第9話(リシュアン視点)
「リシュアン、お前は少し言い過ぎたのではないか?」
王太子アルドリックの声が、リシュアンの耳に静かに響いた。リュシアンとアルドリックは訓練場を後にして、アルドリックの部屋まで転移した。
「殿下……私はただ、彼女がこの国で歓迎されることは難しいとお伝えしたまでです。」
冷徹な響きを持つその返答は、一見すると淡々としたものだった。しかし、アルドリックはそれを受け流さず、じっと彼を見据えた。王太子の瞳には、鋭い光が宿っている。彼がリシュアンを非難するときに見せる、稀な表情だった。
「それは理解している。だが、彼女をあまりに見下すような態度は控えろ。セレスタ王女は単なる客人ではない。」
リシュアンはその言葉に一瞬言い返そうとしたが、すぐに思い留まった。セレスタは、確かに『ただの異邦の王女』ではない。彼女はアルバリアとセラフィスの結束を象徴する存在。だが、理屈では理解していても、心の奥底ではどうしても割り切れないものがあった。
「……承知しました、殿下。」
リシュアンは小さく頷いたが、内心では納得していなかった。
彼が初めてセレスタと対面したとき――今でもその瞬間が脳裏に焼き付いている。豪奢なドレスに身を包み、堂々と玉座の前に立つ彼女を見たとき、リシュアンは不覚にも、彼女の美しさに目を奪われたのだ。
透き通るような銀色の髪は、まるで月光を浴びたかのように輝き、深い紫の瞳には底知れぬ強さが宿っていた。その威厳ある佇まいと、王女としての気品……。それは、アルバリアには存在しない、異国の洗練された美しさだった。
だが――
「美しさなど、戦場では何の役にも立たない。」
リシュアンは無意識のうちに呟いた。美しいがゆえに、彼はセレスタに嫌悪感すら覚えたのかもしれない。自身が女性を疎ましく思う性分を知っているリシュアンにとって、彼女は厄介な存在だった。どれほど優れた剣技を持とうとも、女性というだけで彼は自然と距離を置いてしまう。
そのため、訓練場で彼女の腕前を見たときも、彼はつい辛辣な言葉を口にしてしまった。彼女の剣技が目を見張るほどのものだと理解しながらも、女性であることを理由に正当に評価できなかったのだ。
セレスタの剣の技術、それだけは確かに認めざるを得なかった。彼女の動きは優雅で洗練されており、魔法を相手にしても一切の無駄がなかった。瞬時の判断力、卓越した身のこなし……そのすべてが、訓練を積んだ者でも到底真似できないものだ。
「彼女の技術だけなら、我が国の最精鋭とさえ肩を並べるだろう。」
アルドリックは、静かに言葉を投げかけた。
「だが、お前がそうやって彼女を侮っているうちは、決してうまくいかない。」
リシュアンは眉をひそめた。彼女を侮っているというつもりはない。しかし、アルドリックの言いたいことも理解できる。リシュアンがセレスタを正当に評価しなければ、アルバリア国内に悪影響を及ぼすのは目に見えていた。
「殿下。私はこの国に忠誠を誓った身です。王国のためならば、どのような役目も果たす覚悟はできております。」
リシュアンは低く頭を下げ、深々と礼を取った。その姿勢に偽りはなかった。彼はアルドリックの信頼に応えるためなら、たとえ自らの心情を押し殺してでも、従う覚悟がある。
「役目、か。まぁ今はそれでもいいさ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます