第二話:事件と出会いは突然に

 退屈な授業が終わった後の放課後は、午後三時四十分。

「やっと授業終わった〜」

「明日乗り切れば夏休みだな」

 当時僕達の高校では、七月十八日から八月三十一日までの長い夏休みがあった。

「葵、今日何か予定は?」

 僕は葵に放課後の予定を尋ねる。

「私は今日部活がいつもより早く終わるから、その後は特に用事はないわ」

 葵は弓道部に所属している。

「どうして?」

「あのさ。練習終わったら例の転校生、見に行かない?」

「黒田君が言ってた人?」

「うん。僕や葵みたいに特別な力を持ってたら面白そうじゃない?」

「私も少し興味あったの。部活が終わったら行ってみましょう。先に終わったらメールするから」

「決まりだね。それじゃっ!」

「ええ。また後で」

 そう言って、僕はサッカー部の練習に向かった。

 今すぐに会ってみたい気持ちは山々だったが、それは今日の分の練習が終わってからのお楽しみにしておこうと、心の片隅にしまって。


 *

 

 サッカー部の使っているグラウンドの一部は、ドリブルの練習が終わった頃だった。

「いい調子だな、駆」

「鉄人こそ、今日はいつもより気合い入ってるじゃない?」

 僕は全方位を見渡す。僕らと同じグラウンドを使っている野球部と、およそ百メートルの一直線を走る陸上部の人たちがいた。

(葵も、もしかしたら先に転校生探してたりして)

 部活が終わってから葵と探しに行くつもりだったのに、どうにも落ち着けない自分も少しいた。

「片桐、朝苗。練習試合だ!」

 顧問の先生から呼びかけられて、僕と鉄人はチームの列に並んだ。練習試合を何回かやれば、今日の練習は終わりだ。

「これより、AチームとCチームの練習試合を始める。礼っ!」

「「「「「お願いしぁっす‼︎」」」」」

 ポジションにつくと、鉄人がまた僕にひそりと話しかけてきた。

「おい駆」

「何?」

「愛しの幼なじみが来てくれてるぜ?」

 鉄人が指す方向を見ると、隅で微笑みを浮かべながら手を振っている葵と、隣で本を読む森さんもいた。

「どういう意味さ」

「何が?」

「お前が今言ったんじゃん、愛しのって」

「文月のことだけど。好きなんじゃねぇの?」

「はぁ……」

 僕は大きなため息をつく。そして葵に軽く手を振ったところで、試合が始まった。

 実際、僕と葵は幼なじみであって、決して恋仲という訳ではなかった。向こうが僕を意識していたのなら申し訳ないけど、当時の僕は、葵のことを普通の幼なじみとしか思っていなかった。

「そんな事言ってるから……」

 僕は鉄人に返そうとしたが、試合に集中しなければと思ってやめた。僕は本当はこう言おうとしていたけど。

「そんな事言ってるから鉄人は女子と親しくなれないんだよ」

 別に、葵が来てくれたことが嬉しくないってことじゃない。鉄人の言い回しのせいで、返答に困っただけだ。

 僕はもやもやした気持ちで鉄人からボールを奪い、ドリブルやステップを刻んで相手をかわして相手ゴールにシュート。

「しゃっ」

 うまく決まったと思ってガッツポーズをかます僕に駆け寄る鉄人。

「こないだより動きが細かくなったな」

「まあね」

「つか駆さっき何か言いかけたか?」

 僕はさっき鉄人に言おうとしていた言葉を掘り返した。

「さっきみたいな事言ってるから鉄人は女子と仲良くなれないんだって。位置着いて、行くよ」

「お、おう」

 鉄人が元の位置につこうとした時、彼の方から「うっ……」という声が聞こえた。

「鉄人?」

 僕は立ち止まって鉄人の方を見やる。彼は片手で頭を抱えていた。

「おい、片桐? どうした?」

 監督も気づいて声をかける。

「い、いや……。何もないッス。……ぐっ」

 苦しそうに呻く鉄人を落ち着かせようと、僕はタオルを持って手洗い場へ向かい、冷たい水でタオルを濡らす。それを持って鉄人の首にかけてやった。

「鉄人、ほんとに大丈夫?」

「なんてこと……。ちょっと、頭がいっ……! がぁぁっ――!」

「片桐、無理をするな!」

 きっと鉄人は「ちょっと頭が痛いだけだ」と言おうとしたのだろう。でも、この時の鉄人の症状はそんなものではなかった!

「みんな離れろ……! 何か、やばい気がッ……。ぐッ、がああアアァァ――ッ⁉︎」

 突然、鉄人の内側から黒いオーラが出てくるのを感じた。

 このままだと自我を失って、暴走を始めてしまうかもしれない。だとしたらまずい!

「監督と先生はみんなを避難させて! 鉄人は僕が何とかします‼︎」

「分かった!」

 僕は監督と顧問にみんなを避難させるよう叫び、二人はそれに応じた。

「ぁぁぁあああ――――ッ‼︎」

 葵と森さんがいたところからも、絶叫が聞こえた。

「駆! 詩音が!」

 葵に呼ばれて、僕は葵のところへ向かった。

 森さんにも同じ現象が起きてしまったようだ。鉄人と同じで、黒いオーラが彼女の中から溢れている。鉄人と同じように、頭を押さえて呻き声を上げていた。そして辺りが見えなくなったかのように、空振るだけの攻撃を始める。

「詩音! しっかりして!」

 葵は森さんの腕を掴んで、動きを止めようとするが、暴走した森さんの方がパワーが強く、弾かれてしまった。

 すかさず葵は手を前に出す。朝と同じように、氷を作り出す力を発動するつもりだ。

 ただ、僕は混乱したまま立ち尽くしていた。

(なんなんだ……。何なんだよこれ⁉︎)

 二人を暴走させた力を抑えなければいけないと、このままじゃまずいと思った。それなのに身体が動かない。現状への理解が追いつかなかったのだ。

(僕が何とかするって言ったのに、なんで)

 暴走した鉄人と森さんの姿に恐怖心を植え付けられたからか、はたまた友達を傷つけたくないからなのか。

「駆! 避けて‼︎」

「!」

 ぼけっと立っていた僕の目の前にゆっくりと迫っていた鉄人から、拳の一撃を喰らう。

 葵が教えてくれたから辛うじて受け身を取ってダメージを軽減することができたが、それでも草木のつるで脚をがんじがらめにされたように動けなかった。呆然としていた。

 そして、鉄人の拳が再び命中しようとした時……!

「うらっ‼︎」

 鉄人が誰かに殴り飛ばされた。葵じゃない。誰だ?

 鉄人を殴ったのは、髪の先端が緑色に染まり、手には指輪を着けている少年だった。

「おいお前! こいつら倒さねぇと、お前やられるとこだったぞ!」

「⁉︎ 待って、誰だよキミ?」

「話は後だ、あいつみたいに動け!」

 彼は葵の方を指して言う。葵はまだ、暴走した森さんを止めるのに必死だった。氷の能力を使いながら、必死に森さんに語りかけている。

「でも二人は……」

「"友達だから"ってか? だからこそだろ! 見殺しにしてからじゃ遅ぇんだ。ダチ助けてぇなら、お前も立って闘え‼︎」

 まだ迷いがある僕に、少年がきっぱりと言い放ったその瞬間。僕の中で何かが灯るように、さっきまでの迷いが吹っ切れた。

  二人を絶対に止める――という覚悟が決まった、そんな気がした。そして少年に向かって一言。

「そうだね……。ありがとう。、もう大丈夫だから」

 二人の暴走を止めると心の中で誓い、手を前に出した。

「ごめん鉄人。すぐ止めてやるからさ、ちょっとだけ耐えろよ‼︎」

 この瞬間、僕は自分自身に眠る力を再び発動、手から炎を放出した。生まれて初めて、戦うために! 友達を助けるために力を使ったんだ‼︎

「こいつも、俺と同じ……?」

 見知らぬ少年が呟いたのも束の間。僕の炎をモロに食らった鉄人は絶叫した。

『ぅおおおァァァァァ――ッ‼︎』

 すると、暴走の原因と思われた黒いオーラが鉄人の体から抜け、闘牛のような獣の姿をした一体のバケモノになった。

「駆! 詩音の中からバケモノが!」

 葵が言うには、森さんが読んでいたファンタジー小説に出てくる大鷲を具現化したような怪物の大群だった。

「鉄人の中からも出てきた、オレの力に反応したっぽい!」

 互いに今対面した状況を説明しながら、僕は突進してきた闘牛を避け、脚に炎を纏った前蹴りでダメージを与えた。

「おい、駆とか!」

 彼は考えがあるのか、二人で打撃を与えながら話し始める。

「俺がウシ野郎を倒す。お前は、えっと……アイツ」

「あの子は文月葵」

「じゃあその文月と一緒に鳥を落として、終わったら俺に加勢しろ。俺は翔真しょうま。頼むぜ!」

「うん!」

 翔真は右手から電気を出し、丑に浴びせる。少ししか届かずに上方向に弾かれたが、上空にいる大鷲二体の動きは封じることができたようだ。

「こいつで……痺れなっ!!」

 翔真は右腕に電撃を込めて、その拳でに打撃を与える。の身体を高圧の電撃が襲い、大きく吹き飛ばした。僕も二体の大鷲を祓いながら丑のツノを蹴り折ると、葵の元へ。

「すごい……。オレと葵以外にも特別な力を持つ人がいたなんて!」

「えぇ、私たちも遅れを取るわけにはいかない」

 翔真が電撃で動きを止めていた大鷲をすでに仕留めていた葵。その手には、彼女の力で造り出した氷の弓が握られていた。

「駆、私を抱えて跳んで!」

 急降下した残りの大鷲を返り討ちにした葵は、僕に向かって唐突な爆弾発言をかます。

「いいけど、朝やった時照れてなかった?」

「今は戦ってる最中なんだから、気にしてる暇はないわ。早く!」

「……たく、落ちないでよ!」

 僕は葵をお姫様抱っこで抱えて、脚から火花を出した反動で高く跳び、ヤツらの高度まで到達すると葵は弓矢を構える。僕は指差しの構えで、人差し指に炎の力を収縮させ、放出。

 タイミングはバッチリ。僕の指先から放った細い熱光線と葵の氷の矢は、大鷲の大群を一斉に、瞬間的に射抜いた。

「これで全部だね」

「えぇ、後は……」

 翔真の言っていた丑野郎だけ。翔真がダメージを与えてくれていたおかげで、大分弱ってきているはずだ。

「鳥は終わったみたいだな。一気に決めるぜ‼︎」

「よし、行くよ! 葵!」

 言われずとも、と言わんばかりに、葵は弓をいつでも撃てるような体勢に入る。

 翔真が拳に電気を帯びたのと同時に、僕は助走を始め、脚に少しずつ炎を纏う。

『グルルルルル……!』

 丑は折れたツノを再生、うなり声をあげて突進。僕は転回を一回転して前宙、それから繋がる、どこぞのクワガタのヒーローのような跳び蹴りを、繰り出す。

 その間に翔真はさっきの倍以上の高圧電流を発生させ、それを拳に帯びさせた強烈な打撃をバッファにぶちかました。

「もっぺん痺れとけッ!!」

 しかし、葵も黙って弓を構えているだけじゃない。

 彼女の狭い結界の中に凍えるような風が吹き、ギリギリまで伸ばした弓弦を……離す。

 放たれた氷の矢は、僕と翔真の間をすり抜けるように通り抜け、丑の脳天を射止めた。

 三人の技が命中し、奴はうめき、咆哮しながら消えた。

「終わった……。僕たちの勝ちだ」

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