「まおうになったゆうしゃのおはなし」

海乃シト

第1話

まず、前提から話そう。ここは我々人間の住む「宇宙」そのものに存在しない、とある世界。そこには人がいる。魔法がある。神がいる。魔族が、魔人が、そして魔王がいる。そんなファンタジーの世界での話。


 あるとき、突如として世界に魔王なる者が現れ、魔族や魔人――ここでは統一して魔族と言おう――を使役し、現れて一年足らずで世界の多くは魔族に支配された。戦争をしていた国々はピタリと停戦を宣言、手を取り合い共に魔族を滅ぼすことを決意した。

 またあるとき、突如として世界に勇者なる者が現れた。勇者は自国の王都で国王に会わせろと駄々をこね、興味をもった国王が眼前へと通した。すると、勇者はこんな陳腐なことを言ったそうだ。

「俺と、他に戦士、僧侶、魔法使いの仲間がいれば、俺達は魔王を倒し、魔族を滅ぼすことができる」

 聞けば、勇者は神から授かった「ちーとのうりょく」なるものをもっているそうだ。これを利用しない手はない、と考えた国王は国内で指折りの僧侶と、他国にも応援を呼びかけ、魔法使いと戦士も派遣し、勇者を旅に出した。勇者は「ちーとのうりょく」を持っていたが、授かったばかりで立ち回りがうまくなかった。だが旅路を進み、強敵と戦い、その力を存分に発揮できるようになった。

 勇者一行は旅から出発し四年後、魔王城まで辿り着いた。そこには四天王と呼ばれる、魔王に直接力を授けられた魔族がいた。一角は地獄の公爵として名高い悪魔。一角は人語を理解し、喋り、同じ種のものからは逸脱しているほどの力を放った漆黒の龍。一角はありとあらゆる「呪い」を操るドュラハン。一角は毒を用いて相手を削っていく八首の大蛇、ヒュドラ。そして最後に待ち構えるは、魔族の長にして頂点、魔王。

 地獄の公爵は体力が削られながらも討伐、漆黒の龍との戦闘にて魔法使いが決め打ちとして火力勝負をし、魔法使いと龍が相打ちになり魔法使いが死亡、龍の討伐に成功。ドュラハンとの戦闘では勇者に向けられた呪いを戦士が庇い、そのまま討伐、後に戦士が死亡。ヒュドラ戦にてギリギリ討伐するも、勇者の解毒を優先した僧侶が毒によって蝕まれた体に嫌悪感を抱きつつ死亡。魔王との勝負は勇者との一対一となった。結論から言うと、「ちーとのうりょく」を体が壊れるほど最大限駆使しながら戦い、満身創痍になってしまったが、勇者の勝利となった。

 勇者は国に帰ると熱烈な歓迎を受けた。勇者は手配された馬車で王城へと向かっていたが、その馬車でこのようなことを言っていたと記録がある。

「みんな死んで、俺だけ生き残っても。俺だけが帰ってきても、意味がないんだ。外を見てみろ。みんな歓迎しているのは『勇者様』であって『勇者一行』じゃない。歓迎されるべきなのは俺だけじゃないんだ。そのはずなんだ」

 悔しそうに、唇を噛み締めてそう言葉を零していたそうだ。

 やがて王城へたどり着き、国王は勇者へ問た。「褒美は何か」、と。勇者は答えた。

「魔族に脅かされることがなく、平和に過ごせるのであれば、俺は褒美はいらない。強いて……そう、強いて言うならば、また『勇者一行』として四人で旅ができればそれでいい。不可能でしかない。だけど、俺にはそれ以外、何もいらないんだ。富も名誉もいらない。階級もいらない。また四人で旅をできるのならそれでいい」

 それを聞いた国王はその願いをいつか叶えると約束した。国王はその後近隣の魔法大国へ「人を蘇らせる魔法はあるか」、と相談を持ちかけた。魔法大国の王は告げた。

「あるにはある。だが、人を蘇らせることは禁忌だ、あってはならない」

 それを聞いた国王は、勇者のためだと言ってさらに交渉する。

「勇者のため?確かに勇者様は偉大なお方だ。なにせ、あの魔王を討伐したのだから。もちろん、他の仲間たちも大層偉大だったのだろう。彼女も……我が国の魔法使いもそうだった。だが、禁忌は禁忌。それを自国ならまだしも、他国に教えるなど不可能だ」

 そう言い切った魔法大国の王に対し、国王は激昂した心を抑え込みながら国へ帰った。そして翌年。

 その二国間で戦争が起きた。全ては勇者のため。だというのに、その戦争には勇者も出陣しなければならなかった。魔法大国は大層強かった。だが、相手には勇者がいる。勇者に勝る者など、その時点では誰一人としていなかったのだ。

 魔法大国は同盟を結んでいた武闘国へ協力を呼びかけ、その武闘国も戦争に加わるようになった。武闘国は戦士の故郷だった。

 やがて勇者はこう思うようになっていった。

「なぜ、人に平和を与えなければならない俺が不幸を与え、魔族を滅ぼすべき俺が人を殺しているんだ?」

 次第に勇者はその思考で頭がパンクしそうになり、そして破裂した。

「そうだ、人間を滅ぼせばいい」

 人を滅ぼせば平和になる。人間がいなくなれば人を殺す必要がなくなる。考えれば本末転倒なわけだが、勇者にはそのようなことすら考えることはできなかった。

 勇者はまず自国の仲間を殺した。一人で戦場へ行き、魔族以外には決して使わないと決めた「チート能力」で魔法大国と武闘国の兵士を皆殺しにした。そして、誰一人としていない戦場にたった一人立っている勇者は、高らかと宣言した。

「俺は――魔王になってやる」




「――い。起きなよ、クラゴ」

 そんな声を聞いて、俺は目を覚ました。

「ん……もう朝……って!?ウィ、ウィル、ちょっと顔が近くないか……!?」

「え、そう?普通じゃないかなあ」

「と、取り敢えずどいてもらっても……」

「そうだね、このままだとクラゴ起きられないし」

 そう言いながら、ウィルは俺から離れた。

「……で、もう朝か?ウィル」

「そ、今日は次の街に進むんでしょ?早く起きないと、困ってる人も助けられないじゃん」

「あー、そうだな。ったく、やっぱお前はお人好しだな」

「自分の才能を、他の人のために使わなかったら何になるのさ。ほら、ミータ、マーシー。寝てないで起きて」

 魔法大国から派遣されたお人好しな魔法使い、ウィル・ワイズ。ふわふわとした癖っ毛のある茶色の髪が特徴的な女の子だ。魔法使いを象徴するような、先の尖って曲がった赤紫色の帽子を被り、白いシャツと黒いスカート、同じく黒色のローブを羽織っている。木製の、先にいくにつれ太く曲がっている杖を愛用し、誰とでも仲良くなれるムードメーカーであり、本人の性格もあって特に子供に対しての対応が完璧だ。そして何より、俺はこの子に好意を寄せている。それに気がついたのはここ最近、ミータに言われてからだ。

「ふわあ〜、もう朝かよ。もうちょっと寝たいんだけどなあ」

 武闘国から派遣された腕っぷしの戦士、ミータ・クラージュ。頭を見ればウルフカットの美形だが首から下は筋骨隆々とした体つきをしている。ウィルの軽量化魔法で重さの軽減された鉄の鎧を身につけ、背中には大剣を背負っている。武闘国を象徴するような黒髪黒目の彼はいつも明るく時に優しく時に厳しく、今まで戦ってきて強かった相手には敬意を称する一面もある。

「仕方ありませんよ。自らの欲より、他人の平和を優先すべきですから」

 俺の国から派遣された慈悲深い僧侶、マーシー・ハンブル。その容姿は皆から聖女と呼ばれるにふさわしいほどに美しく、性格はそれに伴うように慈悲深く優しい。「弱い者は助けるべき」という信条を元に行動しており、時には怪我をした小さな魔族の手当をしたこともあった。シスター服を身につけ、透き通った白い髪に空のように青々とした瞳をもつ。

 そして、勇者である俺の名はクラゴ・フィエーロ。髪は茶色、目も茶色のド田舎の農家の家庭の出身だ。ある日突然、お尋ね者から「君は勇者になるべき存在だ」、と言われた。両親はそれを聞いて俺のことを心配してくれた。自分で言うのもなんだが、俺は前々からやさぐれてはいたが、常人以上の良心は持っていた。だから俺はその日から剣術の修行に、魔法の修行に励んだ。お尋ね者からは「ちーとのうりょく」というものを俺は持っていて、それの発動条件、効果を教えてもらった。今思うと、なんでそんなこと知ってるのか謎でしか無い。だけど俺は、人のためになるのならなんだって不思議に思わなかった。多分当時も、「俺にはそんな力があるのか」としか思っていなかっただろう。どうせそれ以上のことには踏み込んでいない。

 俺達は魔王を討伐するためにパーティーを組んだ。まあ正しく言えば、国王が勝手に派遣相手を選んだだけなのだが。それでも、俺達はなんだかんだ意気投合し、共に笑い、共に泣き、時に喧嘩し、時に慰め合い、ここまでこの四人でやってきた。魔族が支配する領土はもうすぐ近くだ。恐らく、今日がちゃんと体を休ませられる最後の日となるだろう。だが、俺達は絶対にめげないし、心を折ることもない。そしたら、それがこの世界の最後に直結してしまうから。

「っし、今日も張り切って行くか!」

「その前に顔洗ってね」

「……はーい」

 近くの川まで歩き、パシャっと水を顔にかける。これだけである程度の眠気は覚める。

「目、覚めた?」

「ああ、バッチリ」

「では、行きましょうか」

 そうして、俺たちは魔族領まで歩みを進める。

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「まおうになったゆうしゃのおはなし」 海乃シト @Umino-Shito410

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