第8話
セレスタはレイナと向かい合いながら、周囲の視線をひしひしと感じていた。騎士たちの視線には期待もあれば、まだ彼女を軽んじる冷たいものも混ざっている。しかし、今のセレスタに怖れはなかった。むしろ、この瞬間を待ちわびていたと言える。
レイナと見つめ合い。言葉を発することなく始まった。
レイナが手を振り上げると同時に、いくつもの光が彼女の手から放たれた。紫色の閃光が幾筋もセレスタ目掛けて疾走する。魔法の放射は正確で、逃げ場がないように思われた。
だが――
セレスタはその場で軽やかに体をひねり、右から来た魔法を紙一重でかわした。次の瞬間には、足を踏み込み、左へと回り込む。彼女の動きはあまりにも自然で、まるで魔法の軌道をあらかじめ見透かしていたかのようだった。
「……っ!?」
レイナの表情が驚愕に変わる。魔法の猛攻をかわしきったセレスタは、剣を抜き放ち、わずかな隙を見逃さずにレイナへと一気に接近する。
周囲の騎士たちが息を呑む中、セレスタの剣が光を放つ。鋭い剣閃が、レイナの隙を一瞬で突いた。全ての動きが計算され尽くし、無駄が一切ない洗練された剣技。その動きには、彼女が単なる王女ではなく、これまでに幾多の戦闘を潜り抜けてきた『戦士』であることがありありと示されていた。
バランスを崩したレイナは、セレスタが最後に放った一撃であっけなく地面へと倒れ込んだ。
――静寂。
訓練場が水を打ったように静まり返る。誰もがセレスタの鮮やかな剣さばきを見届け、彼女をただ見つめることしかできなかった。彼らの視線には驚愕とともに、抱いていた偏見がぐらりと揺れ動く様子が浮かんでいる。
「……そんな……エリートのレイナが……」
「一体、どうやってあの魔法をかわしたんだ……?」
低いざわめきが、訓練場のあちらこちらで聞こえ始める。騎士たちは、目の前の光景が現実なのかを確認するかのように互いを見つめ合っていた。
そして――
「さすが、セレスタ王女。期待以上だな。」
その瞬間、重厚な声が場の静寂を破った。全員が一斉に入り口の方へと目を向ける。そこには、堂々たる姿の王太子とリュシアンが立っていた。リュシアンの表情には驚きがあり、王太子の口元には穏やかな微笑が浮かんでいる。
セレスタは慌てて礼をしながらも、冷静を保とうと努めていたが、胸の中の鼓動は高鳴っていた。まさか、この瞬間を二人に見られているとは思っていなかったのだ。
「リュシアン、お前の大事な忘れ物を届けてくれた上に、見事な腕前を披露してくれたようだ。……セレスタ王女、あなたの剣技、まさしく騎士団にふさわしいものだ。」
王太子の言葉に、周囲の騎士たちの間から再び小さなざわめきが起こる。今までただの「剣を振るうだけの王女」と思われていたセレスタが、王太子の前でその実力を認められた瞬間だった。
「ありがとうございます、殿下。」
「……さすがだな。」
重々しい空気を破り、リシュアンの声が響いた。その声は冷静そのもので、彼の表情もほとんど変わらない。
セレスタは思わず彼のほうを見たが、リシュアンはすぐに目を細め、冷徹な視線を彼女に向けた。その視線は、まるで彼女を試すかのようにじっと観察するもので、どこか無機質で温かみがない。
「剣術の腕は確かに優れているようだが……」
そこまで言ったリシュアンは、わずかに眉を上げ、彼女の全身を値踏みするように見つめた。
「 剣技に優れていても、君はこの国では異邦の者。今日の結果は、ただの戯れに過ぎない。」
その言葉は、まるで冷水を浴びせられたかのように冷酷だった。周囲にいた騎士たちがざわつく中、リシュアンは彼女の存在を軽くあしらうように言葉を続ける
「確かに剣の腕は見事だ……だが、我がアルバリアの戦士たちは魔法も扱える。君がどれほどの剣技を持とうとも、魔法を駆使する者たちが現れれば無力だ。」
セレスタの胸に、静かな怒りが沸き上がる。しかし、彼の冷徹な言葉を受け止めながらも、彼女はただその場でじっと耐えた。王太子の前で無様に感情を露わにするわけにはいかなかった。
「……それでも私には、剣しかありませんから。」
セレスタはわずかに視線を落とし、静かな声で答えた。その返答に、リシュアンの目が一瞬だけ鋭くなったが、すぐに冷たい表情を取り戻した。
「剣以外に何も持たない王女の居場所を見つけるのは、このアルバリアでは難しいだろうな。」
リシュアンはセレスタに背を向けると、周囲の騎士たちに向き直った。
「今日のところはこれで終わりだ。セレスタ王女の剣技が見られたのは貴重な経験だっただろう。しかし、ここは剣の道場ではない。我らが目指すのは魔法と剣の融合、真の戦士だ。彼女のような『剣士』がどれほどの価値を持つか、皆もよく考えておけ。」
彼の声は、訓練場全体に響き渡る。その冷徹な言葉は、セレスタをここで孤立させることを意図しているようにも聞こえた。彼の態度がいかに冷たいものであろうとも、セレスタは怯まなかった。
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