第6話 宅飲み

「あぁ……涼しい……もうここから動きたくないです……」


 エリカさんはソファに『ぐで~』と寝ころがっていた。


 エアコンの風はエリカさんのブロンドの前髪を前後に動かしている。


 お風呂からあがった後、入れ替わりで俺とシロはお風呂に入った。


 ウチの子自慢になってしまうがシロは本当に大人しい。

 最初は嫌がっていたけれど、シャンプーで身体を洗うと気持ちよさそうにしていた。


 実家で犬を飼っていた時、身体を洗おうとするとすごく嫌がっていたから、本当に大人しくて助かった。


 そんなことを思ってリビングに戻ったら、この状況だった。


 もう気づけば夕暮れ時。


「あ、ユキトさん。どうしましょう。ここから動けそうにないです」


 状況と台詞が一致していない。


 真面目な顔をして言うものだから思わず笑ってしまった。


「ははは……それは大変ですね。大丈夫ですか? 寒くないですかね?」


「いいえ? お風呂で火照った身体にすごく丁度いいですよ?」


「そうですか。もしも寒かったら言って下さい。エアコンの温度を上げるので」


「エアコン……?」


 エリカさんはキョトンとした顔をする。


 あぁ、エアコンは異世界にはないのか。


「部屋の温度を調整するアイテムです」


「部屋の温度を……ユキトさん、実は神様なんですか?」


 エリカさんは目を輝かせて言うものだから、思わず笑ってしまった。


「神様は別にいますよ」


 実際、俺に第二の人生を歩ませてくれたのは神様のおかげだし。


 俺が神様を名乗ってしまったら、きっと怒られてしまうだろう。


 気が付くと、シロは昨日用意した折りたたんだブランケットの上で丸まって、上目遣いで俺を見ている。


 あぁ、シロは本当に可愛いな。


「ちょっと食事の用意をするので、待っていて下さい」


 俺はリビングの電気を付けると、


「うわっ! 眩しい!! こんな強い魔法石みたことないです!」


「いえ、ただの灯りなので……」


 今はシロと客人のために、今日は豪華に腕を振るおう。


 俺は冷蔵庫の中を見る。


 いつも肉野菜炒めに使ってる肉と同じ肉の塊がある。


 よし。今日はステーキにしよう。


 フライパンに油をひいて火を点ける。少ししてからカットしたステーキを乗せると、ジュ~!! とした音を奏でる。香ばしい肉本来の香りが食欲をそそる。


 焼きすぎても固くなるだけだから、少し赤さが残るまで焼いた。


 味付けは塩と胡椒で整えて完成。


 ただそれだけだと味気ないから、簡単なサラダとインスタントスープも一緒に。


 サラダはざく切りにして、ごま油と塩をかける。


 居酒屋のお通しみたいだけれど、これがまた美味しいのだ。


「よし。これで完成だな」


 俺は焼いたステーキを皿にのせる。


 それとは別にシロのご飯用の牛乳を弱火で温めておく。準備は万端だ。


 そうだ。これだけ、しっかりと作ったのだ。今日はお酒を飲もう。


 あぁ、でもエリカさんってお酒飲める人かな? 一応聞いてみるか。


「すいません。エリカさんはお酒飲まれます?」


「お酒ですか? 飲みます!! 大好きです!!」


 すごく良い返事だった。


 でもおかげで、気兼ねなく飲めるのはありがたい。


 別に悪いことじゃないって分かってはいるのだけれど、一人だけお酒を飲むのは罪悪感に似た気が引けるものがある。


 だから、飲めると言ってくれて内心ほっとする自分もいた。


「じゃあ飲みますか。持ってくるので、ちょっと待ってください」


 俺は料理を机に並べた後、冷蔵庫から缶ビールを取り出してグラスに注ぐ。


「あのこれって? エイルですか?」


「え? あ、そうです。エイルです」


 こっちの世界だとビールはエイルって呼ぶのか覚えておこう。


「じゃあ、乾杯しますか」


「はい!! それでは私とユキトさんの出会いに感謝して!!」


「乾杯」


「乾杯!!」


 俺はビールをゴクッ! ゴクッ! と喉を鳴らして飲む。


「っぷは~!! いや、これだよ。これ!!」


 キンキンに冷えたビール。喉を突き刺す旨さ。


 これが求めていたビール。それに、つまみは十分。


「え!? なにこれ!! うまっ!! こんな良いエイルは初めてです……!」


 エリカさんも感動してくれたみたいだ。良かった。


「料理もあるんで、食べましょ。ビールにもよく合うと思うので」


 そう言いながら、俺はエリカさんにフォークを渡す。


 ちなみに、俺は普通に箸を使っている。


 エリカ物珍しそうに見てきたので、俺の故郷の食器だと言うと納得してくれた。


 今はそんなことより、俺は料理をつまむ。


 ステーキを口に入れて噛みしめる。溢れる肉汁を流し込むようにさらにビールを飲んだ。


 くぅ~!! 旨い!! 最高!!


「うまっ!! ユキトさん!! すごく美味しいです!!」


 良かった。口に合ったみたいだ。


「しかも、この料理……香辛料がかかってますよね? 香辛料なんて王族の料理の時にしか使われない貴重なものですよ?」


「そ、そうなの?」


「そうですよ!! そんな貴重のものを……」


「えぇと……あんまり気にしないで召し上がってください」


 じゃあ、今後は他人様に出すときはあんまり使わない方がいいのかな?


「本当に至れり尽くせりで……ユキトさんはどうして、こんなに良くしてくれるんですか?」


「どうして……ですか」


 そう聞かれると言葉に詰まった。


 今日始めた会った人に、ここまでやる義理があるかと聞かれたらたしかにない。


 俺はきっと寂しかったのだ。ずっと孤独は辛いから。


 深夜の残業で一人オフィスに残って仕事していた時のことを思い出しそうになるから。


 だから、シロにもこの家をいてほしい。もちろん可愛いからというのもあるけれど。


 でも一人が寂しいなんて初対面のエリカさんに言ったら、引かれる。間違いないなく引かれる。


 そう意味では、俺はきっと一人で舞い上がっていたのかもしれない。


「あ、言いにくいことなら言わなくてもいいですよ。ユキトさんは見ず知らずの私を助けてくれたじゃないですか。お返しじゃないですけど、力になりますよ? これでも私、S級冒険者なんですから、頼りきっちゃって下さい」


 エリカさんは俺の様子を見て、明るく振舞ってくれた。


 なんて頼もしいんだ。


「ありがとうございます。そしたら、この世界のことを色々と聞いてもいいですか?」


 俺は折角だしお言葉に甘えることにした。

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