第26話「魔王が登場したけど、理想の姿が大暴走した件」


「さて、そろそろ魔王が現れる頃だな」


 神様が飄々と言うものだから、茜とアレックスは思わず目を見合わせた。魔王? 急にそんなラスボスみたいなやつが出てくるのか?


「ちょ、ちょっと待って! 魔王って急に出る感じのものじゃないでしょ? もっと事前に予告とかあるもんじゃないの?」


 茜はパニック気味に神様に問いただすが、神様は軽く肩をすくめてみせた。


「いやぁ、予告してたらつまらないじゃん? サプライズの方が面白いだろ?」


「いや、面白くないし! 本気で戦わなきゃいけないんだよ!」


 アレックスも困惑気味にツッコむが、神様はあまりにマイペースだ。そんなことを話していると、突然空気がピリつき始めた。


「ふはははは! よくぞここまでたどり着いたな!」


 巨大な声が響き渡り、地面が揺れる。茜とアレックスは思わず身構えた。目の前に現れたのは、黒いオーラをまとった恐ろしげな魔王だった。背丈は茜の3倍はあり、赤い目が光っている。


「こ、これが魔王……?」


 茜はその威圧感に圧倒されながらも、ふと思い出す。そうだ、神様からもらった「鏡」がある。これを使えば、何とかなるかもしれない。


「アレックス、鏡使うわよ!」


「おう、いけ!」


 茜は慌てて鏡を取り出し、魔王に向けて掲げた。鏡はすぐに反応し、魔王の「理想の姿」を映し出す。


 しかし、映し出された姿は――


「え、嘘でしょ……」


 そこに映っていたのは、なんと小柄でかわいらしい姿の魔王。つるっとした頭に大きな瞳。まるで「魔王界のアイドル」みたいな見た目になっているではないか。


「ふははは! 我が理想の姿はこれだ!」


 魔王は自信満々にその姿を見つめているが、茜とアレックスはあっけにとられてしまう。こんな小柄でかわいい魔王が、世界を征服するなんてどう考えても無理だろう。


「いやいや、どう見てもその姿じゃ征服とか無理でしょ!」


 茜は思わず突っ込みを入れるが、魔王は全く動じない。


「ふむ、この姿こそが真の美であり、力だ!」


「全然怖くないし!」


 アレックスも頭を抱えた。理想の姿って、こんなにギャップがあるものなのか?


 ところが、鏡はまだ終わっていなかった。鏡が再び光り始め、茜とアレックスの姿も同時に「理想の姿」に変わっていく。茜は自分の美しい姿を見て「まあ、これならいいか」と思ったが、アレックスは――


「うわっ、何だこのムキムキの俺は!」


 アレックスはまるでプロボクサーか、筋肉バカみたいな姿になってしまっていた。筋肉がモリモリで、服が今にも破れそうだ。


「おい、これって俺の理想か? 俺こんなの望んでないぞ!」


「もう何でもいいから、その姿で戦ってよ!」


 茜は必死で冷静さを保とうとしながら、鏡を手に魔王に向き直る。しかし、魔王は自分のかわいい姿を気に入ったようで、全く戦う気配を見せない。


「ふはは、我がこの美しき姿の前に、誰もがひれ伏すだろう」


「ひれ伏すどころか、ただのマスコットにしか見えないよ!」


 茜とアレックスは、もはや真剣に戦う気力を失いつつあった。魔王が完全に自分の世界に入り込んでいるため、どうにも勝負が成立しない。


「おーい、茜、アレックス。そろそろその鏡をしまった方がいいかもな」


 神様がどこからか声をかけてきた。


「え? なんで?」


「だって、その鏡、理想の姿を反映しすぎると現実に影響しちゃうんだよ。ほら、見てみ」


 神様の言葉に従って周囲を見渡すと、なんと、街の建物が次々と「理想の形」に変わっていた。家々がキラキラとしたお城に変わり、道路は光り輝く道へと変貌していた。


「何これ……!」


「だから、使いすぎは禁物って言っただろ? 理想が現実になると、混乱するからね」


 神様はそう言いながら、にこにこ笑っている。


「おい神様、これどうすんだよ!」


 アレックスが怒鳴るが、神様は悠々と指を鳴らし、鏡を消した。瞬間、街も元の姿に戻っていく。


「ふぅ……」


 茜とアレックスは安堵のため息をついた。


「これで一件落着だな」


「いや、絶対落着してないでしょ!」


 茜が最後の力を振り絞って突っ込むが、神様は全く気にしていない。魔王もかわいい姿のまま、何もする気配はない。


「とりあえず、今日はここまでにしておこう。魔王との決着はまた今度な」


 +++++


 次回予告:「フェスが完全にカオスな件」

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