第10話「勇者、就職活動に挑む件」
「ついに来た……この日が!」
茜は城門前に立ち、ぐっと拳を握りしめた。あれから幾多の借金を返済し、強制労働も乗り越えた茜とアレックスは、ようやく「勇者としての正規雇用」を目指し、王城での面接に挑むことになったのだ。
「でも、面接って勇者にもあるんだね。普通、王様が召喚して終わりじゃないの?」
「いや、最近は人手不足だからね。ちゃんと適性を見ないと、魔王討伐もうまくいかないらしいよ」
アレックスは、やや不安そうに答える。茜も同様に、これまで借金や労働に追われていた自分たちが本当に「勇者」としてふさわしいのか疑いを抱いていた。
「でも、勇者ってそんなに普通の仕事みたいな感じだったっけ?」
「まぁ、異世界もいろいろあるんだろうな」
二人が不安を感じている間も、城の門は堂々と目の前にそびえ立ち、彼らを待っていた。
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王城内の面接室に通されると、驚くほど事務的な雰囲気が漂っていた。大きな机を挟んで座っているのは、片手に書類を抱えた官僚風の男性と、その隣にいる――どこかで見覚えのある顔。
「ちょっと、またあの神様じゃん!」
茜は思わず声を上げた。そう、その隣に座っていたのは、ズボラな神様・タクトだったのだ。
「おっ、茜ちゃん。今日は面接官の助っ人として呼ばれたんだよ」
「助っ人って、神様が何でここにいるの?」
「王様に頼まれてさ、異世界転生の専門知識を活かして適性を見てくれって。ほら、俺って選ばし神でしょ」
タクトは得意げに笑っているが、茜はまったく安心できなかった。
「じゃあ、早速だけど、茜ちゃんたちの経歴を聞かせてもらおうか。どういう魔王討伐経験がある?」
官僚風の面接官が、事務的に問いかけてきた。茜は一瞬考えたが、今のところ「魔王討伐」どころか、「討伐」の経験自体がほぼないことを思い出す。
「あの……実は、まだ魔王討伐どころか、魔物すらちゃんと倒したことなくて……」
「え、マジで? それで勇者名乗ってたの?」
官僚たちはため息をつきながら、書類に何かを書き込んでいる。
「まぁ、でもね、ここは面接だから。やる気とか、将来性を見て決めるから安心して」
タクトが軽く肩をすくめる。
「将来性って……じゃあ、私たちまだ採用されるかもしれないってこと?」
「もちろん、チャンスはあるよ。ちゃんと『勇者として』のポテンシャルを示せばね」
茜は少しほっとしたが、実際に何をすれば「ポテンシャル」を示せるのか分からない。
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「じゃあ、次の質問だ。君たちがもし魔王と対峙したら、どういう戦略で戦う?」
官僚が次の質問を投げかける。茜とアレックスは顔を見合わせ、互いに答えを求めたが、しばらくの沈黙の後、アレックスが口を開いた。
「えっと……その、勇者らしく、正面突破で戦います」
「正面突破ね……ふむ」
官僚は納得していない表情で、さらに何かを書き込んでいる。
「そっかそっか。まぁ、正直に言うのはいいことだ。でも、茜ちゃん。君が借金返済やら強制労働やらを乗り越えてきたのは事実だろ? それを何かこう、アピールポイントにできない?」
タクトが身を乗り出してアドバイスをくれるが、茜は思わずため息をついた。
「うーん、たしかにいろいろ乗り越えてきたけど、それで魔王と戦えるかどうかは別の話じゃない?」
「まぁ、たしかにね。だけど、何でも経験は活かせるってことだよ。ほら、自己啓発セミナーでも言ったじゃん」
タクトが思い出したように言うが、茜は思わず苦笑した。
「自己啓発が魔王戦に役立つとは思えないけど……」
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そのとき、突然部屋の扉が開き、予期せぬ人物が入ってきた。それは――なんと、王様その人だった。
「おお、これが今回の勇者候補か!」
王様は立派なひげを撫でながら、茜たちを見下ろすように微笑んだ。
「そ、そうです! 私たちが勇者を目指して頑張ってる、茜とアレックスです!」
茜が慌てて自己紹介すると、王様は満足そうに頷いた。
「うむ、素晴らしい。やる気が感じられるぞ! だが、ひとつ確認したい。君たちは本当に勇者としての覚悟があるのか?」
茜は一瞬戸惑った。覚悟……。今まで借金返済や強制労働に追われていたが、果たして自分は勇者としての覚悟ができているのだろうか。
「もちろんです!」
思わず茜は力強く返事をしたが、その言葉には不安が少し混じっていた。
「うむ。では、試験だ。これに合格すれば、君たちを正式に勇者として任命しよう!」
王様が合図を送ると、どこからともなく現れた騎士たちが、二人を外へ連れ出した。
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「え、試験って、今から?」
「まぁ、王様も忙しいからね。これくらいの急な展開はよくあるよ」
タクトが軽く言うが、茜の頭は混乱していた。
「準備もなしに……どうすればいいんだろう」
「大丈夫だって、茜。これまでいろいろやってきたじゃん」
アレックスが励ますが、茜の心はまだ不安でいっぱいだった。しかし、この試験を乗り越えなければ、正式な勇者になれない――それだけは確かだ。
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次回予告:「勇者、試験でまさかの展開に遭遇する件」
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