第3話

 アルバリアとの婚姻の準備は恐ろしいほど早く進んでいた。相手の顔が描かれた釣書が手元にあるというのに、セレスタはそれを一度も開くことなく、自室の引き出しに閉まったままにしていた。


婚姻を結ぶ相手は、王族ではなく、アルバリアの公爵家らしい。既にあちらの王太子には婚約者がいることもあり、色々配慮された結果である。




 アルバリアへと旅立つ朝。周りは慌ただしく準備をしていた。


「姉上、どうかお元気で.....落ち着いたら手紙をください。」


セレスタは弟のテオドールに向かって微笑む。


「分かったわ。」




「セレスタ...どこにいても、お前らしく、誇り高く生きろ。」


兄のアルフレッドは優しく彼女の肩に手を置いた。彼の言葉には、彼女への深い信頼と愛情が込められていた。


「お兄様...。」セレスタはその手の温もりに心を和ませる。



「国のために、私が頑張らなければ。」彼女は小さな声で呟く、兄はその様子を見て、彼女の心の内を理解しているかのように、じっと見守っていた。






 馬車で揺られること数時間、セラフィスとアルバリアの国境へとたどり着いた。




 周囲の風景は少しずつ変わり、今目に映るのはアルバリアの堅牢な城壁と、厳格な雰囲気を漂わせる兵士たちの姿。



冷たい空気が肌を刺すように感じられ、セレスタはその場に立つだけで、自分が異国の地に足を踏み入れたことを実感した。


「これより転移魔法を使用し、アルバリア城内へとお送りいたします。」


 アルバリアの兵士の声が静かに響く。セレスタは深く息を吸い、こわばる肩をわずかに下ろした。これから待ち受ける新しい生活。彼女は覚悟を決め、僅かに震える手をそっと握りしめた。



 光の揺らぎと共に、彼女の視界は一瞬で別の場所へと変わった。


 目の前に広がるのは、まばゆいほどに白く輝く大理石の床と、荘厳な装飾が施された広間。そして、広間の中央には男性が立っていた。



「セレスタ・ルクレシア王女、ようこそアルバリアへ。これから陛下の元へお連れします。」



それだけ告げると、彼はすぐに背を向けて歩き出した。





黄金色の刺繍が施された深紅の絨毯が広がるその空間には、アルバリアの王——アレクシスが玉座に鎮座していた。年齢を感じさせる白髪と威厳ある顔立ちは、彼がアルバリアを統治する冷厳な支配者であることを物語っていた。



「セレスタ・ルクレシア王女、我が国へようこそ。」王は低く響く声で言った。その視線はまっすぐセレスタに注がれていたが、その奥には冷たい探るような光が宿っていた。


「……ありがとうございます、陛下。」セレスタは礼儀正しく頭を下げた。だが、謁見の間に並ぶ廷臣たちの視線もまた、彼女に向けられた刃のようだった。











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