第三話:シュバルツナハト
私達の結束が改めて固まった瞬間、テンペスタは大きく深呼吸して言った。
「いいね、そうこなくてはな。よし……今からは互いに、本気の勝負だ」
「……行くぜ!」
駆の声とともに、私達は駆を最前線にして地を駆け出す。テンペスタも、上風連斬で作り出した自らの分身を率いて、私達に向かって走り出した。
「駆、私達で分身と戦う。あなたは本体を!」
「分かった、任せて!」
「へばんなよ!」
「翔真もな!」
テンペスタを駆に託し、私は弓に矢を一本つがえる。その間にも、彼の分身は音も立たずに私に詰め寄っていた。
「お前さんも来るのなら……女といえど容赦はしない」
ダガーナイフを私に突き刺そうとするが、とっさに私は矢を放ち、分身の腕を穿つ。そして手に持った弓をハンドガンに変えて、彼の斬撃を低姿勢で避けつつ三発、胴体に乱射した。
しかしこの分身、多少撃たれたくらいでは消滅しない。
(早稲田くんの囮に置いた時より、耐久力が高まってる……)
それどころか、時間が経てば負傷した部分がうずになって、元通りに修復されてしまう。これらを撃破するには、少し時間がかかりそう……、なんてほどじゃ済まないかもしれない。
「文月さん! こいつらどうなってるの!?」
氷の剣を振り回しながら、黒田くんは現状を訊いて回る。
「どれだけ攻撃しても消えない! 急所を撃ってもすぐに元に戻っちゃうの!」
「翔真は?」
「こっちもやってる! けどさっき俺が叩いたやつとはまるで違うぞ!」
やはりどの分身も同じだ。格段に強くなっている。
(何か……弱点はないの?)
「葵! 僕にも武器作って!」
突然、駆が氷の剣の生成を求めてきた。
「武器って言っても、何を!?」
「何でもいいから、早く!」
意図が分からなかったが、駆の言葉に従い、【凍晶】の力で生成した氷の刀を鞘ごと彼に投げ渡した。
(分身の弱点……、原動力に関係が? でもどこに……)
思考を止める暇もない。駆がテンペスタの相手になっている間は、私達は分身をどうにかして退けなければならなかった。
*
一方駆は、本体のテンペスタと格闘戦を交えていた。とは言っても、互いに異覚を使っていて、向こうはダガーナイフを片手に携えて戦っていたのだが。
そして、私が投げた氷の刀が駆の手に渡った。
「ありがとう葵!」
駆は刀を鞘から抜き、透き通るように透明な刀身をテンペスタへ向けた。
「ほう、お前さんも武器を手に入れたか」
「そ、葵直々の
刀を手にしてから、駆の猛攻が加速し始めた。なんと、早稲田くんと二人で戦った時より、テンペスタの動きについてこれている。
(キック主体の駆が剣を使うなんて……もしかして!)
戦っている間にも私は気づいた、キック主体だから必要なのだと。異覚を使わなくても、物理的な生身の蹴り技だけでは、ダガー相手に敵うはずがないから頼んだのだと。
(溶けないか心配だけど……、試してみるか!)
駆は氷の刀に力を込めて炎を纏わせ、炎を振り払うと、その刀身は熱を持ってオレンジ色に変化した。
「せいやぁぁ!!」
駆はテンペスタと互角の競り合いに持ち込み始め、互いの刃がぶつかり合う。刀を実際に扱うのは初めてだったようだが、実はドラマの見よう見まねで、多少は振れるようになったのだと。
「なるほど……お前も学んだみたいだな」
「へへ……っ、やっ!」
駆の振るった刃が、テンペスタの腕を掠る。
とはいえテンペスタも、ダガーナイフの振り方からして戦いの素人ではないことは最初から分かりきった相手だ。いくら駆といえども、一進一退だった。
「とはいえ勿体ないことをするもんだな。時間が経つと溶けるのは分かるだろうに」
「これしか思いつくのがなくてさ」
彼も駆の攻撃を防いだり受け止めたりする一方で、ダガーナイフに風を纏い、空中に高く宙返りして斬撃を飛ばす。
炎を再点火させ、風の斬撃を難なく相殺。互いに剣を振り合いながら、駆は敵の気を乱す言葉を投げかけた。
「学校で起きた前の暴走事件。あれはもしかして君の関係者みたいな人が関係してるのかな?」
「……何の話だ」
「言ってたっけ、あれが起きた最初っから、僕達をずっと観てたって」
「それがどうした?」
テンペスタの動揺を誘おうとする駆。テンペスタの動きに一瞬だけ焦りが見えたが、ダガーと【刹風】の高速攻撃で振り切った。
「もしかしたらなんだけど……」
「勝ってから訊けと言ったろう!」
動揺は少なからず誘えていたようだ。
駆は刀を振り下ろすと同時に手のひらから炎を発射する。テンペスタはそれを避ける。しかし、刀は彼が見るからに溶けて細くなり、水滴が流れていた。
「どうした、その剣ももう終わりか?」
「……まだ!!」
とは言っても、刀の強度が限界なのは駆もよく分かっていた。
テンペスタは再び空中へ跳び、駆に斬りかかる。
「氷に火を灯したのが仇となったな!!」
風を纏ったダガーの斬撃が駆を襲う。駆は刀で斬撃を受け止めるが、その衝撃で、溶けて細くなった刀がついに砕けてしまった。受け止め切れず、駆は私達がいる距離まで吹き飛ばされた。
「大事にして戦えば長持ちしたものを……」
そろそろ駆の体力も限界を迎える頃だった。
*
二人が戦っている間、かなり手こずったが分身を四人のうちの三人倒すことができた。
「よし! ナイス、翔真!」
吹っ飛ばされた駆は目の辺りを抑え、息を切らしながら立ち上がった。
「駆! もう立てるの?」
「みんな……。あの分身をもう三人も?」
「あぁ」
「文月の作戦がまんまと決まったな!」
「葵の作戦?」
「えぇ、通じるとは思わなかったけど」
私が試した策は、次の通り。
まず、テンペスタの分身は、心臓にあたる場所に動力の基盤……いわゆる台風の目のようなものがあり、その目を消してしまえば動きを止めて倒せると仮定。その仮定を狙いとして戦闘を続行する。
次に私の異覚で分身の内側、つまり、心臓に当たる部分を冷凍させる。これは【凍晶】で生み出した弓矢よりもハンドガンの方がやりやすかったので、ハンドガンを用いて行った。
心臓が氷の塊になったことで、分身は形を保てなくなって消滅。残った塊を二人のどちらかが破壊する。
結果は成功。もっとも、撃破までつなげたのは早稲田くんと黒田くんで、この作戦も一発に賭けるという感じだったけれど。
「やはり、なんだかんだやる奴らだ……」
テンペスタの分身はあと一体しか残っていない。こちらも駆が前と同じ症状を訴え始め、私や早稲田くんも異覚を発動できるかどうかくらいだった。
だが、テンペスタも駆もなぜか笑みを浮かべている。
「だが、まだおれも負けていない!!」
「次で決める!」
私と早稲田くんに軽くアイコンタクトをした後、私はサッカーボールほどの大きさの氷の球を生成して投げる。駆は球を真っ直ぐにシュートした。
「
テンペスタ本体はダガーナイフを私達の方に、分身は炎の球に向けて振り上げる。
「翔真!」
三日月型の衝撃波が、前線に出た早稲田くんを切り裂く勢いで飛び抜ける。対して、早稲田くんは、手のひらと拳を打ち鳴らして電撃を右腕にチャージ、異覚を発動する準備を整えた。
私も、駆が撃った球が壊れてしまうかもしれないと判断し、咄嗟に矢を放つ。私も一つ、必殺技の名前を考えてみた。それが……。
「
早稲田くんもしばらく考えて、技名らしき言葉を叫んだ。
「うっしゃ、俺も必さぁつ! あ〜〜……、
斬撃が彼に命中する寸前に右腕を突き出し、私の放った氷の矢は、風を置き去りにするかのような速さで飛び抜けた。
電撃を纏った拳は斬撃を軽くいなし、矢はもう一方の斬撃の威力を中和、球は左斜め上の空中に吹っ飛んだ。だが駆は素早く跳び、浮かんだボールを即座に分身に蹴っ飛ばす。
分身は私の作戦の時と同じ反応を起こして消滅。跳ね返った球を本体へぶつけ、炎を両脚に纏い、テンペスタに向かって、全速力で走り出した。
【疾風突き!】
ダガーを前に突き出すと、風のうずが前方に繰り出された。
「ぅううあああああっっ!!」
駆は叫びながら大きく転回して前宙飛び、そこから、某特撮ヒーローのようなキックを放つ。
後に彼に訊くと、この技には
「おれが勝つ!!」
対するテンペスタも負けじと叫び、互いの技がぶつかり合う。
「うらあぁぁぁぁあああ!」
叫びとともに勢いを増し、ついにテンペスタの技を押しのけた!テンペスタは衝撃に耐えかねて、大の字の体勢で倒れた。
「勝ったんだよね、僕たち」
「えぇ」
駆は私の手を掴み、立ち上がる。そして軽く私の手を叩いた。
「みんなが互いを信じ合えて、初めてできたことなんだね」
「文月が言ったろ? 『駆が仲間を信じるなら、俺達もお前を信じて戦える』ってさ」
黒田くんも頷く。私達の連携は互いに信じ合えなければできなかったし、テンペスタに勝つこともできなかっただろう。
私達四人は改めてハイタッチを交わし、互いの信頼を讃えた。
「はぁぁ〜。負けた、完敗だよお前達には!」
「テンペスタ……」
「お前さん達は強い。特に、結束によって発揮された力はな。どうりでこの間の事件を解決できたわけだ」
「おう……。で、俺らが勝ったら教えてくれんだよな? お前の知ってる事」
「だったな」
テンペスタは立ち上がり、肩を伸ばそうとするが、戦った直後で激痛が走った。
「いっっつっ!! ぅう〜……」
「ちょいちょいちょい、無理しないで?」
痛がるテンペスタを思わず嗜める黒田くん。
「それじゃあ約束通り、おれが知る限りの情報を教えよう」
テンペスタに勝ったことで、得られるものが沢山できた。強敵ながらも、戦った甲斐があったのは確かだったはずだ。
「うん。まずテンペスタ、誰が君に、僕達と戦うように言ったの?」
「おれは〈シュバルツナハト〉という機関の、幹部の一人だ。指示したのはまぁ、上の奴らと言うべきか」
「組織の構成はどうなってるの?」
「〈シュバルツナハト〉は異覚能力者を統率する組織だ。目立ったメンバー、幹部と言った方が分かるだろうな。そいつらは異覚の保持者だと思ってもらっていい。幹部や能力者は言わずもがな……下の者達は、暗い過去を抱えてる奴らが大半だ」
彼の言う下の者達は、人種にかかわらず、機関から見て能力のランクが低いという意味であり、本質的に社会に適合できなかった人や、罪を犯した人、いじめや鬱が原因で学校や会社に来れなくなった学生などらしい。
〈シュバルツナハト〉、機関の上層部、異覚能力者と闇を抱えた者達で構成された組織……、少なくとも敵は一人だけではないということが分かった。
「それで、あなたはどうして機関に入ったの?」
「!!」
私の質問に、テンペスタは驚いた表情を一瞬見せた後、顔を俯けて確認した。
「…………知りたいのか?」
「無理には訊かないけど……。ごめんなさい、何か嫌な事があるのなら――」
「気にしなくていい。知りたいなら話そう」
テンペスタは息を整えて、少し曇った表情で話し始めた。
「おれが〈シュバルツナハト〉に入ったのは……、復讐を果たすためだ」
「復讐? 誰に?」
駆が問いかける。
「一年と半年前、おれはたった一人の姉を殺されてね。孤独の身になっていた頃、機関に拾われたんだ。それ以来おれは、姉の仇を討つために動いてきた。でも……」
テンペスタは「はは……」と作り笑いをして、失望したように言い放つ。
「でも組織におれの求める物はなかった。どれだけ戦っても、仇は現れもしなかった! 何も掴めないまま、機関の中で一年半もドブに捨てたよ!」
やり場のない怒りに苛まれ、手に持ったダガーを投げる。
「俺達をイタリアまで誘い出したのも」
「戦う前の質問も、僕達から君の
「そうだ、お前さん達から訊けば何か得られると思った。でも、何も知らないんだよな……?」
「…………」
「今でも時々見るんだよ。首から血を流した、姉の死体を見た時の夢……」
彼の眼は、表情は段々と暗くなるばかりだ……。
「大丈夫だよ!」
そんな彼を元気づける言葉をかけたのは駆だった。彼はテンペスタの両肩を掴み、
「君のやってきた事は無駄じゃない、だから諦めちゃダメだ! 誰かを頼るって選択肢も、あるはずだよ」
と言った。
「頼るって言ったって……。おれには、頼れる人が――」
「僕達でよければ、力を貸すよ」
黒田くんも協力を持ちかける。
「僕達は異覚の真相を探るために旅をしている。君はお姉さんの仇を討つために機関にいる。だったら、一緒にいた方が行動の幅は広がるんじゃないかと思って」
私と早稲田くんも続けた。
「あなたと戦った以上、私達の旅で〈シュバルツナハト〉と戦うのは避けて通れない道だから。もし目的のために歩く道が同じなら、私達と一緒に旅をしてみない?」
「お前、強いしな。仲間は多い方が俺らも助かる、機関の幹部なら尚更だ」
テンペスタは投げ捨てたダガーナイフを拾い、鞘に戻す。そして――。
「旅には同行させてもらう」
「本当!?」
「だが、あくまでおれの目的は復讐だ。そして、おれはまだ組織を抜けられない。この二つはお前達の頭に刻んでおいてくれ」
その眼は依然鋭いままだったが、先程のような怒りや憎しみはこもっていなかった。
「分かったよ」
握手をしようと、駆は手を差し伸べる。
「感謝する」
微笑みをこぼし、テンペスタは彼の手を軽く打った。
「ちょっとぉ、今握手するとこじゃん!?」
「え? そうだったのか?」
「見れば分かるじゃん」
「えぇ? 何だ、握手するならするって……」
「そこは雰囲気で察するもんだぜ?」
私達の旅に、〈シュバルツナハト〉のメンバーで【刹風】の異覚能力者・テンペスタ・ブロットが新たに加わった。なんだかんだありつつも、旅の良いスタートを切れた気がした。
その後、テンペスタくんが好んで行くスイーツのお店に行った。五人で一緒に甘いお菓子を食べて、テンペスタくんは少しだけ、元気を取り戻すのだった。
テンペスタ・ブロット
イタリア人。異覚能力者を集めた組織〈シュバルツナハト〉の幹部であり、黒いローブを身に着けた少年の正体。
一見クールに周りを見ているように見えるが、天然ボケなところがあり、仲間に困惑されることもしばしばある。
異覚【刹風】は、風圧や風向きなどを自由に操ることができ、テンペスタ自身はダガーナイフを武器に戦う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます