第五話:新たな刺客

 イギリス・ロンドンの、コヴェントガーデン駅に到着し、特急列車からけたたましく汽笛が鳴り響いた。

「ん……、んぅう〜……」

「あ、起きたわ、駆」

「あ、葵〜。おはよ」

 汽笛の音で、駆が目を覚ました。早稲田くんはまだ眠そうな目をした駆に肩を貸しながら列車を降りた。

「テンペスタ。支部の場所は?」

「イーストエンドという貧民街の、外れの位置だ。地図で表すと……、ここに支部がある」

「かなり遠いな……」

「う〜ん……」

ロンドンから次の幹部の場所まで飛ぶとなれば……、よくて日没、悪い場合、到着は夜間になるのは必然だろう。

「移動に関しては大丈夫だ」

「え?」

「おれの異覚で瞬間移動くらいできるが?」

 ここでのテンペスタくんの提案が、状況を一転した。彼の能力で瞬間移動なんて……、いや、できた。ノートを壊された時だ。日本で会った時も、彼は風とともに現れ、風とともに姿を消した。

「そうだその手があった!」

「そういやあん時のって瞬間移動だったのか! 天才かよお前!?」

「いやいやいや――何勝手に話を進めている? おれは連れて行くなど一言も言っていないぞ」

 会話の展開についていけなくなったテンペスタくん。私も正直、複数人での移動や、それに伴った異覚の限界のことを考えていて、それで頭がいっぱいだった。

「何度も言うようで悪いが、おれは姉の仇の手がかりを探るために同行しているだけだ。仲間と勘違いは――」

「それをなんとか! 頼む!」

「ん〜……」

 戸惑いの表情で考え込むテンペスタくん。そこで、駆が一つ提案した。

「じゃあ、交換条件だ!」

 交換条件……? 何か変な予感が、私の頭をよぎった。

「僕ら全員を次の支部へワープさせる代わりに、君には甘いものを何でも買ってあげるよ」

「何考えてんだよ!?」

「そうよ、イタリアで食べたばかりじゃない」

「見た感じ、テンペスタはスイーツ好きみたいだし」

「そ……そうか? まぁ、否定はしないが」

 ほら、テンペスタくんも困惑してるじゃない。

「第一、敵だった僕達といる時点で裏切ったみたいなもんじゃん?」

(く……それは否定しようにも)

 しばらく考えた後、テンペスタくんは呆れた表情で頷き――、

「分かった。しかしそれ以降、今日のうちは異覚を使えないと思えよ。単独ならともかく、五人できた試しがないからな……」 

 という警告を乗せて了承した。

「人目につかない場所でだ」

 テンペスタくんは、ついて来い、というハンドサインを示し、私達は彼に従って後ろをついていくことになった。

 異覚は世間的に知られていないし、不用意に使えば関係のない一般人まで巻き込むことになるのは容易に想像できる。それに、テンペスタくん曰く「〈シュバルツナハト〉は裏社会で始まって発達した組織だ」とのことなので、絶対に表に出してはならないほど危険な組織なのだろう。

 彼を追いかけていると、人気ひとけがない路地裏までたどり着いた。

「ここなら人もほとんどいない。たまにスリとかいても……でいっ! すぐに対処すればどうということはナッシングってわけだ」

 会話中、駆のポケットに手を伸ばす通りすがりの男を体術で軽くいなすテンペスタくん。どうやら、駆の財布をスろうとしていたらしい。

(いや、喧嘩慣れし過ぎな?) 

 そう言いたげな目で黒田くんはテンペスタくんをジト目で見つめた。

「行くぞ。俺の肩に手を当てろ」

 一瞬上へ突風が吹き上がり、目を開いた時にはすでに、ロンドンより遥か遠い場所へ着いていた。辺り一面、お世辞にもよい環境とは言えない住宅街だった。

「ここが……イーストエンドの街外れ」

 目的地まで少し距離があるとテンペスタくんが言って、ともに歩き出した。

「そういえば僕が寝てる間、ノートから何か分かった?」

「いや? 君が寝ちゃってから僕達もロンドンまで休んでたよ」

「そっか、異覚の制約からページは進んでないんだね」

「うん」

 私や彼らも疲れていたし、流石によほど悪い事態でない限り、抜け駆けで情報を知るわけにはいかない。

「そうそうアオイのやつ、カケルの寝顔見て照れてたぞ」

「正直羨ましいよ、ああいう人が幼なじみなんて」

「だから、あなた達は!」

 列車の時の私の表情をいじって笑うテンペスタくんと、それに便乗する黒田くん。まぁ、事実だから何も言えないのだが……、少なくとも次の刺客の後にしてくれないだろうか!

 どうこう話しながら歩いているうちに――、

「ここだよ」

 ここが次の幹部の支部らしい。見るからにボロボロの廃墟だが、この辺りでは一番大きな建物だ。

「水の異覚能力者、どんな人なんだろう」

 私達は建物に入ろうとした。背後から迫る、複数人の敵に気づかないまま。

「!? 後ろか!」

 テンペスタくん、ただ一人を除いて。彼は咄嗟にダガーを抜き、敵の振り下ろす鉄パイプを受け止めた。

「大知!!」

 が、もう一人の敵に対応できず、黒田くんが攻撃を受けて負傷。頭から血が出てしまった。

「てめぇ!」

 早稲田くんは黒田くんを攻撃した敵に掴みかかる。彼の視線には、十数人ほどのチンピラの一団が映った。

「駆と文月は下がってろ! 大知の手当てが先だ!」

 早稲田くんとテンペスタくんが足止めをしている間に、黒田くんの手当てをしなければならない。止血と、それから包帯だ。

(ヤツはこんな手下を持っていなかったはずだ……、だがそれよりも!)

「テンペスタよぉ、こりゃどういった風の吹き回しだ、えぇ?」

「貴様らに教える義理もないね!」

 テンペスタくんは攻撃をかわし、鉄パイプの男を蹴り一発で仕留めた。

(この辺りの連中にしては……弱過ぎる?)

 早稲田くんはもう一方の敵と戦っていた。攻撃を受け止め、相手の腕を捕まえると、彼はある違和感を感じた。

(脈が早過ぎねぇか……)

「何してんだてめぇ!」

 手を振り払って反撃しようとするが彼に簡単に防がれ、早稲田くんのカウンターを喰らって倒れた。

 そして、大将らしき一団の中で一番強面の男が、早稲田くんのもとに立ちはだかる。

(でけぇ、百八十五以上はあるぞ)

「よお、だいぶやってくれたじゃねぇか。ガキ」

「そっちから吹っかけてきたくせに、まるで手応えがなかったぜ?」

「舐めんなよ? この地区で最強のオレ様にられたくなきゃ今すぐ詫び入れな!」

「うちらも仲間一人やられてんだわ。そっちこそほえ面かかされる覚悟、できてんだろうな?」

 大将は大振りの拳で早稲田くんを攻撃。かなり筋力のある敵だが、あまりに速い攻撃速度だった。

(しゃあねぇ、【金雷】一発だけで鎮めてやる!)

 早稲田くんは敵のパンチをよけつつ、左の手のひらに電撃を収束させる。

「死なない程度にな!!」

 異覚による電撃を収束させた手のひらを、大将のみぞおちに向けて伸ばし、放出。これも早稲田くんの覚操技の一つなのかは定かではないが、命名するとしたら、電掌でんしょうだろう。後の彼曰く、覚操技の名称などは深く考えてはいないらしい。

 大将の腹部にスタンガンを当てられたかのような刺激が走り、大将は意識を保ちつつもその場に倒れた。

「クソが……! どうなってんだ、ラシテの薬は!?」

「ラシテだと!?」

 ラシテという名前(?)を聞いたテンペスタくんの声色が変わった。

「貴様ら! なぜヤツの名前を!?」

「てめぇらを始末すればよォ、もっと質のいいヤクがもらえたのに……」

 その言葉を残して、大将は気を失ってしまった。

「おい、答えろ! ……っち! 行くぞ」

「お、おいテンペスタ!?」

 テンペスタくんは男を突き放して、一足先に建物の中へ入って行ってしまった。

(バカな……! ヤツはロンドン支部直属ではなかったはず)

 黒田くんの頭に包帯を巻き、私達も廃墟へ入った。

 緊張が高まる中、テンペスタくんは焦りが止まらないのか、泳がせるように辺りをきょろきょろと見渡しながら先へ進んでいた。

 そして、奥の扉に手を伸ばそうとすると――。

 ガチャッ

「さ〜てと、この異覚源と液体を結合させ――」

「がっ!?」

 テンペスタくんの頭にドアがぶつかり、その部屋から出てきたのは、テンペスタくんのものと同じ刺繍が施されたローブを身につけた、栗色の髪をした女性だった。

「おや? テンペスタじゃないか。それに後ろの面々は誰かな? 新顔かい?」

「ラシテ……、貴様の支部はオーストラリアのはず! イギリス支部はウラノが――」

「あぁ〜それがね、転属になったんだ」

「転属!?」

 ウラノ――それが彼が言っていた、イギリス支部長であり、水の力を操る異覚能力者だという。

 ラシテという女曰く、テンペスタくんがイタリアで私達と戦っている間に、ウラノの前の幹部が降ろされ、彼女とウラノの支部を交替――という形で転属になったのだと。

「テンペスタ……、この人が?」

「あぁ。ラシテ・エルヴァスティ――機関の幹部だ」

「その通り。テンペスタ、後ろの彼らといるってことは、君は裏切ったと捉えていいのかな?」

「……」

「まぁいいか、幹部の一人、どうなろうとワタシの知った事ではないのでね。それより……」

 ラシテという女は駆に詰め寄って来る――ちょっと……近い近い近い近い!! 壁際に追い詰めた途端に駆の頬に手を添え……、熱った顔で彼女は言った。

「君達の異覚、隅々まで調べたくてうずうずする……あのテンペスタを打ち負かした力なんだろう? なぁ、死なない程度に身体を貸してくれないか? なあ?」

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異覚旅跡譚・上 -かつて君とともに歩んだ青春の旅路- 有或在アル @YwzAl_in_kkym

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