第49話 釣り

「ユキトさん!! 釣りなんてするの、久しぶりですよ」


 俺達は湖のほとりにいる。


 地下室を掃除した時に出てきた。折り畳みの椅子を並べて釣り竿のついた糸を湖に垂らす。


 ついでに、釣れた時用のクーラーボックスも用意する。


 クーラーボックスも収納袋同様に容量の制限がなくなっていた。


 これで魚を釣り放題。


「餌を付け終わりました!!」


 エリカさんは久しぶりと言いつつも釣り針に餌を付けるが手慣れた様子だった。


「私も久しぶりです。子供の時以来ですかね」


「実は俺もなんです」


 俺とリーファさんは釣り針に餌を付けるのに少しだけ手こずっていた。


「そうなんすか!! だからといってまけないっすよ!! ウチが一番の大物釣ってやるっす!!」


「わふっ!!」


 リーファさんの声に何故か反応するシロ。


 シロを連れてきたのは散歩がてら、一緒に連れてきた。


 最近、抱っこすると少しずつ重たくなっている気がする。


 サクサク育っているなら良いことだ。


「ユキトさん!! それじゃあ、私はお先に失礼します!!」


 エリカさんはそう言うと、缶ビールを開ける。


『プシュ!』という軽快な音がした後、エリカさんは缶ビールを喉に流し込む。


「ぷはっ!! いやぁ!! 開放感溢れるお外で飲むのも美味しいですね!!」


 辺りは木々が風に揺れる葉擦れの音と鳥の声がのどかに聞こえる。


「自然豊かな環境でのんびり過ごすのも悪くないですね。いつもギルドの仕事のことばかり考えていましたから」


「ひょっとして、リーファさんって急に休みを貰うと何をしたらいいか分からないタイプですか?」


「なんで分かったんですか? たしかに休みの日に何をしたら良いか分からなかったです」


 生活の大半以上を仕事に取られると、休みの日って何をしたら良いか分からないんだよな。


 そう言う時ほど、無駄に一日を消化した気分になる。


 まぁ、俺のブラック企業勤め時代の休みはあってないようなものだったけど……。


 それでも本当に奇跡的に休日は存在した。おおよそ3ヶ月に1日あれば良い方だったけれど。


「俺も経験があるので。そう言う時は何か目的を持って休日を過ごした方が意外と良かったりしていたなって、リーファの話を聞いて思い出しました」


「ユキトさんも大変な思いをされていたんですね」


「今はそうじゃないので、良いんです」


 神様の『思う存分、ゆっくりと過ごせ』という言葉と共に今の俺はここにいる。


 ブラック企業勤めだった当時は本当に辛かったけれど、今なら前を見て異世界での余生を過ごせる気がしている。


「あ、何か引いてますね」


 そういうと、リーファさんは釣竿を引っ張る。


「んっ……!」


 リーファさんは小ぶりの魚を釣り上げた。


 リーファさんが釣り上げた魚はぱっと見はイワシに近い。


「あっ……釣れました」


「おぉ、おめでとうございます」


 リーファさんは釣り上げた魚を地面から50センチほど浮かせた状態をキープしている。


「あ、あの……どうしたらいいのでしょうか??」


 リーファさんはオドオドしていた。


「あ、ちょっと待って下さいね」


 エリカさんはそう言うと、慣れた手つきで釣り針から魚を引き剥がす。


 そして、そのまま用意していたクーラーボックスの中に魚を入れた。


「エリカさん……ありがとうございます。助かりました」


「これくらい大丈夫ですよ。私も頑張るのでドンドン釣りましょう」


「そうですね……次はもう少し大きいのを釣れるように頑張りますね」


 頑張りで大きな魚が採れるかどうかはさておき、エリカさんとリーファさんの距離はより縮まった気がする。


 仲良きことは良きことだと思う。


「うわっ!! ウチもキタっす!!」


 ラティアさんの釣り竿が大きく動く。


「う、うおおおおおお!!! 釣り上げるっす!!」


『プチン!!』と釣り糸が切れる。


「逃したっす~!!」


 ラティアさんは天を仰いだ。


 とはいえ、釣り糸が切れるということは、よっぽど大きかったのだろう。


「残念でしたね。次に行きましょう」


「次こそは釣ってやるっす!!」


 ふと、思ったことがある。


 肉体強化の魔法を応用して、強化の対象を自分以外にできるのではないだろうかと。


 畑作業は自身の肉体だけ強化するだけで事足りたから、試すことはなかったけれど。


 糸の耐久力が求められる釣りならば効果を実感できるはずだろう。


「よし……」


 俺はマナを込める。


 手から釣り竿に。釣り竿から釣り糸に。釣り糸から釣り針に。

 

 込めたマナは釣り竿の隅々まで行き渡り巡回する。


 俺の身体の領域を延長するように。


 よし、上手くいった。


 すごいな魔法って。応用次第でなんでもできる。


「ユキトさん……何をされているのですか……?」


 エリカさんが驚いたように俺を見る。


「なにって……肉体強化の魔法を釣り竿をまで伸ばしてるだけですけど……」


「……やっぱり恐ろしい方ですね」


「え? どうしてです?」


 俺は変なことを言っただろうか。


「ユキトさんがやっているのは『オーラ』という技術なんです」


「オーラ?」


「はい。ユキトさんがお考えのようにマナを物に込めることは理論上できます。その理論は合っています。正解です。補足すると杖みたいな魔法を通して(・・・)強化する魔法なら誰でもできます」


「それなら別に驚くことでは――」


「でもマナを物体に留めておくのは難しいんですよ。マナの負荷が大きいですから。私も本当に困った敵と対峙した時にしかやりませんよ」


 そうなのか……でもオーラって名前が付いている時点で技術が確率しているということ。


 良かった。少なくとも俺の考え方は不正解ではないみたいだ。


「あ、かかったっぽいですね」


 俺は竿を引っ張っる。


「うおっ。すごい力だなっ!!」


 肉体強化の魔法がなければ、最低釣り竿は折れていただろうし、最悪身体ごと持っていかれたかもしれない。


「う、うおおおおおおおっ!!!!」


 俺は全力で引き上げる。肉体強化の魔法が切れないように気を付けながら。


「そいやっ!!」


 俺は全力で釣り竿を引き上げる。


 背負い投げの要領で獲物を上方向に向かって投げ飛ばした。


 すると、


『GUAAAA!!!』


 巨大な海蛇のようなドラゴンが釣れた。


 は?? ドラゴン?? なんで??


「リ、リヴァイアサン!? 大物ですよ……!?」


「は、ははっ……」


 いやいや……大物とかの次元じゃないだろ。


「あの……リヴァイアサンって食べられるものなのですか?」


「食べたことないですけど、ちょっと締めてきますね!!」


「え? 食べるつもりなんですか? というか締めるって――」


 俺が言い終わる前にエリカさんは足元から風の魔法陣を展開し、俺の目には追えない速度でリヴァイアサンとの距離を詰める。


「せいっ!!」


 エリカさんはリヴァイアサンの脳天をぶん殴って、湖の水面に叩きつける。


 大きな水飛沫が上がった後、


「う、うええええん!! 痛いのだ!! な、殴らないで欲しいのだ!!」


 リヴァイアンサンは泣いていた。


 思わずエリカさんの手が止まる。


「「「え? 喋った……??」」」


「まじすっか?? 喋るリヴァイアンって聞いたことないっすけど……」


 各々が困惑した表情をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る