第四話:Where’s next?
ベンチでスイーツを食べながら、私達は次の目的地について話し合っていた。
「そもそも、機関にはどんなヤツがいるの?」
「支部は四つに分かれているんだ。オーストラリア、ロシア南東部、アメリカ大陸の辺り……。あと一つはここから一番近いイギリスだ。詳しい場所は分からないが、一つの支部は一人の幹部が持ってる」
イタリアは支部には入らないらしい。テンペスタくんは姉の仇を討つための行動範囲を狭めたくないと言って、支部を持たなかったのだと。
「どんな人がいるのかは知っているの?」
「おれが覚えてる限りだが、イギリスには水を操る能力者がいて、オーストラリアには異覚専門の薬師がいる。無論どちらも機関のメンバーだ」
テンペスタは私達が次々する質問に次々と返答していく。機関の元……じゃなかった。機関のメンバーなのもあって、〈シュバルツナハト〉の情報についてある程度知っているのは頼もしく感じた。
「あの……!」
「大知、どうかした?」
「いや……。組織に会いに行くってことでしょ? だとしたら、テンペスタの時みたいにまた戦わなきゃいけないのかなって」
黒田くんは少し心配そうな顔で尋ねる。彼がいきなりそんなことを言うのは意外だったが、テンペスタくんはこう答えた。
「組織が相手である以上、一筋縄じゃ行かないと考えるのが妥当だな。それに、異覚についての情報を聞き出す事がお前さん達の目的だったはずだ」
「仮に戦うとしてもだ。俺達はテンペスタにも勝ったし、おめぇがいなかったっつっても、片桐と森の暴走だって止めたんだぜ。お前が弱気になることないだろうが?」
早稲田くんは黒田くんを鼓舞する。
「うん……、そうだよね。僕もちゃんと前向かなきゃ」
黒田くんは不安を振り払うように、手に持ったスイーツを一気に食べきった。
「えっと……。次の目的地はオーストラリアかイギリス、そこで機関のメンバーに会いに行く、だったよね?」
「あぁ、一応おれは幹部全員と面識がある。おれとて幹部の一人だからな」
「みんなは、どっちに行くべきだと思う?」
とはいっても、私達はテンペスタくんとの戦いでかなり異覚と体力を消耗している。ここで少しは回復できたはずだが、次の目的地に飛んでいきなり連戦となると……、身体的にもかなり危うくなるだろう。
「僕はイギリスへ行くべきだと思う」
「駆、本気で!?」
「機関との戦いになるんだったら、絶対何かしらの情報は持ってるはずだ。強いヤツや賢い相手ならなおさら、逃げるなんてできない」
突発的に物事を言う駆の眼はいつも、頼もしいような、はたまた心許ないような不安定さが、私には見える。何と言うか、真剣な顔を造っていても、心の中の動揺と焦りを隠し切れていないような……そんな頼りなさを、いつも感じるのだ。この時もまさにそうだった。
「俺も賛成だ!」
早稲田くんも駆に賛同する。テンペスタくんは何とも言えない表情で訊いた。
「機関の中にはおれより強いヤツだって多くいる。組織はお前さん達が思うより手強い相手なのを分からなかったのか?」
「分かってるよ。テンペスタだって強かった。僕達の誰か一人でも欠けてたら、勝てなかったもん」
「駆……。そうね、駆の言う通りだわ」
私も賛成し、黒田くんも頷く。はぁ……とため息を吐き、テンペスタは地図を広げた。
「……分かった。ここからなら……、ネアポリス中央駅が近い。そうだ、今何時だ?」
「一時五十四分だね」
「よし、まだ間に合うか! 行くぞ!」
「え、どこ行くの!?」
「ついて来い!」
テンペスタくんは【刹風】の力で跳んで行った。駆と早稲田くんが走り出し、私と黒田くんもその後ろを追った。
「どうしたんだよ!」
「とにかく走れ! おれの後に続けば分かる!」
速い、異覚の力を使いながら、パルクール選手のように飛び移りながら先へ進んでいく。
「ちょっと、三人とも……! 置いてくなよ!」
途中で駆は黒田くんの手を引き、【閃火】で加速する。私は地面に【凍晶】の力を瞬間的にかけて、スケートのように移動していた。異覚をほんの少しずつ使いながら進んでいると、テンペスタくんは地面にすとっ、と着地した。彼の目的の場所へ到着したようだ。
「はぁ……はぁっ……!」
「急に走らせやがってお前……」
テンペスタくんは時刻表を見ながら私に尋ねた。
「今の時間分かるか?」
「今は二時十六分ね」
「次の出発は……、二時二十四分か。バッチグーだな」
テンペスタくんの視線が捉えるところを見ると……。
「これは……?」
「ロンドン行き特急だ」
そう。私達はこの特急列車の出発時間に間に合わせるために走っていたのだ。何だか……今まで以上に体力を使った気がした。
「お前なぁ……、列車なら列車でちゃんと言えっつうの」
「だけどこれでやっとロンドンに行けるね」
「あ、そうだ」
テンペスタくんは一冊の見覚えのある本を取り出した。それは、あの時黒いローブの少年(今のテンペスタくん)に奪われた、異覚について書かれた手記だった。
「それは……!?」
「てめぇなんでそれを持ってんだ!?」
「返してなかった、すまない」
「あ〜……、うん。ありが……とう?」
複雑な気持ちになりながら、駆はノートを取り戻した。
「この本から何か分かった事は?」
「ない。開いてもないからな」
自分で奪ったのに、なぜ持っていたかすらも忘れたのだと。今更ながら言うけれど、流石に無責任と忘れっぽいが過ぎると思った。
「全く君は……。とりあえず列車に乗ってから開こうか」
私達は列車に乗り込み、向かい合わせになった座席に座った。列車が走り出した。
「それじゃあ手記の続きを読もう、――ふぁ〜……」
ノートの新たなページを開いたと同時に、駆の大きなあくびが鳴った。ネアポリスに来てからいきなり戦ったり走ったりしていたから、無理もないだろう。
「ロンドンまで数時間かかると思うから、眠くなったら寝ていいわ」
「うん、ありがとう……」
前回と同じように、分かったワードを当てはめて進めていこう。
『同年・七・十二 異覚の力を発動する原理を解明した。異覚源という物質を消費することで、異覚の技=
私の凍結一矢。
早稲田くんの降雷拳。
駆の爆転落脚。
そしてテンペスタくんの刹那嵐と上風連弾――。
これらの技にも、しっかりとした括りがあったなんて。
それに、テンペスタくんと戦っている最中に感じた、何かが減るような感覚は、異覚や覚操技を使って異覚源が減っていったからだったのか。
『同年・八・一 異覚には、能力によってそれぞれ違った制約が設けられる。厳密に表すと、特定の状況下でしか使えない、過剰な使用によって身体的及び精神的に影響を及ぼす、などのデメリットが必ず着いて回る』
「制約か……。心当たりは?」
「ないな」
「私も、今のところは」
「そうだ。カケルの異覚についてなんだが、カケルは異覚を一定以上使った時、頭を抑えていたよな?」
「うん、目の前がクラクラしてた」
話には入ってこれているが、眠いのかすでに駆はうとうとしていた。
駆が話した、異覚を使った時の症状。目の前がクラクラ――クラクラがめまいだと捉えるなら……。
「酸欠……」
「文月?」
「本で読んだことがあるの。今駆が言った症状は、酸欠の初期症状だって」
「つまり、異覚には必ず制約が設けられていて、駆の場合は酸欠がそれってことかな、文月さん」
「発生理由は分からないけど、そう仮定しましょう」
手記のページを進めていると、私の肩に駆が寄りかかった。どうやら寝落ちしてしまったようだ。私は思わず、顔を赤らめてしまっていた。
「駆って本当に文月さんに対して抵抗ないよね」
「文月も文月でのかさないのな」
「あぁ。もしかして二人はアベックか何かかい?」
アベック――。え、アベック!?
「い……ち、違うわよ!? 駆とはただの幼なじみで、昔から恋愛感情とかは……」
幼なじみだということを言おうとした時、あの日の朝の駆の行動と詩音の言葉を思い出した。
「あっ……、あぁもう!」
列車の中だから声を最大限押し殺したが、突然そんな質問をされるとテンパるに決まっている。アベックは、言うなれば恋人同士や男女連れという意味だが、いや、それよりもそんな……!?
「――そんな風に見えてた?」
「ただの男女の友達にしては距離感が近いなと」
「文月、随分分かりやすい反応するんだな」
(よかったね駆、こんな可愛い幼なじみがいて)
「文月さんは駆の寝顔、今まで見たことあるの?」
「何を言わせたいのあなた達は? 昔から変わらないわよ、駆の寝顔なんて」
黒田くんも黒田くんで何を訊いてくるのか? 確かに、駆の寝顔は昔から変わらない。でも、熱い性格の駆が、いざ眠るとこんなに無防備になるのが可愛いなんて、彼らの前で言えたものではない。
「――ほら、駆も寝ちゃったし、私達もロンドンまで休憩しましょう?」
「そうだね」
「見張りはおれがやってる」
赤面する少女と、ほっこりした雰囲気で笑う男子三人。そしてその少女の隣で眠る幼なじみ。
彼女らが向かう先はイギリス支部。〈シュバルツナハト〉の次なる刺客。
ロンドンへ向かうこの特急列車には、車内がほんの少しだけ肌寒く感じたという乗客がいたりいなかったり。
〈シュバルツナハト〉とは?
世界各国に存在する異覚能力者を統制する、この物語において、駆達の敵となる組織。その素性は謎に包まれており、社会の表面上には全くと言っていいほど情報がない。
また、シュバルツナハトはドイツ語で直訳すると『黒き夜』となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます