第48話 ユキトのわがまま

 きのこ料理を満喫した翌朝。


 今は朝食の時間。昨日、準備した炊き込みご飯を出した。


 炊き込みご飯にはしっかりと味が染みている。


「す、すごいっす!! 噛めば噛むほど味が染み込むっす!!」


「本当ですね! それに、なんだか優しい味がします!」


「それに上品な味だねぇ……王都で食べた高いお店とは違うおもむきの美味しさだけど。なんだか心がほっこりするねぇ」


 ステラさんが『うんうん』と頷く。


「そうですね……昨日頂いたキノコも美味しかったですが、こちらのご飯も違った良さがありますね」


「ユキト。おかわり」


 良かった。炊き込みご飯は皆からは好評だったみたい。


 前にギルドがあるクローリーの街でご飯を食べた時は洋風であった。


 味には指向性があって、和風の炊き込みご飯は食べ慣れていない可能性があったけれど、お口にあってなにより。


 まぁ、シジミの味噌汁が苦手にせずに飲めたから俺の考えすぎかもしれないけれど。


 そういえば昨日、キノコを見つけた時に湖を見つけた。


 神様がせっかく『存分にのんびり過ごすがいい』と言ってくれたのだ。


 釣りは存分にのんびり過ごすにあたって最高のシチュエーションのはず。


 獲物が針にかかるまでの間、水面に糸をゆっくりと垂らして過ごす。


 完璧だ。


 でも1人だとちょっと寂しい。


「すいません。エリカさん。少しだけワガママを言ってもいいですか?」


「なんですか? ユキトさん」


「実は……釣りをしたいなって思ってまして」

 

「いいじゃないですか!! ユキトさんがやりたいなら私は付き合いますよ!!」


「じゃあお酒を持って行きますか」


「お酒を……? いいんですか!?」


「釣るのに時間がかかるでしょうし。その間、ただぼーっとするのも辛くないですか?」


「私……お酒があれば喜んでついていきますよ」


 エリカさんは両手をぐっと前に突き出したポーズをする。


 私、やってやりますよ!! と言わんばかりの姿勢。何故か声が聞こえてきそうなのは不思議だ。


「まぁ、お酒がなくても私はユキトさんならついて行きますよ」


「それならば、釣具は私のを貸してあげようではないか。スペアも含めていくつかあるから好きなのを持って行くといいさ」


 釣具はステラさんが持っていたから借りた。収納袋に入っていた。なんで持ってんだよ……と思ったが、万が一に備えてのことらしい。食料がなければ自力で調達しないこともあるらしい。


「ステラさんも一緒にどうですか?」


「今日はやめておくよ。多分、朝から飲んでしまっては身体が持たないからねぇ」


「分かりました」


「すまないねぇ……年は取りたくないものだよ。本当に」


 一応、俺とステラさんって同い年なんだけど。


「僕もですよ」


「ふっ……そうだね。お互い様なのは奇遇だね。きっと今この場で私の気持ちを分かるのはユキトくんだけみたいだね」


 逆に言えば、俺の気持ちを分かるのはステラさんだけ。


 20才の頃、自分は若いと思っていた。


 いつからか、自分はもう若くないと思い始めた。


 時間が経つにつれて、できていたはずの事が辛くなっていって……本当は自分よりも年上の人がいるのを理解しているにも関わらず、自分よりも年齢の低い人達と比べていった。


 だけど生きている限り、年を取るのを理解しているにも関わらず。


 年齢的に間も間に挟まれていること意識するようになった年齢だからこそ。


 きっと俺と同い年のステラさんは俺の気持ちが分かるのだろう。


「そういうことにしておきましょう」


「わ、私だって分かりますよ!! でもお酒は百薬の長なんで大丈夫です!!」


「エリカ……飲みすぎには気を付けるんだよ」


「え? ステラさんなんですか、その妙に優しい視線は……」


 エリカさんはたしかに飲みすぎかもしれないから、俺からは何も言わないでおこう。


 それに俺とステラさんが抱えた感情は、いつかエリカさんも感じる時が来るだろうから。

 

「ユキト。きょう、はたけのめんどうみる」


「そっか。偉いね。それならまた今度行こうね」


「つぎはいく」


 ユイちゃんは『フンスっ!』と鼻息を立てる。


「私も次の機会でもよろしいでしょうか? 一緒に行きたいですが、二日連続で動くのは持たないかもしれないので」


 エリスさんは少し申し訳なさそうに言う。


「あ、でも……いつか釣りにはご一緒させて下さい。聖女であることを忘れられる今の間にやれることをやっておきたいので」


 今更だけど、エリスさんがここに来て2週間くらいが経過している。


 約束の一か月まであと半分。


 後悔のないようにしてあげたい。


「やりましょう。それ以外にも何かしたいことがあったら、協力しますよ」


 気分はまるで卒業式間近の学生のようだった。


 限られた短い時間を全力で楽しむ。ブラック会社勤めだった当時の俺が忘れていた青春を思い出した気がする。


「リーファ。今日は私が仕事を片付けておくから、君はユキトくんと遊んでくるといい」


「私も……ですか? いいんですか?」


「ユキトくん。ダメかね?」


「もちろん。構いませんよ。一緒に行きましょう」


「かしこまりました……私もお邪魔させて頂きます」


 リーファさんは少し困惑気味に言う。


 彼女がかけている眼鏡のレンズが反射して表情がきちんと読み取ることはできないけれど、嫌ではないと思ってくれているならばそれで良いとさえ思う。


「ラティアさんはどうします?」


「ウチも行きたいっす!!」


 即答だった。


 ラティアさんってこの中で一番バイタリティが高い。


 本人に聞くことはないけれど、何歳なのだろうか。


 エルフって漫画やアニメだと長寿というイメージがある。今の俺やステラさんみたいな悩みを実はラティアさんも感じたことがあるのかもしれない。


「なんにせよ。行きますか」


 そうして俺、エリカさん、リーファさん、ラティアさんの四人はささっと支度を済ませて釣りに出掛けるのであった。

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