第4話
次にリュシアンと顔を合わせるのはいつになるのだろうと考えていたが、その機会は突然訪れた。
セレスタは緊張感に包まれた表情で、アルバリアの魔法騎士団の訓練場に足を踏み入れていた。騎士たちの視線が一斉に自分に向けられる。彼女は、執事から大切な書類だと言われたリュシアンの忘れ物を届けるために訪れたが...彼女の存在がこの騎士団でどう思われているか、すでに察していた。周囲の騎士たちの間で交わされる低いささやきや、冷ややかな視線が痛い。
「見てみろ、あれがセレスタ・ルクレシア王女か。剣は振り回せるが、魔法は使えないただの王女だ。」
「美しいだけの女だろう。どんなに剣が上手くても、魔法騎士団にはふさわしくない。」
「噂はやっぱり大袈裟だったな。」
セレスタは心の中で強く息を吸い込み、これ以上の無礼を耐え忍ぶことにした。その時、訓練場の中央から一人の女性が近づいてきた。彼女はレイナ・デュヴァルと名乗る、魔法騎士団のエリート騎士らしい。
「セレスタ王女がこちらに何用で?」
無礼ではあるが、穏便に済ませたい。
「...リュシアン様の忘れ物を届けに」
初めて彼の名前を呼んだだめ、若干声が緊張してしまった。
「忘れ物を……リュシアン様のためにわざわざ?それはご苦労なことですわ。」
彼女の声には、どこか小馬鹿にした響きが混ざっていた。それを感じ取ったセレスタの心は静かに波立ったが、表には出さず、ただ平然を装って微笑んだ。周囲の騎士たちは、二人のやりとりに興味津々といった様子で見守っている。
「たまたま家を出る時に目に入っただけで……騎士団の皆様のお仕事を邪魔するつもりはありませんでした。」
その返答を聞いて、レイナは小さく鼻で笑った。
「ほう、謙虚なことですわね。けれど……あなたの存在そのものがこの場にふさわしくないと感じている者も少なくないのですよ。」
彼女の言葉には明確な敵意が滲んでいた。それを受けて、騎士たちのささやきは再び活気づき、まるで獲物を前にした狼たちのように低く唸りを上げた。リュシアンとの婚姻が決まった時から、彼の騎士団員たちに歓迎されていないことは覚悟していたが、こうして直接敵意を向けられるのは、決して気持ちのいいものではなかった。
「それでも、陛下のご命令ですから。私も、この地でできることを尽くすつもりです。」
彼女はあくまで冷静を保ちながら、静かに言葉を続けた。相手の挑発には乗らない。これが王女としての矜持だと信じていたからだ。
レイナはその様子をじっと見つめ、次の瞬間、何かを決めたように目を細めた。
「……それなら、一つ見せてもらえませんか?何かを『尽くす』というのなら、その腕前を。」
「……腕前、ですか?」
セレスタが慎重に問い返すと、レイナは顎をしゃくり、訓練場の片隅に並べられた武具棚を指し示した。
「そう。ここはアルバリアの魔法騎士団の訓練場。剣でも魔法でも、実力を持たぬ者が立ち入る場所ではありません。王女であろうと、あなたの立場がどうであろうと関係ありません。ここで尊敬を得るのは、ただ一つ……『力』だけです。」
彼女の目は冷たく光り、その視線はセレスタを試しているかのようだった。周囲の騎士たちも一斉に彼女を見つめ、その瞳には好奇の色が浮かんでいる。
「なるほど……つまり、私に『力』を証明しろと?」
セレスタはゆっくりと視線を武具棚に移し、剣の柄に手をかけた。騎士たちが一瞬ざわついたが、彼女は構わずに剣を手に取った。それは普段自分が扱っているものよりも重く、バランスも異なる。しかし、かえってその重みが彼女の心を落ち着かせた。
(ここで退いては、彼らの見下す視線を肯定することになる。私は……)
「分かりました。お望みとあらば……少しだけ、お見せしましょう。」 彼女は深く息を吸い込み、心を静めた。
「お待ちください、セレスタ様。」
彼女は立ち止まり、声の主を振り返る。そこに立っていたのは、落ち着いた雰囲気を持つ年配の騎士だった。彼の柔らかな表情と穏やかな声は、先ほどまでの冷ややかな視線とは対照的で、ほんのわずかにセレスタの心を和らげた。
「よろしければ、騎士団の訓練用の服をお貸ししましょう。」
「え……?それは、ありがたい申し出ですが……」
彼の提案にセレスタは一瞬驚いたが、すぐにその意図を理解した。華やかなドレスは動きづらく、剣を使う際には圧倒的に不利になる。騎士たちから軽んじられないためには、身軽な服装が必要だと分かっていたが、他人の助けを借りるのもためらいがあった。しかし、周囲の視線がますます厳しくなる中、このまま退くわけにはいかないと、覚悟を決める。
「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。」
セレスタは毅然とした声で答え、騎士の案内に従って更衣室へと向かった。手渡されたのは、シンプルで機能的な魔法騎士団の女性用訓練服だった。深い藍色を基調とし、身体の動きを制約しないデザイン。腰には細身のベルトが巻かれ、裾には美しい銀の刺繍が施されている。袖を通してみると、意外にもその素材は柔らかく肌に心地よい感触があった。
(これが……騎士たちが普段着ているもの……)
セレスタは服の感触を確かめながら、ゆっくりと鏡の前に立った。ドレスからこの騎士団の服へと着替えたことで、気持ちが引き締まるのを感じる。優雅な王女の装いではなく、一人の戦士としてこの場に立つ覚悟が、服装によってさらに強まったように思えた。
着替えを終え、更衣室を出ると、先ほどまで冷ややかな視線を向けていた騎士たちの表情が僅かに変わっているのを感じた。彼女の姿は、今やただの飾り物の王女ではなく、この場で己の力を証明しようとする『挑戦者』のそれだった。
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