第3話


 謁見の後、セレスタはアルバリアの王城から公爵邸へと移動することになった。再び転移魔法の光が彼女を包み込むと、次の瞬間には壮麗な大邸宅の玄関に立っていた。




 白亜の大理石でできた邸宅の前で、リュシアンが冷たく言い放つ。


「私は用事があるので失礼する。」


 その言葉にセレスタは一瞬、驚いたようにリュシアンを見上げたが、彼の表情には何の感情も浮かんでいなかった。まるで自分を見ても何も感じないかのような無機質な瞳。セレスタはわずかに眉をひそめたが、何も言わずに軽く頷く。



「分かりました。それでは、お先に。」


 リュシアンは何も言わず、ただ視線をそらした。


 広々とした玄関ホールでは、数人の使用人たちが整然と並んで彼女を出迎えていた。


 その態度はどこまでも礼儀正しく、無礼な素振りは一切なかった。彼らは静かにセレスタに挨拶をし、彼女を新しい居室へと案内した。セレスタの荷物もすでにすべて整えられ、居室内の調度品はどれも高級感あふれるものばかりだった。


「こちらが今後お使いになる部屋でございます。何かご不明な点やご要望があれば、どうぞお申し付けください。」


 メイド長と思われる女性が、落ち着いた口調で告げる。その声に温かみはなく、あくまで職務を淡々とこなしているかのような響きがあった。セレスタは軽く微笑みながら頷いた。


「ありがとうございます。お心遣いに感謝します。」


 こうして、公爵邸での生活が始まったものの、その初日から冷たい孤独感がセレスタを包んだ。




 その日の夜、セレスタは夕食のためにダイニングルームに招かれた。広々とした部屋の中央に置かれた長いテーブルの端に座ると、リュシアンともう一人、見知らぬ若い男性がすでに席についていた。黒髪と青い瞳を持つその青年は、リュシアンに似た整った顔立ちをしており、彼女をちらりと見ると、わずかに頭を下げた。



「……初めまして。セレスタ様ですね。僕はリュシアンの弟、アルバートです。」


 彼の声は穏やかだったが、どこかぎこちなさが感じられた。セレスタは微笑みを浮かべながら軽く会釈を返す。



「お会いできて光栄です、アルバート様。」


 その短いやりとりの後、テーブルには再び沈黙が訪れた。リュシアンはまるで彼女など存在しないかのように視線を皿に落とし、食事を淡々と進めていた。アルバートもまた、兄の様子を伺うように、言葉を発することはなかった。


 セレスタは内心でため息をつきながら、黙々と食事を取った。重苦しい沈黙の中での夕食は、彼女の覚悟を揺るがすものではなかったが、それでも一抹の孤独感を感じずにはいられなかった。


 こうして、彼らの最初の夕食は、ほとんど会話のないまま静かに終わった。





 セレスタが風呂から上がり、自室のベッドに腰掛けていたとき、ドアが静かにノックされた。扉を開けた先には、初老の執事が立っていた。


「失礼いたします、姫様。こちらをリュシアン様よりお預かりいたしました。」


 彼は恭しく一通の手紙を差し出した。封を切ると、簡潔な文字が並んでいる。




『必要なものがあれば、この執事に言ってくれ。夕食を共にするのは今日限り。以降は君と顔を合わせることはない。私とアルバートには近づかないでくれ。好きにして構わないが、決して迷惑をかけるな。——リュシアン』





「……はぁ。」


 セレスタは思わず呆れたように笑みを浮かべた。彼らしいといえば彼らしいが、ここまで露骨に距離を置かれるとは思わなかった。


(迷惑をかけるな、ですって?)


 まるで邪魔者扱い。だが、今さら何をどう言われようと、彼女がすることは変わらない。セレスタは手紙をくしゃりと握りしめ、投げ捨てたくなる衝動を必死にこらえた。


「分かりましたわ、公爵様。あなたには近づかないようにいたします。」



 その呟きは誰にも聞こえない、小さな反抗の言葉だった。





こうして、リュシアンとの生活は始まったものの、彼と顔を合わせることは一切なかった。邸内で偶然にすれ違うこともなく、彼がどこで何をしているのかすら知らされなかった。唯一の家族であるアルバートとも会話を交わす機会はほとんどなかった。


結婚式は事情があって一年半後に設定されており、今すぐに何かをする必要もなかった。何の仕事も、役目もなく、ただ淡々と時間が流れるだけの生活。


(こんな毎日を過ごすくらいなら……)


彼女は密かに剣の練習を再開した。邸内の人目に付かない中庭で、素振りを繰り返し、体力と感覚を取り戻すことに励んだ。


剣を握っているときだけは、彼女は王女という立場を忘れ、自分自身に戻れるのだ。


(剣を振るうことしか、私にはできないもの。)


孤独の中で、セレスタは自分自身と向き合いながら、ただひたすらに耐え続けていた。






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