを見つめているのだ。深紅のドレスを纏い、金色の髪をきれいに結い上げたその女性は、他の者とは異なる眼差しをしていた。まるで、彼女の心の奥底を見透かすかのような、冷たい視線──。


「……あなたが、セレスタ様ね?」


その女性がゆっくりと歩み寄り、静かに問いかけてきた。彼女の目には、好奇心というよりも、敵意と呼ぶべきものが宿っている。周囲の令嬢たちが一瞬息を呑み、会話が途切れた。


「初めまして、わたくしはエミリア・エヴァンス。公爵リュシアン様の……幼馴染です。」


「……幼馴染?」


セレスタの表情がわずかに強張った。リュシアンには女性嫌いだと聞いていたが、それでも幼馴染という立場の者がいるというのは意外だった。しかも、その女性がこれほどの強い存在感を持っているとは……。


「ええ。子供の頃からずっと一緒でしたわ。リュシアン様にお目通りしているなら、彼のことをもう少し知っていてもよさそうなものだけれど……あまり親しくないようですね?」


エミリアの口調には棘が混じっていた。その言葉を聞いた瞬間、周囲の令嬢たちが興味津々とばかりに視線を向けてくる。セレスタがリュシアンとどのような関係であるか、皆が探ろうとしているのだ。


「リュシアン様とは……まだ、お互いをよく理解し合えていないのかもしれませんね。」


セレスタは穏やかに微笑みながらも、相手の挑発に乗ることなく言葉を返した。エミリアの表情にわずかな苛立ちが浮かんだが、すぐに冷たい笑みを浮かべ直す。


「それは残念ですわね。リュシアン様はとても繊細な方ですのよ。何も知らずに彼に近づけば、心を傷つけることになるかもしれないわ。」


「……そうですか。では、教えてください。彼を傷つけないために、私は何をすればいいのでしょう?」


その問いかけに、エミリアは一瞬言葉を失ったように見えた。まさか自分に助言を求めてくるとは思っていなかったのだろう。だが、すぐに口元を歪め、冷笑を浮かべる。


「そうね……まずは、無理に彼と接するのをおやめなさい。彼は誰にも心を開かないの。あなたのような魔法が使えずに剣を振るう女性なんて、特に嫌いなはずよ。」


剣を振るう女性……それは確かに、彼の苦手とするタイプだとわかっていた。だが、セレスタはその言葉をただ受け入れることはしなかった。


「でも、私は諦めません。彼に嫌われていても、避けられていても、私は彼とちゃんと向き合いたい。どんなに時間がかかっても、彼のことを知りたいと思っています。」


はっきりとした決意のこもった言葉に、エミリアは眉をひそめた。周囲の令嬢たちも、ざわざわと声を潜める。誰もがセレスタのまっすぐな瞳に動揺を隠せなかった。


「……あなた、思ったより頑固なのね。でも……そういうところ、彼が一番嫌いなタイプよ。」


吐き捨てるように言い放ったエミリアは、そのまま踵を返して去っていった。周囲の令嬢たちが彼女の後を追うように、まるで潮が引くように散っていく。




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