第44話 たばこ

「おや、ここに来るのは私だけだと思ったんだけどね」


 ベランダでタバコを咥えているステラさんは珍しそうに俺を見ている。


 それもそう。山小屋ここでタバコを吸うのはステラさんしかいない。


 好き好んでタバコの匂いを嗅ぎに行くこともないから、実質的にこの場所はステラさんしか使っていない。


「ステラさん。今、少しいいですか?」


「構わないよ。どんな用だい??」


「一つ魔法を教えてほしいのですが……大丈夫でしょうか?」


 俺はステラさんに尋ねると、


 ステラさんは「ふっ……」と短い笑みを浮かべて、


「恋の魔法かい? それなら簡単だけど。教えてあげても構わないが……代金は身体で払ってもらうことになるけど……構わないかね?」


 キザな台詞がサラッと出るのは本当にステラさんらしい。


 そういうところは俺にはないからちょっと羨ましい。


「あ、いや。肉体強化の魔法を教えてほしいですけど」


「なんだ。最初からそう言えばいいじゃないか。あと、もう少しノッてくれともいいと思わないかい? ステラちゃん悲しくなっちゃうよ? ぐすん」


「ははは……。善処しますよ」


 泣き真似をするステラさんに俺は困惑する。 


 たしかにどんな魔法を教えてほしいって言っていなかったの事実だよな。そこは反省。


「冗談だけどさ。それに私とは意外だねぇ……こういう魔法のことはエリカあたりに頼むと思ったんだけどね」


「まぁ……今のエリカさんってあんな調子ですからね」


「あー、たしかに。それはしょうがないね」


 俺とステラさんの目線の先には、机に伏したエリカさんがいる。


 朝から缶ビールを飲んで気持ち良さそうに寝ていた。


 見慣れた光景だけど、エリカさんは幸せそうだからあんまり気にしていない。


「それにステラさんの方が分かりやすいかなって」


「わ、私がかい?」


「はい。前回助言を頂いた時に分かりやすいなって」


 ステラさんは教え方は不器用だけれど、たしかな優しさがある。


 だから期待に応えたいとやる気が出る。


 きっと、そう思っているの俺だけではないはずだ。


 多分、エリカさんとかリーファさんは俺よりも強く思っているだろう。


 エリカさんはステラさんに表だって言わないけれど。


「そ、そうかい? 急にデレたらびっくりするじゃないか」


 ステラさんは頬をかいて誤魔化す。


「まぁ、肉体強化の魔法自体は簡単だよ。特にユキトくんみたいに2つの魔法を同時に使えるならね」


「そうなんですか?」


「嘘じゃない。まず身体に流れるマナを意識するだろ? その後に意識したマナを身体の隅々まで巡らせて補強する……そんなイメージを抱いてみるといい」


「意識したマナを身体の隅々まで巡らせて補強するイメージですね」


 マナを身体の隅々に巡らせるイメージか。


 そういえば、筋肉って繊維だったよな。


 身体に流れマナを筋肉の繊維に……隙間に流れるように……満たされるように……。


「おぉ……。できました。なんか全身がみなぎってきた気がします」


 試した訳ではないけれど、今ならなんでもできそうな気がした。


「普通は一発でできるもんじゃないんだけどね。魔法使いの見習いが1年かけてやるもんなんだよ……今更驚かないけどさ」


 ステラさんは乾いた笑みを浮かべる。


「ふぅ……でもマナを意識して全身に張り巡らせるのは疲れますね」


「慣れだよ、慣れ。やっていけば、その内疲れなくなるし、自然にできるようにもなるさ」


「頑張ります」


 慣れていけば農作業に関わらず力仕事とか色々と楽に作業できるはずだ。


 それに応用も色々できそうだし……楽しみだ。


「あー、ユキトくんも良かったら吸わないかい?」


「タバコですか? いや、俺なんかにはもったいないですよ」


 遠回しに断った。


 別にタバコが吸えない訳ではない。


 ただ……タバコは俺に似合わないから。


 かつての友人は吸っていたやつもいて、貰ってみたりしたけれど良さが分からなかった。


 かつての友人はタバコを吸うのは『カッコいいから』だって言った。


 でも俺には『カッコいい』とは思わなかった。


 その『カッコよさ』に足を引っ張られて俺はタバコを吸うことはなかった。


 だけどステラさんは自嘲に近い笑み浮かべて、


「ずっと思ってたんだよ。山小屋ここの空気は本当に美味しいんだ。一人でタバコを満喫するにはちょっとばかりって寂しいって」


 そう言った。


 その表情は、かつて俺の友人が言っていた『カッコよさ』から離れていた。


「それでしたら……1本頂いてもいいですか?」


 俺はステラさんの『寂しい』って言葉に少しだけ引っかかった。


 多分、俺は同情したのだろう。


 そんな資格は俺にはないのに。 


「おっ!! 本当かい!? 嬉しいねぇ!!」


 ステラさんは上機嫌な様子で懐からタバコを出す。


「あ、ありがとうございます」


「いいから。ほら、くわえて」


「……え?」


「ほら」


 俺はステラさんに急かされ、タバコをくわえる。


 いや、咥えさせられたが正しいかもしれない。


「それじゃあ、火をあげよう」


 ステラさんは火の魔法陣を展開し、弱火を点ける。


 俺はタバコの火を貰うために、顔をちょっと突き出す。


 ただそれだけのことなとなのに、ちょっと恥ずかしい。


「ほら……火が消える前に息を吸うんだ。そしたら……ね? 火が吐いた」


 俺はステラさんに言われるがまま、タバコの煙を吸う。


 火はタバコの葉を徐々に浸食し煙を吐き出している。


「どう?」


 久しぶりに吸ったタバコはちょっと苦くて重たい。


 だけど、


「そうですね……悪くはないですね」


「ふふっ……そうだろう? たまには付き合ってくれないかな? ユキトくんが吸っていると寂しくないからさ」


 ステラさんは妖艶ようえんでいて、子供のような純真な笑みを俺に向ける。


「まぁ……たまにだったら」


 それでステラさんが寂しくなくなるなら……たまにはタバコに付き合ってあげよう。


 俺はそんなことを想いながら、言葉には込めずタバコの煙は吐き出すのだった。

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