8,生きるのは
「幻とか幻想とかっていうよりは、イマジナリーフレンドって言った方が近いのかな?」
「……………」
「イマジナリーフレンドって知ってる? 想像上の友達のことなんだけど、ショックなことがあったときにできたりもするんだって」
「……………」
「何か言ってよ、透夜くん」
まだ沈んでいない太陽が、みぞれの視線が、俺に痛みを与える。
「そんなに悲しいの? 透夜くんにとって明路ちゃんって、そんなに大事な存在だったんだね」
「………………、……俺は」
言葉を、絞りだす。熱い鉄球を吐き出すような気分だ。
「明路のおかげで……、ここまで生きてこられた」
「うん」
「大げさじゃなくて、本当に、……明路のために生きてた。なのに――」
気づかないうちに、両目から涙が零れていた。目から頬を、熱が伝う。
「なのにもう、会える気がしないんだ……! 明路が俺の前に現れたのは、全部俺の妄想で、幽霊なんかじゃなかった。ずっと気づいてたけど、今までは知らないふりをしてたんだ」
「そっか」
「でも、それをちゃんと理解させられたから、もう、見えないんだよ! あいつはもういないって、解ってしまったから! だから……、これからどう生きていけばいいのか――」
「大丈夫だよ」
みぞれが俺の背を、頭を、包み込む。明路の正体を知ってしまったのは、こいつのせいなのに、その体温はどうしようもなく暖かくて、心地いい。
溺れてしまいたい。
「私がついてるから。これからは、私が透夜くんを支えてあげる。明路ちゃんの代わりになろうなんて、おこがましいことをするつもりはないけどね」
「で、でも――」
そんなことをさせてしまったら、きっと迷惑だろう。数日前に知り合ったばかりだというのに、そんなこと……。
「なんで、そこまでするんだよ。俺なんかのために、なんで」
「私は、透夜くんのためならなんだってできるよ」
みぞれが一層強く、俺を抱きしめる。
「な、なんで、そんな――」
「あーもう、なんでなんでって、しつこいよ。子供じゃないんだから。自分で考えなよ」
「あ、はい……ごめんなさい」
優しいと思ったら厳しくなって……。表情が見えないのもあって、言葉の真意がわからない。自分で考えろというのは、無理な話だ。
「とりあえず、泣き止むまではこのままでいてあげるから。好きなだけ泣きなよ」
「わかった……、ありがとう」
抱きしめられながら、静かに涙を流す。
今度は、抱き合うことができた。
「それで、透夜くんはどうしたいの?」
俺がひとしきり泣いて、それから二人で並んでブランコに座ったとき、そう質問された。みぞれのブランコは、すでに大きく揺れている。
「どう生きていいか分からないって言っても、でも、やらなきゃいけないことはあるんでしょ?」
「ああ……そうだな」
雨夜への復讐。ずっと掲げている目的が、まだ達成できていない。
「あいつに復讐しようって言ってくれたのは、明路なんだ。そのためにお金をためて、カメラを買って。その努力ができたのも、いじめに耐えることができたのも、明路のおかげなんだ」
もしも明路がいなかったら、自分の意思で、孤独に、みぞれの理想とは正反対な自殺をしていただろう。
「俺は、明路のおかげで生きてこられたし――、明路のために、生きてきた。だから俺は、明路の遺志を――、復讐をやり遂げたい。たとえ明路が、幻とか、イマジナリーフレンドだったとしても」
「うん……。じゃあさ」
唐突に、みぞれがブランコの動きを止める。俺の目をしっかりと見つめて、言った。
「どうする? おねーさんがお手伝いしてあげよっか?」
お手伝い、か……。前は迷わず断ったが提案だ。
「手を、借りてもいいか?」
「うんっ、もちろん!」
みぞれは、笑顔で俺の頼みに答えた。
「――――。ああ」
不意に、気が付いた。
毎日毎日、雨夜に殴られて、唯一の希望だった明路も、いなくなって……。それでも。
こいつが笑ってくれるなら、生きるのも悪くないかもしれない、と。
……だけど、仮にそうだったとしても、誰もそんなことは望んでいない。
もちろん、俺も含めて。
「もし、ちゃんと復讐できたら……。一緒に、逝こう」
自分に言い聞かせるように、気持ちを確かめるように、言った。
もう、嘘なんてつかない。
「そうだね。どこまでも、一緒に」
生きるのは、もうやめだ。
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