第8話 風魔法

 翌日の朝。


 目が覚めると、ソファの上に綺麗に畳まれた布団が置いてあった。


 俺が寝ている間に出たようだ。全く気付かなかった。


「それにしても、シロは大人しいな」


 気付かなかった理由の一つにシロが吠えなかったからというのもある。


 普通の犬なら、誰かが外に出ようとした瞬間に吠えるのに。


「本当に良い子だ」


「くぅ~ん」


 俺はシロのあご下を撫でる。


 相変わらず、毛並みがいい。あと可愛い。


 気を抜くと永遠に撫でてしまいそうになる。


「よし。俺もそろそろ動くか」


 エリカさんは机の上に用意した朝ご飯は食べてくれたようだ。


 それと念のため、用意した氷を入りの水筒も持って行ってくれた。


「まずは朝ごはんっと……」


 そう言えばシロを撫でていて思ったことがある。


 しっかりと歯が生えそろっているのだ。


 最初の内はケガをしていたし、まだ幼いから念のため温めた濃い牛乳にしていたけど、ひょっとしたらもう普通にご飯を食べられるのかもしれない。


 あまりに良い子だと、文句も言わないから俺が気を付けないとな。


 というか、そもそもここは異世界なのだから、俺が知っている犬と同じとは限らないじゃないか。


 ということで、シロのご飯は細切れにして噛みやすくしたピンクの異世界肉を適当に炒める。


 そのままあげたら、健康に悪いだろうからキッチンペーパーでしっかりと油を取る。


 俺はというと安定の異世界の肉野菜炒め。


 それだけだと飽きそうだから目玉焼きも一緒に。


 ついでに切った肉と野菜でスープを作ろう。


 一から作るとなると弱火で煮込む必要があるから、完成するのは夜になるけれど。


 美味しいものばかり食べてもいいんだろうけれど、やっぱり健康には気を遣わないとな。


 せっかく自分らしく過ごせる機会を手に入れたのだから。


「よし、シロ。今日からお肉だぞ~」


「へっへっへっ」


 シロは尻尾をブンブンと振る。


 折角なら芸でも仕込むか。


「シロ。お手」


 俺は右手を出すと、シロは首を傾げながら俺の手の上に前足を置く。


「シロは天才だな!!」


 やだ。うちの子賢すぎ。


 俺がそう言うと、シロはまた尻尾をブンブンと振る。


 きっと俺の言っていることが分かるのだろう。


「よし。しっかり食べろよ」


 俺はシロに濃いピンク色の異世界肉を与える。


「へっへっへっ」と言いながら、ガツガツ食べる。


 やっぱりミルクは卒業していたみたいだ。


 それなら今後シロのご飯は普通にあげても大丈夫だな。


「さて、俺も朝飯を食べるか」


 さっさとご飯を食べて、昨日エリカさんに教えてもらった魔法を練習したい。


 でもその前に掃除や洗濯をしないといけないし、白い果実の種子に水をやらないと。


 意外とやらなきゃいけないことは多い。


~~~~~~~~~~~~~~~


「どういうことだ?」


 目の前には、昨日植えた白い果実の種子が実を成していた。


 朝飯を食べ終えた後、洗濯やその他諸々の家事を高速で終わらせた。


 念のため、弱火でかけていたスープの鍋の火を止めて俺は外に出た。


 そんでもって、白い果実の種子に水をあげるために畑にきていた。


「これが異世界クオリティ……」


 思わずそんなバカみたいなことを言ってしまった。


 形はトマトの苗に近い。50センチくらいの大きさの苗から、複数の白い果実が成るかたち。


 まだ実は小さいとはいえ、明らかに成長速度がおかしい。


 正直なにが原因でこんな成長しているのか分からないけど。


 心あたりがあるとすれば……水かな?


 まぁ、前向きに考えて美味しい果実がすぐに収穫できると思うしかないか。


 俺はジョウロに入れた水をあげる。


「スクスク育てよ」


 ここまで来たら、どこまで成長するか楽しみだ。


 俺はジョウロの水を注ぎ終える。これでやること全部終わらせた。


「ついに魔法の練習の時間か」 


 折角、エリカさんに教えてもらった魔法なのだから練習しなきゃ損だ。


 それに魔法を練習したら、きっと今後なにかする時に楽になる。


 まずは昨日の復習からだな。


 俺は右手を掲げて、


「ウォーターボール」


 水色の魔法陣を展開させると、手のひらサイズの水の球体が現れる。


 今回は意識的に小さく作る。


 小さく作る代わりに長く持続させる。


 なるべくリラックスしながら、楽しむように。


 1分くらい展開して、集中力が切れる。


 おぉ~。思ったよりも長く保てるじゃん。


 後はこの練習の繰り返しか。


 適度に水筒に入れた水を飲んで、体力を回復をさせながらコツをつかんでいこう。


 ……やばい。楽しい。


 気が付いたら、陽が傾きつつある。


 これは時間が溶けるな。油断していたら、 


「今思ったのだけど、水の魔法と同じ理屈で魔法を使えるのでは??」


 昨日の流れなら風の魔法ならばどうだろう。


 皮膚呼吸というのがある。


 当たり前の話だが人間は口か鼻で空気を吸って肺に入れるけれど、


 それ以外にも0.6%が皮膚呼吸によっているらしい。


 ほぼあってないようなものだけれど、少なくとも空気が通れる道があるということが大事だ。


「こう……かな?」


 俺は右手を掲げると、緑の魔法陣が現れた。


 おし。方向性は悪くなさそうだ。


 更に集中して、風の球体を作り出す。


 後は、それっぽい技名をつけて……試しに近くの木に向かって放つ。


「ウインドボール! なんつって」


 俺が放ったウインドボールは、狙い通り木にぶつかり――


「ひょえ……」


 ――木っ端みじんに消し飛ばした。


 えっ!? バヒュン!! とすごい音がしたけど!?


 魔法ってヤバイな。


 俺は魔法に関しては全くの素人。昨日エリカさんに教えてもらっただけ。


 つまりここから伸びしろしかない。


 ……もっと練習したい。もっとちゃんと扱えるようになりたい。


 それがいつか役に立つ。そんな予感が漂ってくる。


「あと1回……いや、あと3回だけ……」


 俺は陽が落ちかけるまで、魔法の練習に明け暮れるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る