第一部:邂逅/第一話:始まりの朝

 二〇〇九年 七月十六日。M県 Y市・富有町とみありまちの清々しい朝。

 二階建ての家に、少年を起こす少女がいた。

かける。起きて」

 少女は、寝そべる少年の肩を、ゆさゆさと揺らす。

「起きなさい、学校遅れるわよ。……ハァッ」

 「ん……ん〜、もう少しぃ……」

 寝返りを打ち、寝言を漏らす少年。そんな彼にうんざりするようにため息をつくと、彼女は指に力を集中させる。すると手のひらに冷たい微風が発生し、収縮するように氷の塊が生成された。

「起きな……さいっ」

 そしてあろうことか、彼女は生成した氷の塊を少年の首筋に当てると……。

「うあっ⁉︎」

「きゃ⁉︎」

 突然冷たい感覚に襲われて驚き、大声を上げてとてつもなく速いスピードで状態を起こした少年、もとい僕・朝苗駆。僕が起きたのに対して、彼女まで驚いてしまった。

「やっと起きた。おはよう、駆」

「おはよう……って、なんで僕の部屋にいるのさ?」

「お母さんが、あなたが起きないからって起こすように頼まれて。あなたが飛び起きたから、私まで驚いちゃったじゃない」

 むっとした目で指摘するこの子は、僕の小学校三年生からの幼馴染・文月葵ふづき あおい。彼女は能力を解除し、氷の塊だったものは気体に溶けて消えてしまった。

「そうだったんだ。ごめん、ありがとね、葵」

「いいの。それより時間」

「時間? あっ!」

 僕は時計に目をやった。……時計の針は、七時四十一分を指していた!

「やべ! 遅刻する!!」

 僕たちは大急ぎで学校の制服に着替えて、下の回へ降りて行った。葵も、僕を後押しするようについていった。

 朝ご飯はトーストと目玉焼き。母さんが早く起きて作ってくれていたらしい。

 トーストの上に目玉焼きを乗っけて食べ、牛乳と一緒に流し込む。完食まで僅か五分。

 七時四十八分。急いで部屋に戻り,スクールバッグを持って、また階段を降りる。でもせめて歯だけは磨いて行くよう母さんに言われたので、二分だけでもきっちり磨き、口を濯いでから今度こそ玄関に向かった。七時五十三分だった。

 「待って、忘れ物!」

 もう全ての準備が終わったと思い、玄関へ向かおうとした矢先に、葵に呼び止められる。

「何?」

 それは弁当箱だった。テーブルに置かれたままだったのを葵が気づいてくれたのだろう。

「はい、お弁当」

「ありがと。じゃあ母さん、行ってきます!」

「いってらっしゃい」

 葵から弁当箱を受け取る。そして母さんと挨拶を交わし、僕らは学校へ走り出した。

「電車間に合うかなぁ」

「乗る時間はとうに過ぎちゃったわね」

「嘘ぉ……」

「あなたが早く起きなかったからでしょ?」

 僕達の家から学校まで行くには、電車に乗る時間を含めて二十分近くかかった。今待っていれば、学校へ向かう間に遅刻してしまうかもしれない。

「だったらさ」

 僕は走りながらとっさに葵をかかえる。

「ちょっ……! 何してるの!?」

「僕の力使って爆速でいけば、ギリギリ間に合うかもしれないから! しっかりつかまって!!」

「……もう、振り落とさないでよね?」

 頬を若干赤らめる葵をよそに地面を踏み締めながら、僕は力を込めて放出する。すると僕の身体が少しだけ浮いて、火花を出すと同時に爆発的な速さで真っ直ぐに加速した。

 僕も葵と同じで、普通の人にはない特殊能力を使えた。僕の場合は手や脚から火を出したり、今みたいに火花の爆発で起こる反動を利用して高く飛んだり、加速したりすることができた。それをいつから、なぜ持っているのかはまだ知らなかったけれど。

 そしてこの部で記すものは、僕達が持つ能力の謎に迫る旅の、そして永遠に色褪せないかつての青春の物語の……、始まりだ。


 *

 

 学校までたどりついた僕と葵。

「は〜! ギリギリ間に合ったね」

「八時十三分か、もう少しで遅刻するところだったわね」

「あはは……、明日はもっと早く起きるよ」

 互いに席に着いて、教科書を机の中に入れる。

「よう、駆。今日もギリギリか?」

「おはよう鉄人てつと。そんな感じだよ」

 今僕に話しかけてきたツーブロックの彼は片桐鉄人かたぎり てつと。僕と同じサッカー部に所属している、僕の友達だ。

「駆って最近よく遅刻寸前に学校着くよね。寝坊なんて駆らしくもない」

「いや〜、ここ最近変な夢ばっかり見るからさ」

 もう一人の友達の名前は、黒田大知くろだ たいち。前髪で目が少し隠れていて、ちょっと根暗だけど、根は優しくて賢い人だ。

「夢ってどんな?」

 鉄人が話に入る。

「いや街っていうかな、世界が崩壊する夢」

「正夢になんねぇよなそれ」

「流石にないでしょ。あ〜でもなぁ……」

 言葉が止まった僕に、大知が不思議そうに尋ねる。

「どうしたの?」

「僕の見る夢ってさ、時々現実に起こることがあって」

 予知夢と言うかデジャヴと言うか?

 分からないけれど、僕にはそういうことが昔からあった。テレビを見ていたら、見た夢の一部分と同じ展開が起きた――とかかな。

「あー。ってかずりぃぞ駆」

「何がさ?」

「お前一人で学校ギリならまだ許せる。なんで文月も一緒なんだよ?」

 唐突に鉄人が話を曲げる。葵のことで羨ましがったのだろうか?

「そりゃあ、ねえ葵」

「え? 駆何か言った?」

 右隣の席の葵に訊かれ、僕は答えた。

「いや鉄人がさ、僕が葵と一緒に学校来てて羨ましいみたいなこと言ってたから」

「なんでそうなんねん」

 思わず関西弁でツッコむ鉄人に、葵が丁寧に説明する。

「前も教えたかもしれないけど私と駆、幼なじみよ? 家も近いし、よく一緒に遊んだり、勉強したりもするけど」

 すると横からまた、クラスメイトが話に入ろうとしている。

「そういえば今朝学校の窓から、葵ちゃんが朝苗さんにお姫様抱っこされながら学校来てたの見えたんだけど……」

「ちょ……ちょっと詩音しおん! あんまりそういうこと話さないでよ!?」

 森詩音もり しおん。読書が趣味な葵の友達。彼女の言葉に、葵はドギマギする。実を言えば、葵は普段クールビューティーみたいな感じの性格だけど、恋とかそういう話には敏感なんだ。

 森さんの話を聞いた鉄人が、無音の叫びを鳴らしながら、若干涙目で僕の肩を揺さぶる。

「おまえぇ〜! 彼女どころか女友達もろくにいねぇ俺に追い討ちかけるみてぇなことしやがって〜!」

「だったら鉄人だって女の子ともっと関わればいいじゃんゆさゆさすんのやめろ〜」

「あ、あ〜わりい」

 僕に言われて肩を揺さぶるのをやめる鉄人。そこに大知が話題を投げかけた。

「ところで今日C組に転校生来るらしいけど」

「転校生か。どんな人だろ、大知知ってる?」

「さあね、来るって話だけだから分かんない」

 そうこう話しているうちに、担任の先生が教室に来た。

「ホームルーム始めるぞ、席につけ〜」

 先生が教壇に立つと、みんなそれぞれ自分の席へ戻って行く。そして、その日の日直だった森さんが号令をかけた。

「起立。気をつけ、礼」

「「「「「お願いしま〜す」」」」」

 こうして僕らは、何の変わり映えもないような一日が始めるのだった。

 しかしこの日を境に、僕らの何の変わり映えもない日常が変わり始めたことは、当時の僕は知る由もなかった。

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