第40話 ユイの笑顔

「それじゃあ、ユイの初収穫を祝って……乾杯!!」


「「「「乾杯!!!」」」」


 エリカさんの音頭で俺たちはアルコールの入ったジャッキを打ち合わす。


 思えば大所帯。


 会社の飲み会や大学のゼミの飲み会だったら一刻も早く帰りたいと思っていた。


 飲み会に良い思い出はないはずなのに、ここにいる人達でなら毎日飲んでも楽しい。


 全員が似たところはないのに各々が色々な悩みを抱えていることだけが共通している。


 似てはいないのに気は合う。そんな関係が俺にとっては心地良い。


「エリカさん。この焼きコーロなんですけど、エイルにとても合いますよ」


「本当ですか!? たしかに美味しそうな香ばしい匂いが漂って……いただきます!!」


 エリカさんは焼きコーロにかじりつく。


「うまっ!! 美味しいですよ!! ユキトさん!!」


 エリカさんはそのままビールを喉に流し込む。


 ゴクッゴクッと喉を鳴らして……とても美味しそうに飲んでいた。


「プハッ!! しかも甘じょっぱくて、エイルにすごく合いますよ!! これ……クセになりそうですね……!」


 ステラさんも焼きコーロにかじりつく。


 なんというか……ステラさんはただコーロをかじっているだけなのに無駄にかっこよく見える。不思議だ。


「おぉ……本当だ。うまいじゃないか。コーロってこんなに美味しかったんだな……」


「いや、ここで食べるコーロが美味しいんですよ。依頼の遠征に行った酒場のお通しでコーロでてきますけど、正直食べたものじゃないですよ」


 そうなのか。


 あくまで現代の話だけどたしかにトウモロコシの原種はもっと細いらしい。品種改良の末にスイートコーンという甘くて大粒のコーンになった。実際に家畜用のコーンとかもあるらしい。


 そのことを考えたら元々の素材がいいのか、山小屋この付近で育つ作物が極端に良い物になるのか……恐らく、後者だろうな。ありがとう神様。


「多分、エリカが食べた場所が悪かったんだと思うが……なんにせよ。コーロって美味しいって思ったことなかったから新鮮だな。さすがユイだな」


「えっへん」


 先ほどからユイちゃんは褒められ続けて上機嫌の模様。


 今日はユイちゃんの日だからな。褒められて当然と言えば当然。少なくとも今日は俺もユイちゃんを褒めてあげたい。


 とはいえ、ここにいるみんなは褒め上手だよな。


 ブラック企業務めの頃なんか褒められた記憶なんてまったくないよ……


 おっと、いかんいかん。嫌な思い出がフラッシュバックしてきた……。


「ってか、このスープも甘いしコクがあるし……こんなスープ初めて飲んだっす!! やばいっす!!」


「そうですね……このスープすごく品もあります……これがユイ様の愛の味なのですね」


「同じ素材を使っているはずですのに、色々と楽しめるのは凄いです。見識が広がった気がしますね」


 続けてラティアさん、エリスさん、リーファさんも絶賛してくれる。


 みんな喜んでくれてなにより。


「これもユイちゃんが頑張って育てたからですね」


「えっへん」


 ユイちゃんは胸を張る。


 そうして各々がコーロの味に舌鼓を打つ。


 たしかにコーンスープ……もといコーロスープもすごく美味しい。


 コーロスープはむしろ懐かしすら感じる味だけど、今まで飲んだどのコーンスープよりも濃厚な味だった。


 神様が冷蔵庫に用意してくれていた牛乳自体がとても濃いこともあるけれど、想像以上に牛乳とコーロの相性が良かった。しばらく、飲んでも飽きそうにない。


「ユキト」


 そんなことを思っていると、ユイちゃんは俺の裾を引っ張った。


「ん? どうしたの?」


「シロにもあげていい??」


 多分、ユイちゃんが収穫したコーロのことを言っているのだろう。


 ユイちゃんが俺に尋ねる。


「シロ。食べたい??」


「わふっ!!」


「だってさ……台所にシロにあげる用のコーロを置いてあるから、それをあげてくれるかな?」


「わかった」


 ユイちゃんは目を輝かせて、蒸したコーロを持ってくる。


「シロにもあげる」


 ユイちゃんはシロにコーロを手渡すと、シロは『わふっ! わふっ!』と言いながらコーロをガジガジかじりつく。


 前足を器用に使って上手くおさえていた。やっぱりウチの子【シロ】は賢いよな。


「シロ。おいしい??」


「わふっ!」


 シロは尻尾をブンブンと振る。シロはずいぶんと嬉しそうだった。


「へへっ……よしよし」


 ユイちゃんは笑みを浮かべてシロの頭を撫でる。


 ユイちゃん……そんな表情もできるんだな。


「え!? おい! ユイが笑ったぞ」


「本当ですね。私、ユイが笑ったの初めて見たかもしれないです」


「本当っすね!! ウチもユイ先輩の笑顔が初めて見たっす!!」


「はぁ〜……ユイ様の笑顔……尊い……」


 どうやら、ユイちゃんの笑顔は相当レアだったみたいだ。


 ただなんにせよ……ユイちゃんが喜んでくれるなら、俺としても満足。 


 ここにいる全員がユイちゃんの笑顔にしばらく見惚れていた。


 気づいたらスープは少し冷めてしまっていたが、それすらも些細なことだと感じたのだった。

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