第11話「勇者、試験でまさかの展開に遭遇する件」


「勇者としての覚悟を問う試験、それは――スライム討伐だ!」


 王様の高らかな声が響き渡る。茜とアレックスは、広大な王城の庭に放り出され、目の前には透明でプルプルしたスライムが数匹、ぴょんぴょんと跳ねていた。


「え、スライム!? こんなの、子供でも倒せるんじゃ……」


 茜は戸惑いながら、スライムをじっと見つめた。王様から出される試験としては、あまりにも簡単すぎるように思えたからだ。


「ま、まぁ、スライムくらいなら楽勝だよな」


 アレックスも余裕の表情を見せている。しかし、タクトはその様子を見てニヤリと笑った。


「おっと、茜ちゃん。油断しちゃダメだよ。これはただのスライムじゃないからさ」


「は? ただのスライムじゃないって……これが?」


 茜が不思議そうにタクトを見やると、タクトは指を鳴らしてスライムを指差した。


「こいつら、特殊スライムなんだ。普通の攻撃じゃ倒せないよ。それどころか、もし倒そうとすると……」


「すると?」


「まぁ、見てのお楽しみってことで!」


 タクトはズボラな笑みを浮かべ、全く説明する気がなさそうだった。


 +++++


「とりあえずやってみよう!」


 アレックスが勇ましく剣を構え、スライムに突撃した。渾身の力で剣を振り下ろし、スライムに直撃――かと思いきや、スライムの体はぐにゃりと剣を吸収し、アレックスの剣がぷすっと消えてしまった。


「え、剣が消えた!?」


 アレックスは呆然として剣の消えた場所を見つめていたが、次の瞬間、スライムが跳ね返って剣を逆方向に吐き出した。


「うわっ!」


 剣は飛び出し、アレックスの頭上を掠めるように通過して地面に突き刺さった。危うく致命傷になりかけた彼は、慌てて後ずさった。


「なんだこれ!? ただのスライムじゃないぞ!」


「だから言ったでしょ? 特殊スライムって」


 タクトは無責任に肩をすくめ、楽しそうに見ている。


「どうしよう……これ、どうやって倒せばいいの?」


 茜は焦りながらスライムを観察するが、今までに見たどのモンスターとも違う。普通の武器は全く効かない。


「ええい、なら魔法だ!」


 アレックスが思い切って魔法の詠唱を始めた。火の魔法を放とうとしたその瞬間――スライムが突然、彼の言葉を真似して叫んだ。


「ファイヤーボール!」


「えっ、スライムが喋った!?」


「やばい! やめろ!」


 しかし、スライムは自らに火の魔法を放ち、燃え上がった。しかし、その炎は全く効かないばかりか、逆にどんどん大きくなり、周囲を巻き込んでしまった。


「うわぁ! 火事だ!」


 アレックスが慌てて逃げるが、スライムはどんどん燃え広がっていく。


「えぇ!? どうすんのこれ!? 私たち死ぬんじゃない?」


 茜は絶望的な気持ちで叫んだが、タクトはまだ楽しそうに笑っている。


「ほら、だから言ったでしょ? 普通じゃ倒せないって」


「そんなの聞いてない! 消火器とかないの!?」


「消火器? ないない、そんな現代的なものここにはないよ」


 タクトは手を振りながら、全く協力する気配を見せない。


 +++++


 そのとき、王様が突然庭に戻ってきた。彼は豪快に笑いながら、茜たちに手を振っている。


「おお、いいぞ、勇者候補たち! この試練をどう切り抜けるか見せてもらおう!」


「え、王様これ見てるんですか!? 消火とかしなくていいんですか!?」


 茜が叫ぶが、王様はただ笑っているだけで、全く助ける様子はない。


「これ、まさかドッキリとかじゃないですよね……?」


 茜は疑念を抱きつつも、なんとか事態を収拾しようと考えを巡らせる。しかし、燃え広がるスライムは止まらない。


 +++++


「よし、茜ちゃん。君にヒントをあげよう」


 タクトが急に真面目な顔をして言った。


「え、何?」


「このスライムはね、愛で倒せるんだ」


「愛!? なんでそんなベタな展開になるのよ!」


 茜は絶句したが、タクトは真剣な表情を崩さない。


「うん、愛だよ。ほら、スライムにも心があるんだ。優しくしてあげれば、自然に消えるはずさ」


「いや、そんなメルヘンな話信じられないんだけど!?」


「ま、試しにやってみなよ」


 ズボラな神様の言葉を信じるか否か――茜は迷ったが、他に手段もない。覚悟を決め、スライムに向かって優しく声をかけた。


「えーっと……スライムちゃん、そんなに怒らないで……お願いだから、鎮まってね?」


 するとどうだろう――スライムは突然動きを止め、プルプルと震え始めた。そして、まるで子供が泣き出すかのように、ポタポタと涙を流しながら、しぼんでいった。


「え、ほんとに効果あったの!?」


 茜は驚いたが、スライムはすっかり消え去り、火事も収まっていた。


「だから言ったでしょ? 愛が大事なんだって」


 タクトは再びズボラな笑みを浮かべていた。


 +++++


「よし! 試験は合格だ! よくやった、茜よ!」


 王様は満足げに茜たちを称賛したが、茜はまだ信じられない顔をしていた。


「こんなふざけた試験、本当にこれで合格なの?」


「そうだとも。勇者には『柔軟な発想』と、『愛』が必要だからな」


 王様の言葉に、茜は呆れて笑うしかなかった。


 +++++


 次回予告:「勇者、愛を学んだと思ったら次はやっぱりバイトだった件」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る